組織の中で人材を異動させることはなぜ重要なのか〜優秀な人でも停滞することで様々な問題が生じてしまう〜
■きれいな人材ピラミッドを維持しておきたいが
組織の人材ピラミッドを作るためには、人材フロー(流れ)、つまり採用から配置、異動、昇進、そして退職までを一貫して予測・計画をすることが必要です。ただ、いささか極端な考え方ではありますが、そんな面倒くさいことをするのであれば、一度きれいなピラミッドを作ってしまったら、そのまま人を動かさずにおいてその姿を維持してもよいのではないかとも考えることはできます。しかし、もちろんそれは現実的ではありません。人を動かすことなく停滞させておくと組織の中にたくさんの問題が生じてしまうのです。具体的にどんな問題が起こるのかについて見ていきたいと思います。
■外の組織は変わらなくても中の人はどんどん変わる
まず、組織は変化せずとも、人は必ず変化するということです。組織が行っている事業が毎年同じ売上、同じ生産量、同じ仕事量で推移しているとしても、組織の中で働いている人は1歳ずつ年齢を重ねます。そして、経験が増えるに伴って成長していきます。できることが増え、報酬も増やしたいでしょうから、もっと重要な役割を担いたいと思うようになります。それなのにある時点でのピラミッド内での役割・ポジションがずっと続くのではやっていられません。
■10年メンバーが変わらない組織はどうなるか
実際には少なからぬ企業で10年間メンバーが変わらない部署があったりします。そういう部署では、メンバーはものすごく我慢しているのではないでしょうか。どんなに今の仕事が合っていて、成果を発揮できていたとしても、長年同じ仕事をすればどんどんマンネリ化して飽きてしまうこともあります。飽きてくればその仕事に対する創造性も減退していくでしょうから、最高のパフォーマンスを維持し続けることは難しくなります。以前の成果を出せなくなってしまいます。
■成長しきった人は停滞もよいかもしれないが
ただ、ある程度の年齢になると人は、成長しなくても、停滞してもよいと思うようになる人もいます。私も50歳を超えて、若い頃のようなどんどん成長しようという気持ちは減ってきました。例えば、部長なら部長のままで定年まで行ってもいいかなと思う人も出てくるということです。こういう人には10年同じ仕事でも構わないかもしれません。しかし、組織の上層部の人が停滞すれば、その下で席が空くのを待っている人はたまったものではありません。「上の人はもう成長しきったのだからいいですよね。でも自分はまだ成長機会が必要で、それを経験することで成長していきたい」と思うはずです。
■下の人はどんどん鬱屈し、逃げ出していく
このように「上の詰まった組織」では、下の人は「そんなことなら自分にやらせてほしい」と嘆く日々になることでしょう。そして、長期間に渡って努力が報われずに、今の仕事や役割から変化がない状態が続けば、学習性無気力(learned helplessness)から、せっかくあったやる気を失っていくことでしょう。そして、そのまま意気消沈しながら仕事をするか、その組織を諦めて、外にチャンスを求めて転職していってしまうかもしれません。これを「内部流動性と外部流動性はトレードオフである」と言います。内部が停滞し流動性が下がると、人は組織の外部に流動する(出ていく)ということです。上層部の停滞は、若く活発で成長意欲の旺盛な人ほど嫌うため、これが続けば、活発な、若い人がどんどん抜けていく組織になっていくのです。
■停滞は組織の同質化も促進していく
また、長期に渡って同じ人物が同じ役割を仕切っている組織では同質化が進んでしまう恐れもあります。人はどんな人でも自分と似たような人を高く評価する傾向があるからです。同じ人が自分と似た人ばかりを評価しつづけると、組織内の権力が同質な人々に集中するようになります。さらに採用するときも似たような人を採ると同質化はさらに進みます。同質化すると組織は環境の変化に対応できなくなってしまいます。ある経営環境に適した人材で組織を同質化させれば、短期的には最適化され、一定のパフォーマンスを期待できますが、環境がガラッと変わって求められるものが変わると、誰一人必要な能力を持ち合わせていないということも起こります。そして全滅してしまう可能性があるのです。
■組織が濁って腐らないように「かき混ぜる」
清き川の流れも、堰き止められて淀めば濁ってしまうと言います。濁ってしまえば、腐っていくしかありません。清流も、腐ってしまえば生命の舞台とはなかなかなりえないのです。これは以上に見てきたように、組織も同様であると思います。組織の中の「流れ」も淀んでしまえば、組織は濁り、腐っていくのです。組織が濁らないようにまずできることが、組織を「かき混ぜる」=「人材の内部流動性を高める」ことです。組織の上下左右で人材を異動させたり、昇格(降格)させたりすることです。組織自体が全体としてはあまり変化がなかったとしても、人材の内部流動性を高めることができれば組織の濁りを防止できます。
■リクルートは意図して組織を「かき混ぜる」会社
私が最初に在籍した会社であるリクルートは、人を活性化するためにかなり意図的に組織をかき混ぜる会社で、人事異動や組織変更を頻繁に行っていました。また、そのかき混ぜ方は大胆で営業しかやったことがない人をふつうに経理や法務や人事に配置したり、その逆のことをしたりというのは珍しくありませんでした。中央集権型の体制を敷くこともあれば、分権型の体制を敷くことも多く、組織の箱自体も離合集散を繰り返していました。その影響でオフィスのレイアウトを変更することも多く、引越し代のコストの高さが問題になったことがありますが、経営陣はその効果をわかっていたのだと思います。
■内部流動性を高めると短期的にはマイナス
しかし、組織を「かき混ぜる」=内部流動性を高めることはそれほど簡単なことではありません。短期間での業績を経営や投資家に求められている事業責任者にとっては、成果を出してくれている優秀な人材を現在のポジションから外すインセンティブは少ない。未経験者で成果を出せるか未知数である人材を受け入れるインセンティブも少ない。個人の側も、これまで慣れ親しんで成果も出ている仕事から、新しい仕事に移るリスクを取るには相応の勇気が必要です。両者の意図が組み合わさると、結果、「今のまま」が続きます。また、昨今では様々な企業で仕事の専門分化が進み、各職種が専門化していくと、短期的には効率的ですが、上記のような内部流動性を高めにくくなるのです。
■人に期待し「投資」することで流動性を高める
そこで、人事担当者の出番です。今と未来への投資をどのぐらいのバランスで行えばよいのか分からず不安な経営者に対して、そのバランスをきちんと検討して、納得感ある具体案を提示することで、未来への適切な投資=内部流動性の向上を行っていただくことが人事の仕事です。そのため、現在の組織にいる人材のポテンシャル(潜在能力・可能性)を知り抜き、投資に値する人材であると期待せねばなりません。未来の経営環境を予測するのは経営者や現場リーダー以上にはできないかもしれませんが、人事は自社に今いる人の可能性を誰よりも知ることはできます。人の可能性への期待感の大きさが経営者や現場リーダーが未来に投資をしようと思う勇気や意欲を生みます。それを支えるのが、人事担当者なのです。