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ひき逃げ、「皆殺しにして豚のエサにする」と脅迫―在日クルド人迫害が深刻化、日弁連が緊急集会

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
日弁連主催の集会で発言する当事者、支援者 筆者撮影

 ここ1年程で、在日クルド人への差別的な言動がネット上にあふれ、クルド人が多く住む埼玉県の蕨市や川口市では、クルド人排斥を叫ぶ団体・個人がヘイトスピーチを行い大音響で罵るということが増えています。こうした中、今月26日、日本弁護士連合会(日弁連)は、緊急集会を開催。当事者や支援者がパネルディスカッションを行い、日弁連も人種差別撤廃法・条例制定の必要性を訴えました。

*本記事は TheLetter に寄稿した記事の転載です。
https://reishiva.theletter.jp/

〇深刻化している在日クルド人へのヘイトに日弁連が危機感

 クルド人は、中東のトルコやイラク、イラン等の国々をまたがって暮らす民族で、「国を持たない最大の民族」とも言われ、その総数は2000~3000万人と推測されます。特にトルコでは、クルド人は少数派として長らく弾圧を受け続けており、在日クルド人にも難民として避難してきたという人々が多いのです。しかし、法務省や出入国在留管理庁(入管)からは、極めて差別的な扱いをされ、難民として認められる可能性は、ほぼゼロという状況。また、一部のメディアやSNS等で事実と異なる情報や差別・偏見が煽られていることもあり、在日クルド人に対する嫌がらせも深刻なものとなっています。26日の日弁連による集会は、そうしたクルド人ヘイトへ対抗する動きとして、催されたものです。

クルド人の人々 2017年イラク北部アルビルで筆者撮影
クルド人の人々 2017年イラク北部アルビルで筆者撮影

 集会は、前半で在日クルド人に関するドキュメンタリー等が上映され、後半は当事者や支援者らによるパネルディスカッションで、志葉は後半を取材しました。パネリストの一人、ジャーナリストの安田浩一さんは、

「埼玉県南部にはクルド人による解体業者がいくつもありますが、そうしたところに、外部から様々な人間が訪れて、時には地方の議員が『視察』と称して嫌がらせに来るということが繰り返されています」と懸念。「最近は、クルド人の方々私も多く会うが、皆、怖がっています。『何が1番怖いか』と聞くとスマホ(スマートフォン)だと言う。彼らは街中を歩きながら、後ろを振り返ってばかりいます。家族といても、仕事をしていても、買い物していても、食事をしていても常に後ろを振り返る。差別主義者らのスマホが自分に向けられるのではないか、その映像や画像を元にヘイトスピーチがネット上で展開されることを恐れているのです」

と、スマホで動画撮影などをしながら、つきまとう等*の迷惑行為が増えていることを報告しました。

*「不安もしくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとう」等の行為は、軽犯罪法の「追随等の罪」にあたり、最大で1カ月未満の身柄拘束の刑罰を受ける。

〇脅迫メールを通報、警察も動く

 蕨市を拠点に、在日クルド人への日本語教室や地域住民との交流会などを行っている支援団体「在日クルド人と共に(HEVAL)」の代表理事の温井立央さんは、同団体に嫌がらせや脅迫の電話やメールが相次いでいることを集会で報告。そうした脅迫メールの中に「クルド人を皆殺しにして豚のエサにしてやる」というものもあり、警察に通報したのだそうです。「脅迫メールを送ってきたのは、足立区に住む34歳の男性で、さいたま地検に書類送検されました」(温井さん)。

 こうした脅迫や嫌がらせをしてくる人物らは、川口市や蕨市の住人ではなく、ネットに感化された人物が多いと、温井さんは指摘します。

「うちの事務所にかかってきた電話で相手に、あなたはクルド人に何かされたのかと聞くと『されてない』と言うし、あなたは川口市に住んでいるのかと聞くと『住んでない』と言う。では何故、電話をかけてきたのかと聞くと『YouTubeで(クルド人ヘイトの動画を)見た』と言う。本当に言葉を失います。ネットに上がってることが全てだと思ってるんですよ」(温井さん)。

「在日クルド人と共に(HEVAL)」の事務所には、多数の脅迫、嫌がらせの電話やメール、ハガキなどが届いているという 
「在日クルド人と共に(HEVAL)」の事務所には、多数の脅迫、嫌がらせの電話やメール、ハガキなどが届いているという 

〇「テロリスト」「不法滞在」への反論 

 ここ最近、SNS等での在日クルド人に対するヘイトスピーチとして、目立ってきているのが、「在日クルド人はテロ団体とつながりがある」というのもの。これに対し、大橋弁護士は、「トルコでは、政府や与党を批判するだけで、『テロリスト』とされてしまう」と、むしろトルコ政府側に問題があることを解説しました。

