愚かで有害、産経新聞の「スクープ」で覆い隠される問題とは―弁護士3団体が抗議声明
産経新聞のネット版に今月16日に掲載された、入管問題についての記事が波紋を呼んでいる。問題の記事は、入管施設に収容されている、難民認定申請中その他の事情で帰国できない外国人の人々が一時的に拘束を解かれる「仮放免」で、「特定の弁護士や支援者5人がそれぞれ身元保証人となった外国人787人のうち、195人が行方をくらましていた」等とするもの。これに対し、複数の弁護士団体が、あたかも、弁護士側が仮放免者の逃亡を助けているかのような誤解を招く、出入国在留管理庁(入管)側の言い分だけで、当事者や弁護士団体の言い分が反映されていないとして、同20日付で抗議声明を発表した。
○弁護士3団体の抗議
「全国難民弁護団連絡会議」、「入管を変える!弁護士ネットワーク」、「全件収容主義と闘う弁護士の会ハマースミスの誓い」の3つの弁護士団体は、今月20日、産経新聞の記事「<独自>仮放免外国人195人が逃亡 保証人に偏り」に対する抗議声明を公表、同新聞に対する申し入れも行った(関連情報)。それによると、産経新聞の記事が「このうち弁護士1人は(中略)19人について逃亡を許していたという」と書いていることについて、
と批判。さらに、
と指摘した。
○なぜ仮放免者は逃亡するのか?
「仮放免を受けた者が所在不明になった原因」として、弁護士3団体は「裁判なしの送還」「収容施設での命に関わる不当・違法な処遇」「被収容者に対してわずか2週間のみの仮放免を認め、再び収容するという運用」をあげている。
「裁判なしの送還」では、東京入管がスリランカ人男性2人を、難民の異議申立棄却の通知と同時に収容し、裁判する猶予を与えずに翌日に本国へ送還したことについて、今年9月、東京高裁は「違憲」とする判決を下し確定している。
このケースでは、裁判で映像記録も開示されたが、同映像では、スリランカ人男性が「殺される」「怖い」と著しく動揺し、くり返し「弁護士を呼んで」と叫び、裁判を受けることを求めていた。だが、入管職員らは、男性から携帯電話を取り上げて電源を切り、弁護士が折り返しの連絡をできないようにしてしまったのである。こうした入管側の対応を、「憲法32条で保障する裁判を受ける権利を侵害した」と東京高裁は判断したのだ。弁護士3団体は「裁判なしの送還」が、2014年から2016年までの間に少なくとも48件あったことが、国会質疑等で明らかになっていると指摘。入管側の違憲行為が横行していたかたちだ。
「収容施設での命に関わる不当・違法な処遇」では、弁護士3団体が指摘している通り、ウィシュマさんへの対応など入管側の人命軽視が極めて深刻だ。ウィシュマさんは、収容中の今年2月15日の検査で、飢餓・脱水状態にあることが判明していた。だが、その後も仮放免することも、点滴等の適切な医療を行うこともせず、同3月6日、ウィシュマさんは亡くなってしまった。
過去においても、被収容者が健康状態の悪化を訴えていたにもかかわらず、入管側が放置したり適切な対応をしなかったために、被収容者が死亡したケースは何件もある。
仮放免中の外国人の人々もそうした入管施設内の劣悪な環境は自らの経験や収容中に見聞きしている。「日本で暮らしている以上、日本のルールを守りたい」として、自ら入管に出頭するような人であっても「本当はすごく怖い」と号泣するように、再び収容されることを非常に恐れているのだ。
「被収容者に対してわずか2週間のみの仮放免を認め、再び収容するという運用」が特に2019年以降、多数行われたことも弁護士三団体が指摘するところだ。こうした、ごく短期の仮放免と長期収容を繰り返すことを含め、入管による難民その他の帰国できない事情を抱える人々への対応に対し、2020年9月、国連恣意的拘禁作業部会が、必要性と合理性を欠く「恣意的な収容」に当たり国際人権法に違反するという意見を出している。
確かに、仮放免中の逃亡はルール違反であり、ルールは守るべきであるが、なぜそうした逃亡が相次ぐのかも、メディアは報じるべきであろう。
○メディアは入管に利用されるな
今回の産経新聞の記事の背景にあるものとして、今年3月、スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で死亡したことで批判を浴び廃案となった入管法「改正」案を、次の国会で再提出しようとする入管が、「地ならし」として、自らに都合の良い事実の切り抜きを、リークしていることが考えられる。弁護士3団体も、その抗議声明の中で、以下のように指摘している。
入管側の意図のあるリークを、メディアが「スクープ」として、検証や批判的分析もなく垂れ流すことは、国内外から強い批判を浴びている入管による人権侵害に加担することなりかねない。筆者は産経新聞に対し、
- 「仮放免者の保証人となった弁護士についての記述が誤解を招くものだとの認識はあるか?」
- 「なぜ、様々な不祥事や人権侵害等が相次いで発覚している入管側の主張のみをとりあげ、難民その他の帰国できない事情を抱える外国人当事者や支援団体等の主張もとりあげることをしなかったのか?」
- 「報道機関の重要な役割の一つとして、権力を監視することがあるが、貴紙は、権力側から利用されないための、取材や記事・コラム執筆等で、何らかの指針やガイドライン等をお持ちか?」
等と、質問を送った。だが、産経新聞側の回答は、「編集に関することはお答えしておりません」というものだった。
本件における問題、つまり、入管側が自らの問題を省みることなく、難民その他の帰国できない事情を持つ外国人及びその支援者への、ネガティブキャンペーンを、メディアへのリークというかたちで行うことは、既に始まっているし、それは産経新聞だけの問題ではない。
メディア側としては、入管側に利用されることなく、公正な報道に努めることが重要なのであろう。メディアを利用するため、リークされた恣意的な情報を、検証も無しに「スクープ」と喜び拡散するのは、愚かで有害なことなのだ。
(了)