被災地での性暴力「実害ない」と言われる二次加害も 求められる防災の「ジェンダー平等」 #あれから私は
東日本大震災の約1カ月後から、山本潤さんは被災地に入った。物資調達支援とともに、現地でのニーズや実態を聞くためだった。
山本さんは性暴力被害者支援看護職(SANE)の資格を持ち、性虐待の被害当事者でもある。宮城・岩手・福島の3県を訪れる際に持っていったのは、生理用品や下着のほか、性暴力やDVについての相談窓口を載せたカード。緊急避難先で被害に遭った人が、誰にも相談できない状況になることを心配した。
性暴力の根絶を目指して活動するNPO法人しあわせなみだの代表・中野宏美さんも、他団体と連携して物資の提供や、医療従事者や災害ボランティアに向けて、災害時の性暴力についての研修活動を行った。
山本さん、中野さんが震災後に被災地支援を行った理由は共通している。「震災前に正井禮子さんの話を聞いていたから」だ。
「ウィメンズネット・こうべ」代表の正井禮子さんは、2014年1月に発表された「東日本大震災『災害・復興時における女性と子どもへの暴力』に関する事例調査」の報告者の一人。
この調査が行われた背景には、1995年の阪神淡路大震災時に女性たちの声が「デマ」と報じられた苦い過去があった。
バッシングに晒された阪神淡路大震災時
正井さんは、まだ「DV」や「シェルター」という言葉もなかった1990年代前半から、神戸で男女平等を目指す市民グループを起ち上げて活動していた。お金を出し合って借りたスペース「女たちの家」は、女性たちの駆け込み寺のようになった。
阪神淡路大震災で借りていた家は土地ごと崩れてしまったが、活動は続けた。女性だけで語ることのできる場を設けたところ、仮設住宅で親切にしてくれていた年配の男性から性被害に遭ったと話すシングルマザーの女性がいた。
正井さんが忘れられないのは、淡々と話していた女性が、「警察に届けたの」と聞かれたときに「そこでしか生きていけないときに、誰にそれを語れと言うんですか」と言って初めて涙を流したこと。
「二度とこんなことはないようにしないといけない」と思った。
しかし、正井さんたちの活動は、その後、逆境に立たされる。
被災地で性被害が多発したという報道はデマーー。そんな雑誌の記事が1997年に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞し、この取材に応じた正井さんらがバッシングに晒されたのだ。相談に応じた女性たちの話が「デマ」とされた根拠のひとつは、警察の認知件数が増えていないことだった(※)。
この記事が兵庫県警の「(被災地での性被害通報は)1件もない」という発表とセットで語られることにより、「デマ」の印象が強まった。メディアはタブー扱いし、報道が止んだ。
NHKが「見過ごされてきた災害時の性被害」を特集し、この中で正井さんたちの証言が「デマ」とされたことに触れたのは昨年のこと。災害時の性暴力について、検証を行ったメディアはごくわずかだ。
東日本大震災時の調査
「被災者を研究対象にするのか」反発も
2011年に東日本大震災が発生した後、正井さんはミシガン大学社会福祉学大学院教授の吉浜美恵子さんから、「被災地での性被害やDVの調査をしましょう」と声をかけられた。
「今度は流言飛語と言われないように」
調査にあたっての資金はNPO法人オックスファム・ジャパンから調達。女性支援団体や研究者など、さまざまな人から助言や協力を受けた。
3年かけた調査は、決して容易ではなかった。行政は「避難所の運営は地域住民に任せているので、直接交渉してほしい」と協力的ではなく、避難所では「被災者を研究対象にするのか」と反発があった。
こういった事情から、「震災から半年間の間に被災地で支援に関わった相談員やボランティア、医師や臨床心理士などの専門家」へのアンケート調査が行われた。噂や又聞きではなく、調査対象者が被災者から直接聞いた被害事例だけを集めた。
報告された性被害