「PKKというクルド人のゲリラ組織があるのですが、これと一切関係なくても政府への批判を封じるため、クルド語の使用禁止などの政策に不満を表明しただけで、『テロ組織のメンバー』とされてしまって、拘禁されてしまうのです。2020年には、20万人以上ものクルド人が『武装組織に所属』という容疑をかけられ捜査を受けています。本当にそんなに沢山のテロリストがいたら大変なのですが、実際には政治的な弾圧としてやっているのです」(同)。

緊急集会には150人以上の人々が参加 メディア関係者の取材も多かった
緊急集会には150人以上の人々が参加 メディア関係者の取材も多かった

 大橋弁護士によれば、日本にいるトルコ出身クルド人も安全ではなく、フェイスブック等で、クルド人の状況について政府の方針と違うことを書いただけで、本国で訴追され、知らない間に裁判で有罪となり、帰国した際に逮捕されることが多数起きているのだそうです。「だから、本当に帰れないという人は少なくない」と大橋弁護士は強調しました。

 このような迫害の実態があるにもかかわらず、クルド人に対するヘイトスピーチでは、「クルド人は本当は難民ではないのに、難民と偽って日本にいる」「不法滞在者は日本から出ていけ」等と主張されます。また、本来、こうした差別や人権侵害を防ぐことが職務のはずの法務省こそが、クルド人に対する差別的な対応をしているという問題もあります。集会で、クルド難民弁護団事務局長の大橋毅弁護士は、クルド人の人々が在留資格がない状態で日本にいるのは、法務省/入管の側の問題だと言います。

「クルド人の人々が来日した空港で難民として助けを求めても、(一時庇護上陸許可で保護することなく)入管はそのまま、収容所に収容してしまいます。日本ではトルコ出身のクルド人の難民認定申請は、ずっと認定件数・認定率はゼロでした。不認定を裁判で争って勝訴して認定されたという例は最近ありましたが、他の先進国では結構な割合が認定されているのに、日本だけが難民認定しない。これはトルコが親日国ということもありますが、個人的な見解から言えば、法務省はトルコの治安当局とテロ対策での協力関係があり、その関係性を壊さないために、トルコのクルド人迫害を認めないのではないかと思います」(同)。

*データは2019年のもの。その後、2022年7月、裁判で勝訴したトルコ出身のクルド人が難民認定され、日本での初のケースとなった。

〇デマで煽られるクルド人ヘイト

 集会には、当事者として、在日クルド人で「日本クルド文化協会代表理事」のチカン・ワッカスさんも登壇。ワッカスさん達は自主的な見回り活動を行い、在日クルド人の人々に、ゴミ出しなどの日本社会のルールを教えたり、コンビニの前などでたむろしている在日クルド人の人々に注意したりと、日本人の人々との軋轢を減らすため、努力していることを語りました。また「(在日クルド人の人々が)勝手に写真を撮られて、『こいつらは女性を暴行した』と何の証拠もなく、ネットに流される」等と、デマによるクルド人ヘイトが煽られていることを懸念していました。

 前出の安田さんも「大手メディアを始めとする一部のメディアが差別を煽ってる」と問題視。こうしたメディアの記者がクルド人の人々に対するネガティブなコメントを取ろうと地域住民を訪ね歩いていることについて「ほとんど取材を断わられてるという情報もこちらに入ってきてる訳ですね。なぜならば、こうしたメディアの記者よりも、地域住民の方々の方がクルド人の人々へ理解がある方が多い」と述べ、「これが新聞のやることなのでしょうか」と問いかけました。

〇刑事罰を含むヘイト禁止法・条例の制定が必要

 こうしたクルド人へのヘイトスピーチは、関東大震災の際の中国人・朝鮮人虐殺のような事態に発展しかねないと、日弁連も懸念。ヘイトスピーチ問題に取り組んできた師岡康子弁護士は「物理的なクルドの人達に対するあの暴力にまで発展していて、例えば車で引き逃げするというようなことも起きており、ヘイトに煽られて、さらなる暴力的なことが起り得る非常に危険な状態」と述べた上で、ヘイトスピーチを防ぐため、明確に禁止条項と刑事罰のある禁止法や条例が必要であり、国や自治体にはそうした対応を行う責務があること、一般の人々も国や自治体に対し、声をあげることの重要性を訴えました。

〇ヘイトビジネスに鉄槌を

 クルド人の方々への差別的がネット上で急増していることについては、志葉も気になっていました。YouTubeの再生回数や、X(旧ツイッター)のインプレッション数稼ぎで、クルド人ヘイトがビジネス化しており、それに一部のメディアも便乗しようとしているところは、極めて醜悪で、犯罪的ですらあります。そうした中、日弁連が主催でこの様な集会が行われたことは、とても良いことだと思います。また、上述のように温井さん達が脅迫してきた者を通報し、書類送検させたことも、非常に重要だと思います。ヘイトによるデマの拡散や様々な攻撃に対し、断固許さないという姿勢を示し、場合によっては社会的・法的制裁を加えることも、必要なのでしょう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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