子羊がバタバタ死んでいく、金正恩の「北朝鮮スイス化計画」
北朝鮮の金正恩総書記は1990年代後半、スイスの首都ベルン近郊で留学生活を送っていた。彼の地での暮らしは4年とも8年とも言われているが、険しくも美しいアルプスの山々が、若かりし頃の彼の脳裏に深く刻まれたことは想像に難くない。
そのせいか、金正恩氏の「スイス愛」には特別なものがあるようだ。
夫人や指導者に贈る高級時計、ワイン、化粧品などはスイス製が多いと伝えられている。それだけに飽きたらなかったのか、金正恩氏はビッグプロジェクトをぶちあげた。それは「北朝鮮スイス化計画」と言うべきものだ。
韓国との軍事境界線にほど近い北朝鮮・江原道(カンウォンド)の洗浦(セポ)台地。約5万ヘクタールもの荒れ地を巨大な牧草地に変え、様々な家畜を飼育して食肉を生産する計画地だ。さらに、家畜の排せつ物でバイオガスを生産、近隣の住宅に供給し、観光地化も進めるという。
2012年11月から建設を開始し、5年で完成したことになっているが、当初からあまりうまく行っているとは言えない状態だった。現在も、その規模に比べて家畜の数は多くない。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
(参考記事:「禁断の味」我慢できず食べた北朝鮮男性を処刑)
江原道(カンウォンド)の情報筋は、江原道農村経理委員会が、畜産イルクン(幹部)向けの方式上学(講習会)を先月5日から12日まで洗浦で行ったと伝えた。乳牛牧場とヤギ牧場の運営経験を学ぶのが目的だ。
参加者の見学が行われたが、洗浦畜産基地の状況は惨憺たるものだった。
2021年から今年まで、高級中学校(高校)を卒業した17歳以上の青年2000人が配属された。獣医予防薬品工場も新設し、人工授精設備も入れ替えたが、家畜の頭数は2020年から増えていないという。その理由は急性肺炎や口蹄疫などの各種伝染病だ。
洗浦畜産基地では、2021年から3年連続でこれらの伝染病が蔓延し、子牛、子ヤギ、子ヒツジが大量に死亡した。
別の畜産部門関係者によると、今年5月に洗浦畜産基地で口蹄疫が発生し、家畜数万頭が死亡し、生き残った家畜もいつ病気になって殺処分される可能性のある状況だ。
ここでは牛1万8000頭、ヤギ14万頭、ヒツジ21万頭を飼育していたが、敷地が4万9585ヘクタールもあるのに、家畜の密度は1ヘクタールあたり8頭にしかならないというスカスカの状態だ。
畜産分場獣医防疫所は毎年予防接種を行っているが、伝染病を防げていない。家畜の子どもは伝染病にかかると生き残るのが困難で、成長にも支障が出るため、結局、殺処分にするしかない。
また、放牧する形を取っている上に、配合飼料を与えられず草だけに頼っているため、栄養状態が悪く、伝染病に脆弱な原因となっている。
北朝鮮は、人間の衛生環境も非常に劣悪だ。飲み水は汚染されており、腸チフスなどの水が原因となる伝染病が頻繁に発生し、その治療薬も不足している。家畜の伝染病を防ぐほどの余裕はないのだ。
もはや洗浦畜産基地の存続は困難な状態であることは、基地の幹部もよくわかっている。しかし、故金日成主席が朝鮮戦争のときに構想し、故金正日総書記が建設に着手したと全国的に宣伝し、金正恩氏が完成させた(ことになっている)場所であるた。無謬の存在である最高指導者の失政を、勝手に認めるわけにはいかないのだ。
また、金正恩氏本人が「失敗だった」と認めた場合でも、詰め腹を切らされるのは、現場の幹部だ。頑張っているフリをすることが、自分たちの延命に繋がる。
ただ、失敗の教訓は生かされている。現在全国に建設されている乳牛、ヤギ牧場は屋外放牧型ではなく、室内飼育型にしており、牧場の規模も300頭未満にして、牧場と牧場の間も10数キロほど離しているとのことだ。