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変貌するロシア軍-1 「我らにヴィザの必要なし」 急増強されるロシア空挺部隊

小泉悠安全保障アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

ロシア軍の最精鋭VDV

ここ最近、ロシア軍の体制が大きく(しかもその割にはひっそりと)変化を遂げている。

小欄では、その状況を幾度かに渡ってお伝えしたい。第1回目の今回は、ロシアの「長い腕」と呼ばれる空挺部隊(VDV)の大増強がテーマだ。

VDVはもともと陸軍の一部であったが、航空機によって長距離を高速移動し、パラシュート降下で敵の思わぬところへ展開する精鋭部隊としてソ連崩壊後に独立の地位を与えられた。

冷戦後のロシアが経験したチェチェン戦争やグルジア戦争、昨今のウクライナ紛争でも常に最前線で戦い続けてきたロシアのエリート部隊で、青のベレー帽をトレードマークとする。

その一方、8月3日のVDV設立記念日に徒党を組んで大暴れし、噴水に飛び込んだりするのも彼らで(この様子はもはや風物詩となっており、マスコミは噴水に飛び込む兵士の画をこぞって取り上げる)、この荒くれ者具合も含めてロシアの軍事力を象徴するシンボル的存在となっている。

2年間で倍近くに増強

VDVの最新鋭空挺歩兵戦闘車BMD-4M(戦勝記念パレードで筆者撮影)
VDVの最新鋭空挺歩兵戦闘車BMD-4M(戦勝記念パレードで筆者撮影)
同じくBTR-MD空挺装甲歩兵戦闘車(同)
同じくBTR-MD空挺装甲歩兵戦闘車(同)

VDVの規模は従来、約3万6000人とされ、30万人以上の兵力を擁する陸軍に比べてずっと小振りであった。「数より質」がVDVの存在意義で、兵士たちも一般の徴兵ではなく志願兵が優先的に配属されてきた。

だが、昨年、VDVは陸軍の3個のヘリボーン旅団(ヘリコプターによって移動する部隊。ロシア式の呼び方では空中襲撃旅団)をその指揮下に移し、兵力は4万5000人へと拡大した。

さらに今月3日、VDV設立記念日に際してシャマノフVDV司令官が述べたところによると、今年8月時点でその規模は6万人に達しているという。

部隊を新設したり、既存の部隊を増強するなどした結果であるというが、わずか2年で極めて急速に増強されたことが分かる。軍隊の定員をこれだけ変化させるとなれば西側では議会の承認手続きなどかなり煩雑だが、ロシアの場合はそしらぬ顔でこれだけの大増強を行うので目が離せない。

しかもシャマノフ司令官によれば、これは単なる規模の拡大に留まらない。今後、VDVには6個の戦車大隊が配備され、航空機やヘリコプターからの降下作戦だけでなく、有力な火力を有する地上部隊としても戦えるようになるという。

老朽化した各種装甲車や火砲も順次新型へ更新され、現代戦に欠かせない戦場情報・指揮システムも陸軍より早いペースで配備されている。

「機動軍」の復活?

こうした最近の動きは、1990年代初頭にロシアで提起された「機動軍」構想を彷彿とさせる。これは空挺部隊出身のグラチョフ国防相(当時)が提唱したもので、既存の空挺部隊を強化するとともに陸軍や海兵隊からの精鋭部隊を引き抜き、ロシア周辺の紛争地域に迅速に展開できる部隊を創設しようというものだった。

機動軍構想自体は甘い見積もりと予算不足によって失敗に終わったが、今後、VDVはこの機動軍構想の再来となるのかもしれない。

ただ、ネックとなっているのが、その「翼」となる輸送機だ。従来はウクライナと共同開発していたAn-70大型輸送機を事実上、VDVの専用輸送機とする構想であったが、ウクライナ危機によって開発は頓挫。VDV側は代替輸送機について空軍と協議しているが、いずれにしても輸送機の手当てが付かなければVDVの機動性を十全に活かすことは難しい。

ちなみにVDVの強化はこれで終わりではなく、シャマノフ司令官は最終的に7万2000人体制を目指すとしているから、最終的には2013年の倍の規模に達する可能性がある。

「我々にはヴィザなど要らない」

問題は、VDVの強化、それも極めて急速な強化が何を目的として行われているかだ。

これについては、ウクライナ紛争に見られるような旧ソ連圏における紛争への迅速な介入と、北カフカスやアフガニスタンにおけるイスラム過激派の伸長に対応した緊急展開能力向上の必要性が挙げられよう。

特に前者は、ロシアが今後ともウクライナ型の軍事介入を行って行く能力に直結するだけに重要だ。

ちなみに前述のシャマノフ司令官は、次のような不気味な発言を行っている。

「我々にはヴィザなど必要ない。大統領の命令があれば世界中どこにでも展開する」

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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