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【京都市】伏見区 歴代12代の天皇墓がある『深草十二帝陵』で京における天皇と藤原氏の関係を知る…

高津商会RICALIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

学生時代からJR奈良線の車内から見える陵墓が気になっていました。

京阪電車「深草駅」から15分ほど歩いたところにあるその御墓は、なんと歴代12代もの天皇の墓でした。

伏見区の深草に深草十二帝陵があります。

鎌倉時代から室町時代にかけての持明院統の歴代12人の天皇の陵があり、12人の天皇と後伏見天皇皇曽孫栄仁親王が祀られています。

第89代後深草天皇(1243~1304:在位は1246~1259)から92代伏見天皇、93代後伏見天皇、北朝の第4代後光厳天皇、北朝5代後円融天皇、北朝6代で100代目後小松天皇、101代称光天皇、103代後土御門天皇、104代後柏原天皇、105代後奈良天皇、106代正親町天皇、第107代後陽成天皇(1571~1617:在位1586~1611)までの12帝です。

南北朝から天下統一に至るまでの300年に渡る九帝と、北朝の後光嚴、後圓融の両帝の御廟所なので、世に十二帝陵と稱されるそうです。

「伏見天皇」といえば、藤原家(母は藤原愔子(いんし))の血を引く天皇。

伏見天皇本源氏物語(ふしみてんのうほんげんじものがたり)は、源氏物語の写本のひとつとして知られます。

鎌倉期古写本『源氏物語』54帖32冊の影印を縮刷複製です。

かつて国文学者吉田幸一の所蔵であったことから「吉田本(源氏物語)」、また、吉田の旧蔵書を中心に編成された「古典文庫」の管理となっていたことから「古典文庫本(源氏物語)」と呼ばれることもある。

