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ノーベル平和賞の劉暁波氏が書いた「中共による抗日戦争史の偽造」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

民主立憲を求める零八憲章を起草して投獄され獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波は、投獄前に「抗日戦争中、中共軍は日本軍と戦わなかった」「嘘の宣伝を続ける中国政府は人民の信頼を得られない」と書いていた。

◆「零八憲章」とは

中国の作家・劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏は、2008年に「零八憲章」を書いたことで逮捕された。「零八憲章」は中国共産党の一党支配を終わらせるべきだとするもので、三権分立や民主化の推進あるいは人権保護などを訴えた憲章である。中華人民共和国憲法にも言論や報道あるいはデモの自由は謳われているものの、一方では中国共産党を「中国を指導する党」と憲法で決めており、一党支配を批判する言動を行なった者は法に依らない逮捕拘束をしているとして、新たな国家のための憲章を起草した。

発表したのが2008年であることから、「08」を漢数字で書き「零八」(ぜろはち)とした。12月9日に発表しているのでまもなく7周年となる。

2010年、獄中でノーベル平和賞を受賞したことで有名。刑期は2020年6月だ。

◆「中共による中日戦争史の捏造」を糾弾

劉暁波氏は2005年4月7日に「中共執政後対抗日歴史的偽造(中共執政後の、抗日戦争史に対する捏造)」というタイトルでアメリカにある中文ウェブサイト「博訊boxun.com」に投稿している。これは『単刃毒剣』というシリーズの中の一つである。その概略を以下に示す。彼自身の見解であり、筆者と異なっている個所もあるが、いっさい検証は行なわない。そのまま訳す。

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中共が政権を掌握してからの「嘘による統治」および「歴史の捏造」は、「日本の右翼による侵略歴史への改ざん」を遥かに上回るものである。中共による自分自身の独裁統治に対する美化も、日本の右翼による軍国主義の美化よりもはなはだしい。

1949年に中共が執政を始めて以来、ひたすら中日戦争の歴史を歪曲してきた。日本人はアメリカに負けたのであって中国に負けたのではないことは前に述べた通りだ。国共による抗日戦争の歴史の中で、中共はただひたすら嘘しかついてこなかった。当時の日本人だったら誰でも知っているだろう。戦っている相手は蒋介石であって毛沢東ではなく、日本が連合国の攻撃を受けて降参に追い込まれたとき、降参した相手は国民政府(国民党の政府)であって、中共に対してではないことを。

もし日本軍が蒋介石を疲労困憊させていなければ、蒋介石の当時の実力と決意からすれば、中共を叩きのめすなど非常に容易なことで、中共が政権を奪うなどということは絶対にありえなかった。これに関しては毛沢東も政権掌握後否定していない。だから(建国後)日本人に会ったときに、毛沢東は自らこの事実を持ち出したのだ。

1994年に中央文献出版社&世界知識出版社から出版された『毛沢東外交文選』によれば、

毛沢東は1960年6月21日に日本の左派文学者・野間宏らに会った時、日本の皇軍に感謝する話をした(省略)。

1964年7月10日に、日本の社会党の佐々木らと会った時も、佐々木が謝罪するので「謝罪などする必要はありませんよ。もし日本の皇軍が中国の大半を占領していなかったら、われわれは政権を奪取することはできませんでした」「皇軍が来たからこそ、われわれは国共合作をすることができて、だからこそ2万5千まで減っていた(中共の)軍隊は、8年間の抗日戦争の間に、なんと120万人の軍隊に発展することができたのです。皇軍に感謝しないでいいと思いますか?」などと回答している。

1972年に日本の首相・田中角栄がやって来たときにも、毛沢東は「日本が中共を助けてくれたことを感謝します。もし抗日戦争がなかったら、中共は政権を掌握することはできませんでした」と語っている。

その一方で、中国は教科書に何と書いているのか?

たとえば2003年に人民教育出版社から出版された『全日制普通高級中学教科書(必修)』の『中国近現代史』下巻を見てみよう。そこには抗日戦争時代、いかに中共が積極的に日本軍と戦い、いかに主動的な役割を果たしたかが強調してあり、蒋介石・国民党軍の功績など、一文字たりとも書いてない。

歴史教科書を書く中国の歴史家たちに聞きたい。

あなたがたはなぜ、日本の歴史改ざんばかりを責め立てて、中共がここまで嘘で塗り固めた歴史の偽造をしていることに対しては一言も言わないのか?

なぜ中共の歴史の歪曲に憤慨しないのか?

この歴史家たちは皆、中共の意識形態(イデオロギー)部門が虚偽の歴史を製造する広大な工程に参画していることになる。

仮に、中共が国内だけにおいて嘘をつきまくり愚民を育てようとしているだけで、対外的には中日戦争時の歴史の事実を尊重しているのだとしても、中共の一貫した「嘘をつく」本性は、人の信頼を得ることはできない。

いったい誰が、毎日自国の民に嘘をつき続けているような政権を信頼することができるだろうか?

いったい誰が、この御用史学者たちが、対外的にだけは誠実で嘘をつかないなどと信じることができるだろうか?

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以上が劉暁波氏の論考の概略である。

昨日、本コラムで書いた81歳の鉄流氏の論考と共通しているのは、「このような嘘をつき続ける政権に、信頼性を抱くことができるのだろうか?」という、中国人民としての怒りだ。

これらを見ると、日本の国民よりも中国人民の方が、よほど真剣に「中共が日中戦争史に関してついている嘘」に関して向き合っていることがわかる。

その政権の中で生きている中国の心ある民は、命を懸けて「日中戦争史を捏造する中共の罪」を問わないと、嘘で固めた中共が統治する中国の中で人間らしく生きていくことは不可能だと思い、闘っているのだ。この状況を変えなければ、中華民族の心は亡ぶと必死だ。

中共の老幹部が、筆者が『毛沢東 日本軍と共謀した男』を書いたことに対して「よくぞ書いた! 誰かが書かなければならなかったのだ!」と言ってくれた言葉の重みが、ようやく理解できる。

日本人も、この現実に目を向けてほしい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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