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がん患者が新型コロナに感染すると危険なのか 重症化、死亡率、治療中の場合は?

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

「がんの患者は新型コロナにかかると危険なのでしょうか?」

がんの5年有病者数は300万人以上で【全国がん罹患数・死亡数・有病数の将来推計データ(2015~2039年)】、生涯でがんになる確率は男性63%・女性48%とされるなど、がんは珍しい病気ではありません。

そのため今回の新型コロナ禍でも、ご自身あるいはご家族、友人知人ががんで、より緊張しながら第一波の中を生活された方も少なくないでしょう。

私の専門分野である緩和ケアはがんに限らず提供されることが大切で、COVID-19にかかった患者さんへの緩和ケアも世界の医学文献では出てくるようになっています。

参考;病院で「面会困難」「死に目に会えない」 新型コロナ時代の困難と緩和ケア

一方で、緩和ケアと言えばがん(注;末期に限りません)であることは変わらず、筆者もがんの患者さんを多く診療しています。

新型コロナが日本に本格上陸する以前からよく尋ねられた質問として、「がんの患者は新型コロナにかかると危険なのでしょうか?」あるいは「治療中に新型コロナにかかると危ないですよね?」というものがあります。

最初はそれらについて何もデータがありませんでしたが、少しずつ様々な研究結果が出てくるようになりました。

はたしてどうなのか、それを皆さんにお伝えしたいと思います。

最初に中国から出たのは厳しい結果

最初に有名医学雑誌ランセットに掲載されたのは、中国からの報告(PMID: 32066541)でした【※PMIDについては文末で説明しています】。

人工呼吸器を必要とする、集中治療室(ICU)に入室する、亡くなる、これらのいずれかが起きた患者の割合が、がんではない患者では8%であるのに対し、がんの患者では39%だったのです。

さらにがん患者の中でも、一ヶ月以内に抗がん剤治療か手術を受けていた患者はそうではない患者と比べて、重篤な事象が起こりやすいというものでした。

まずはこの結果が紹介されたので、がんの患者さんでもいろいろと調べている方はご不安になったようです。

ただこの研究ではがんの患者は18人で、これが一般化できるかというと難しかったと考えます。

その後、中国から105人のがん患者(対照群は年齢をマッチングしたがんではない536人)の研究も出て(PMID: 32345594)、それにおいても死亡やICU入室、重篤な症状がより多いという結果ではありました。

さらに他の最近の研究でも、がん患者が重症の新型コロナになりやすいことを示すものもあります(PMID: 32479790)。

一方でこれらは中国での研究であり、あくまで筆者の感覚ではありますが重篤な割合が高いような印象がありました。

米国から出た研究結果は

新型コロナは次第にアジアの病気から世界の病気へとなっていきました。

東アジアよりも欧州やアメリカ大陸でさらなる大きな問題となっていることは周知の通りです。

その中で、アメリカにおいてのがん患者の新型コロナ罹患におけるリスクが報告されました(PMID: 32330541)。

これはニューヨークのマウントサイナイ医療システムからの報告で、合計5688人の新型コロナ患者の中の334人(6%)ががんに罹患していましたが、この研究においては、死亡率はがん患者でも非がん患者でも統計的に意味のある差はついていません。

一方で、挿管(人工呼吸を行うためにチューブを気管に入れること)はがん患者で多いという結果でした。

このように死亡率に関しても、国や医療体制・状況により結果が異なることもあるため、またいずれも日本における研究ではなく、確たることは言えないと考えられます。

しかし当たり前だが注意は必要

印象として、がんの患者さんは新型コロナの予防に全くの健康人より意識的に取り組んでいることを感じています。

そのため、必要以上に心配する必要はないと考えられますが、一方で当然のごとく油断は禁物でしょう。

どちらかというと当初においては、がんによる体力低下や、抗がん剤治療などにより白血球が減少する(正確には白血球のうちの好中球が減少する)ことなどから、感染に対しての脆弱性からの心配が為されていました。

しかしその後、新型コロナウイルスは人の体内のACE2受容体という場所をターゲットにしており、それが血管の内側の壁(血管内皮)にも存在するため、同部位を障害することが知られて来ました。そのため血の塊が血管内にできる血栓症のリスクも高いのです(例えばPMID:32291094など)。

腫瘍自体も、腫瘍の治療も、血管内皮細胞の機能に影響しうる可能性があります。

これらを鑑みると、用心を怠らないことは大切だと言えそうです。

治療中のリスクについても研究が出始めた

がん治療中のリスクはどうなのか、その疑問に答える論文も発表されました(PMID: 32473682)。

この研究はイギリスで行われ、過去4週間の化学療法は死亡率に統計的に意味のある影響を及ぼさなかったと結果が出ています。

過去4週間のホルモン療法や分子標的療法、放射線療法などに関しても同様でした。

この結果だと治療中だからと言っても、予防対策を継続しつつも、ことさらに恐れる必要はないようにも見えます。

しかしこれもまた他国の結果であり、日本に当てはまるかどうかは未知数です。

がんと新型コロナのまとめ

現状わかっていることは上述のようになります。

当初よりは様々なことがわかってきましたが、まだ不明な点も多いです。

中国と日本での医療環境には違いがありますから、中国での研究結果をそのまま日本に当てはめるわけにはいきません。

一方で、がんの患者さんには、新型コロナについて気をつけねばならない理由が存在することも事実であり、一定以上の注意は必要でしょう。

がん患者の栄養・運動が重要なことは知られており、それらは一般に健康を維持するためにも好適なものですから、引き続き生活習慣の改善に取り組むのが大切でしょう。

さらに、ストレスをなるべくためないように、また良い睡眠も確保し、療養に臨んでいただければそれも対策になるものと考えられます。

【注】新型コロナウイルス感染症はCOVID-19ですが、本稿では新型コロナと呼称しました。また、PMIDは論文に付与されているIDで、医学分野の代表的な文献情報データベースPubMed(パブメド)において、このIDで当該文献をすぐに検索することができます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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