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山口馬木也を衝き動かす名優の言葉

中西正男芸能記者
50歳を前に、今の思いを語る山口馬木也さん

 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」など数多くの作品に出演し、確かな演技力と圧倒的な存在感で注目を集める山口馬木也さん。来月から上演される舞台「巌流島」にも出演するなどさらに活動の幅を広げていますが、今月15日から芸能事務所「SHIN ENTERTAINMENT」に移籍し新たな一歩を踏み出しました。来月14日で50歳。大きな節目を前に噛みしめる名優の言葉とは。

50歳

 1月から新しい事務所に所属することになりまして、また一つ一つ積み重ねていこうと思っているのが今の気持ちです。

 それと、2月に50歳になります。この前も別の取材で「50歳を前に今の思いは?」みたいなことを尋ねられたんですけど、ふと「もうちょっと稼ぎたいな」という思いが出てきたので、もう包み隠さず言っちゃえ!と思って下世話極まりない話ながら、そのまま言っちゃいました(笑)。

 逆に言うとね、50歳になったからこれをやりたいというものがあるわけではないんですよね。この仕事をやっている以上は少しでも上に行こうというのはナチュラルなことだと思いますし、事務所も新しくなって、なんとかそこを盛り上げるためにも頑張りたい。そんなところの合わせ技で「稼ぎたい」という言葉になったのかなとも思っています。

 あと、一つ感じているのは、やっと役者が楽しめるようになってきたかなと。これまでも「楽しい」という思いはあったんですけど、それがどういう瞬間に起こるのかが分かってきたといいますか。

 すごく感覚的な話になってしまうんですけど、多くの場合「楽しい」を生む大きな要素が「思いやり」なのかなと。

 さらに入り組んだ話になってごめんなさいね(笑)。例えば、今、こうやって取材をしていただいていることによって、僕が役者であるということが示されているわけです。役作りなんてことを言いますけど、実は、役は半分以上、相手によって作られているんです。

 となると、こちらも相手の役を作っていることになる。そう考えると、どうするのが相手のためになるのか。これを「思いやり」と呼ぶのかどうかは微妙かもしれませんけど、そこを意識しながら仕事をすると、あらゆる形で自分にも返ってくる。その時に「楽しい」を感じやすいのかなと思うようになってきましたね。

役者の意義

 ただ、ここ3年ほどはもっと根本というか、自分の仕事の意義を特に考えさせられる期間だったと思います。というのは、これは皆さん同じかもしれませんけど、新型コロナ禍が降りかかってきたからです。

 2020年はほぼ全て仕事がなくなりました。舞台4本、連続ドラマ1本。どれも力を込めていた作品ばかりだったんですけど、どれもできなかった。

 もともとね、自分としては「役者という仕事は世の中に必要なのか」というところに立ち向かってきたことがあったんですけど、世の中的にもそういうところにメスが入ったというか。そうなると、さらに自問自答することになりました。

 役者という仕事。芝居というもの。それが世の中にどう必要なのか。最近はエビデンスですか?そういうものを軸にそのことにどれくらい意味があるのかを数値化、可視化することが求められる世の中にもなってますけど“芝居の力”と言った時の“力”にどれだけの力があるのか。ここの数値化はなかなか難しい。

 稚拙な言い方かもしれませんけど、科学的に証明されていないところを頼りにやっているところもあるので「そのことにどれだけの意味があるのか示してください」と言われると目に見える形では返しにくいのも、この仕事なのかなと。

 お客さまと向き合った時に感じる何か。その空間で確実に生まれた何か。それがあるのは間違いない。ただ「これです」と数値にすることができないものでもある。それが今の世の中だと、よりシビアに問われている気もしています。

 ただね、以前、海外の話ですけど、すごく印象深い話を聞いたんです。内戦が繰り返されている非常に苛烈な地域があって、そこの子どもたちに将来の話を聞くと「自分の親を殺した相手を殺したい」というような話しかしない。

 そこを統べる政府がその状況を何とか変えようと思ってやったことが、その地域に演劇学校を作ったと。そんなリアルの極みみたいな空間で、そこを何とか良くするための施策として演劇が使われる。そこに一つの答えみたいなものがあるのかなと思ったんです。

名優からの言葉

 もちろん、そんな簡単に答えが出るものでもないですし、どこまでいっても答えが出るかどうかも分からない。そんなものだとも思います。

 それで言うと、いまだに自分の中でも消化できてはいないんですけど、平幹二朗さんがおっしゃった言葉がすごく心に残っているんです。

 平さんがお亡くなりになった2016年、82歳の平さんと舞台でご一緒させていただきました。相手役をやらせてもらったので、ガッチリとお芝居をすることになったんですけど、その頃は体調も決して万全ではなく、普段は歩くのもままならない状況だったんです。

 ただ、舞台に上がって歓声を浴びると、それまでの姿がウソのようにシャキッとされてますし、カーテンコールで拍手が起こると、走って舞台に出てこられる。普段のお姿を見ているからこそ、舞台上での平さんの動きが信じられなくて。

 こんなことは聞くもんじゃないと思いつつ、広島公演の夜、お酒を飲む機会があった時に酒の勢いも手伝って、平さんに尋ねたんです。そこで平さんが特に力をこめるわけでもなく、フワッとおっしゃったんです。

 「僕ね、広島で住んでて、子どもの頃に友達が原爆で亡くなったんだよ。そいつらが『やれ』って言ってるような気がするんだよね」

 この答えが、僕にとってはすごく衝撃的で。平さんは本当にフワッとおっしゃったんですけど、平さんがそういう思いに衝き動かされている。そんなストレートなものかどうかも分かりませんし、本当の意味や、その境地での思いは僕には推し量ることもできませんけど、何とも言えない、この仕事の奥行きみたいなものを感じたんですよね。

 ある意味の恐怖みたいなことも感じましたけど、あの言葉は何だったんだろうと。今の僕では答えが出ませんけど、いつか何かが分かる日が来るのか。そんなことを思いつつ、大切にしまってある言葉でもあります。

 まだまだ50歳くらいでは分からないことだらけですけど(笑)、せっかくそんな仕事にエントリーしたんだから、できるだけその道を歩んでいきたい。それだけは今、確実に思っていることではありますね。

(撮影・中西正男)

■山口馬木也(やまぐち・まきや)

1973年2月14日生まれ。岡山県出身。京都精華大学洋画学科卒業。端正なルックスと卓越した演技力、独特の存在感でNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」など多くの作品に出演。来月から上演される舞台「巌流島」に出演。同作は東京公演(2月10日~22日、明治座)からスタートし、金沢、新潟、秋田、名古屋、神戸、高松、福岡で公演が行われる。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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