「実害はない」と言われる二次被害も
調査の中では、避難所の居住スペースや共有スペースなどの生活の場でも性暴力被害が発生していたこと、顔見知りによる加害が多かったこと、子ども(女児・男児)への性暴力が複数あったことなどが報告されている。
また、被害を相談した人が「実害はない」「あなただけが不幸だと思うな」と言われるなどの二次加害や、避難所での強姦未遂を聞いた警察が、被害者と加害者の両方を同じ避難所に帰すといった、改善が必要な措置があったことについても報告がある。
避難所の運営を取り仕切っているのは男性が多く、被災地で性暴力やDVについての相談窓口を載せたカード配布の説明をした際に「ここにはそんなことはない」と言われることもあったという。
報告書は、「災害時には平常時から存在する女性や子どもの脆弱性が増強することを踏まえた措置が必要である」と結ばれている。
「女性のニーズを踏まえた災害対応」
対応したのは4.5%
実は、東日本大震災時、内閣府は「女性や子育てのニーズを踏まえた災害対応について」と題された文書を、3月から5月にかけて3回発出していた。
この中では、「生理用品」「おむつ」「離乳食」などの早急な対応が指示され、「男性の目線が気にならない更衣室・授乳室、入浴設備」や「女性に対する暴力を防ぐための措置」についても明記があった。
しかしその後の調査によれば、国の機関や地方公共団体、あるいは地域団体などのうちで、この文書を「知っており、市町村や関係団体等と連携して対応した」と回答したのはわずか4.5%。
全体の54.3%が「知らなかった」と答え、「知っていたが、対応は不十分だった」も13.3%だった。
もちろん、誰もが緊急事態である中で、適切で配慮ある対応が取れることばかりではない。しかし災害大国と言われる日本で、ジェンダー視点での配慮について、過去の状況を踏まえて改善されていかなければならない。
防災は平時のジェンダー平等から
正井さんが強調するのは、「防災は平時から」だ。
「加害者となった人の行為は『被災して大変なのだから』と容認される一方で、被害者は『しょうがない』『要求に応じるのが当たり前』などと言われる実態があります。被害者が被害を打ち明けたことによって起こる二次加害は平時でもあり、そこを変えなければならない」
「防災は平時から始まります。平時にジェンダー格差が大きければ、緊急事態時ではより深刻になります。普段から施策を作る場、意思決定の場に女性が半分いることがいかに重要なことか。平時から男女がどれほど対等な関係でいるか。考えていかなければいけないと思います」
前出のしあわせなみだ代表・中野さんも「災害時に起こる性暴力や、災害対策とジェンダーの問題は研究している人が少なくて、論文もわずか。けれど考えていかなければいけない問題」と語る。
ジェンダーギャップ指数は153カ国中121位、経済的な権利をめぐる男女格差は190カ国中80位タイの日本。防災への意識は高いと言われるが、一方で緊急事態時に女性や子どもから見た視点はどれだけすくい上げられてきたか。
毎年行われる防災のシンポジウムやフォーラムで、登壇者や発表者の女性比率はどうか。健康な成人男性を基準にした対策や調査に偏っていないか。考え、変えていく必要がある。
【この記事はYahoo!ニュースとの共同連携企画記事です。】
【参考】
(※)2018年になって、この記事を書いた女性ライターは、ジャーナリストの林美子さんの取材に対して、「被災地における性被害を否定したものではありません」と、あくまでも報道の根拠に疑問を示したものと回答している。「阪神淡路大震災で疑われた性暴力被害」(林美子/週刊金曜日2018年1月26日号)
(その他)
「災害時の性暴力とは~見えないリスクを可視化する~」(中野宏美)
「災害時の性暴力撲滅に向け医療従事者に期待すること」(中野宏美)
『災害支援に女性の視点を!』(竹信美恵子・赤石千衣子編/岩波書店)
『災害女性学をつくる』(浅野富美枝・天童睦子編/生活思想社)