大河ドラマでも今、注目されている「源氏物語」と藤原氏。

毎週、ワクワクしながら次の展開を心待ちにしています。

伏見天皇は、日本史上随一の能書帝であり、書道の伏見院流の祖です。

私も個人的にも「高津商会」としても大変お世話になっている藤原家の末裔の方々にお話を伺えば伺うほど、とっても奥深くて興味が尽きない世界です。

第89代 後深草(ごふかくさ)天皇
異名: 久仁(ひさひと)
生没年:寛元元年(1243) ~ 嘉元2年(1304)(62歳)
在位: 寛元4年(1246) ~ 正元元年(1259)
父:  後嵯峨天皇 第3皇子
母:  西園寺成子(太上大臣・西園寺実氏の娘)
皇后: 藤原(西園寺)公子
皇妃: 藤原(洞院) 諳子、藤原相子、藤原房子、藤原成子、三善衡子
皇子女:貴子内親王、熙仁親王(伏見天皇)、性仁親王、幸仁親王、久子内親王、行覚親王、深性親王、久明親王(鎌倉幕府8代将軍)、恒助親王、永子内親王、増覚親王
皇宮: 平安京(へいあんきょう:京都府京都市)
第92代 伏見(ふしみ)天皇
異名: 熙仁(ひろひと)
生没年:文永2年(1265) ~ 文保元年(1317)(53歳)
在位: 弘安11年(1288)~ 永仁6年(1298)
父:  後深草天皇 第1皇子
母:  藤原(洞院) 諳子(玄輝門院:左大臣洞院実雄の女)
皇后: 藤原(西園寺)■子(西園寺実兼の娘:永福門院)
皇妃: 藤原経子、洞院季子、五辻経子、三善衡子、藤原守子、藤原英子
皇子女:胤仁親王(後伏見天皇)、誉子内親王、寛性親王、恵助親王、延子内親王、富仁親王(花園天皇)、尊円親王、尊悟親王、寛胤親王、道熙親王、尊熙親王、聖珍親王、進子内親王
第93代 後伏見(ごふしみ)天皇
異名: 胤仁(たねひと)
生没年:弘安11年(1288) ~ 延元元年(1336)(49歳)
在位: 永仁6年(1298)~ 正安3年(1301)
父:  伏見天皇 第1皇子
母:  藤原(五辻)経子(参議・藤原経氏の娘)
皇后: 藤原(西園寺) 寧子(左大臣・西園寺公衡の娘)
皇妃: 藤原守子、藤原氏、高階邦子、治部卿局、右京大夫局
皇子女:尊胤親王、法守親王、珣子内親王、量仁親王(光厳天皇)、尊実親王、景仁親王、承胤親王、長助親王、亮性親王、豊仁親王(光明天皇)、尊道親王、覚公
北朝4代 後光厳(ごこうごん)天皇
異名: 彌仁(いやひと)
生没年:延元3年(1336) ~ 文中3年(1374)(37歳)
在位: 正平8年(1353) ~ 建徳2年(1371)
父:  光厳天皇
母:  三条秀子
皇后: 藤原(紀)仲子(崇賢門院、中納言典侍:父は石清水八幡宮祠官法印通清)
皇妃: 藤原氏、橘氏、右衛門佐局
皇子女:亮仁親王、緒仁親王(後円融天皇)、行助親王、覚叡親王、永助親王、堯仁親王、覚増親王、道円親王、寛守親王、明承親王、寛教親王、聖助親王、堯性親王、治子内親王、見子内親王、秀仁
北朝5代 後円融(ごえんゆう)天皇
異名: 緒仁(おひと)
生没年:正平13年(1358) ~ 明徳4年(1393)(36歳)
在位: 文中3年(1374)  ~ 弘和2年(1382)
父:  後光厳天皇 第2皇子
母:  紀仲子
皇后: 藤原(三条)厳子(通陽門院)
皇妃: 藤原今子、右衛門佐局
皇子女:幹仁(後小松天皇)、道朝親王、珪子内親王
第101代 称光(しょうこう)天皇
異名: 躬仁(みひと)
生没年:応永8年(1401) ~ 正長元年(1428)(28歳)
在位: 応永21年(1414)~ 正長元年(1428)
父:  後小松天皇
母:  日野西資子
皇后: 
皇妃: 日野光子、藤原氏、源氏、鴨氏
皇子女:胤仁親王(後伏見天皇)、誉子内親王、寛性親王、恵助親王、延子内親王、富仁親王(花園天皇)、尊円親王、尊悟親王、寛胤親王、道熙親王、尊熙親王、聖珍親王、進子内親王
第103代 後土御門(ごつちみかど)天皇
異名: 成仁(ふさひと)
生没年:嘉吉2年(1442) ~ 明応9年(1500)(59歳)
在位: 寛正6年(1465) ~ 明応9年(1500)
父:  後花園天皇
母:  藤原信子
皇后: 庭田朝子
皇妃: 藤原房子、藤原兼子
皇子女: 勝仁親王(後柏原天皇)、尊伝親王、応善、仁悟親王、皇女某、智円、理秀
第104代 後柏原(ごかしわばら)天皇
異名: 勝仁(かつひと)
生没年:寛正5年(1464) ~ 大永6年(1526)(63歳)
在位: 永正18年(1521)~ 大永6年(1526)
父:  後土御門天皇
母:  庭田朝子
皇妃: 勧修寺藤子、源源子、藤原継子
皇子女:覚鎮、知仁親王(後奈良天皇)、覚道親王、道喜、尊鎮親王、覚音、彦胤親王
第105代 後奈良(ごなら)天皇
異名: 知仁(ともひと)
生没年:明応5年(1496) ~ 弘治3年(1557)(62歳)
在位: 天文5年(1536) ~ 弘治3年(1557)
父:  後柏原天皇 第2皇子
母:  勧修寺藤子 (豊楽門院)
皇后: 万里小路栄子
皇妃: 藤原国子、藤原量子、藤原具子、小槻氏、王氏
皇子女:覚恕、方仁親王(正親町天皇)、永寿、皇女某、皇女某、皇子某、普光、聖秀、春齢
第106代 正親町(おおぎまち)天皇
異名: 方仁(みちひと)
生没年:永正14年(1517) ~ 文禄2年(1593)(77歳)
在位: 永禄3年(1560)  ~ 天正14年(1586)
父:  後奈良天皇
母:  西園寺成子
皇后: 万里小路栄子
皇妃: 万里小路房子、藤原氏、
皇子女:永高、皇女某、誠仁親王
第107代 後陽成(ごようぜい)天皇
異名: 和仁(かずひと)
生没年:元亀2年(1571) ~ 元和3年(1617)(47歳)
在位: 天正14年(1586)~ 慶長16年(1611)
父:  誠仁親王
母:  勧修寺晴子
皇后: 西園寺房子
皇妃: 近衛前子、藤原輝子、藤原親子、藤原宣子、藤原孝子、源具子、平時子、清原胤子、大中臣氏
皇子女:覚深親王、聖興、承快親王、文高女王、清子内親王、政仁親王(後水尾天皇)、尊英、尊性親王、堯然親王、好仁親王、良純親王、貞子内親王、尊覚親王、永宗女王、道晃親王、道周親王、尊清、慈胤親王

深草十二帝陵
所在地 京都市伏見区深草直違橋町六丁目

LIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

京都で生まれ育つ。世界各地を周遊、欧米中心に20年ほど滞在し京都に帰還。日本のコアな伝統文化や芸能、神社仏閣や裏歴史、催事らを国内外の旅サイト・雑誌・新聞で執筆。経験に基づく“陰謀説”の電子書籍出版あり。フォトジャーナリスト、写真映像家、音楽・イベントプロデューサー、特殊ツアープロデュース・ガイドから日本庭園庭師までマルチに活躍。日本映画の発祥時より美術に携わってきた”ジャパニーズハリウッド”京都太秦にある老舗『髙津商会』にて映画・美術装飾・アート&エンタメ、海外事業に携わりつつ伝統文化・芸能などに関わる史実や古美術らについて勉強中。『京愛』や『日本愛』を深め世界進出を夢見る毎日。

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