元検事長の賭けマージャン・検察審査会が「起訴相当」を議決(議決書全文掲載)
東京第6検察審査会は12月24日、新型コロナウイルス感染防止のための緊急事態宣言下で、賭けマージャンをしていたとして告発され、不起訴処分となっていた黒川弘務・元東京高検検事正と新聞社の社員ら3人についての議決結果を公表した。黒川元検事正については、賭博の被疑事実は「起訴相当」と判断。収賄に関しては「不起訴相当」とした。また新聞社社員ら3人については、賭博に関しては「不起訴不当」、収賄は「不起訴相当」とした。
議決では、黒川元検事長について「刑事罰の対象となる違法行為を自制し、抑止すべき立場にあった」とし、その「立場」や「社会的影響」を踏まえると、「(不起訴とした)検察官の判断は誤っている」と結論づけており、その「立場」をより重視。賭けのレートは一般的で、公務員を重く罰する規定がないことなどを理由に、起訴猶予とした検察の判断を批判した。
東京地検の山元裕史次席検事は記者会見で、「議決を真摯に受け止め、起訴相当、不起訴不当と判断された事件はただちに再起(再捜査)する。議決内容を精査し、所定の捜査を行った上で適切に判断したい」と述べた。
「起訴相当」の議決が出た被疑者は、再捜査の後に再び不起訴になっても、検察審査会で再度「起訴相当」と議決されると、強制起訴となる。
検察審査会の判断理由(全文)は以下の通り。
(新聞社社員については、起訴相当にもなっていないことから、匿名化した)
【検察審査会の判断】
1 賭博罪について
(1) 賭博行為の成否
本件被疑事実のうち4回の賭け麻雀(①令和2年4月13日から同月14日頃まで、②同月20日から同月21日頃まで、③同年5月1日から同月2日頃まで、④同月13日から同月14日頃まで)は、いずれも刑法上の「賭博」に該当することが認められる(以下、前記4回の賭博行為をまとめて「本件賭け麻雀」という。)。
(2) 常習賭博罪の成否
ア 検察官の判断
検察官は、本件賭け麻雀について常習賭博罪(刑法第18 6条1項)における「常習」性が認められず、単純賭博罪(同法第18 5条)が成立するに留まると判断した。
検察官は、その理由として、概略、①賭博の種別・複雑性について、麻雀が社会一般に認められる遊戯の一つであって娯楽性が高く、典型的な賭博方法にも当たらないこと、②賭場の性格・規模について、本件賭け麻雀が行われたのが、 日常的に賭博が行われる場所ではないこと、③賭金や掛け率も過去に立件された事案ほど高いとは認められず、一晩に動く金額も一人当たり数千円から2万円程度で射倖性が高いとはいえないこと、④娯楽として行われたもので、営業性が認められないこと、⑤期間及び度数は、比較的短期間でかつ回数も多くないこと等を挙げる。
イ 被疑者らについて
被疑者黒川弘務(以下「被疑者黒川」という。)は、従前から賭け麻雀をしていたところ、法務事務次官として勤務していた平成28年以降もマスコミ関係者等との賭け麻雀を続けていた。そのメンバーの中に、新聞社の記者である被疑者A、被疑者B及び被疑者Cも含まれていた(以下、被疑者A、被疑者B及び被疑者Cの3人をまとめて「被疑者Aら」という。)。この当時の賭け麻雀は、いわゆる雀荘で行われていた。
ウ 本件賭け麻雀に至る経緯
被疑者らは、被疑者黒川が東京高等検察庁検事長に就任した平成31年1月以降、麻雀卓のある被疑者C方に定期的に集まり、賭け麻雀に興じるようになった。賭け麻雀の場所を従前のいわゆる雀荘から被疑者C方に変更したのは、被疑者黒川が検事長に就任したことを慮ったものであった。ただし、この時点で賭け麻雀を止めることはなく、被疑者黒川に時間的余裕が生まれたこともあり、逆に回数が増えた。
被疑者らは、概ね月三、四回被疑者C方に集まって賭け麻雀をすることとしていたが、賭け麻雀をしないこともあった。賭け麻雀をする場合には、夕方頃に集まり、解散するのは最寄駅の終電時刻よりも後となるのが通例であった。
本件賭け麻雀の当時、政府は、新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号)に基づき、緊急事態措置を実施すべき区域として東京都等を定めた新型コロナウィルス感染症に関する緊急事態を宣言し、国民に対し、ヒトとヒトとの接触やいわゆる3密の回避を要請していたが、被疑者らは、これを理由に賭け麻雀を止めることをしなかった。
エ 本件賭け麻雀のルール等
本件賭け麻雀を含む被疑者らが興じた賭け麻雀のルールは、麻雀としては一般的なルールである上、掛け率もいわゆる「点ピン」といわれるもので、 1回(夕方頃からの数時間)で動く金額は数千円から2万円程度であることが殆どであった。
また、本件賭け麻雀に営業性は認められない。
オ 検討
以上によれば、被疑者らは、平成31年1月以降だけをみても、少なくとも月二、三回程度集まって賭け麻雀に興じており、本件賭け麻雀も約1か月の間に4回も行ったものであり、その頻度は決して低くない。東京都等を実施区域とする新型コロナウィルス感染症に係る緊急事態が宣言されていた最中であっても敢えて本件賭け麻雀に及んだことは、賭け麻雀に係る規範意識が鈍麻していることを裏付けるものである。特に、被疑者黒川は、その役職上賭博を含む刑罰法規をよく承知しながら、賭博行為を自制あるいは抑止できなかったという意味で、被疑者Aらよりも「常習」性を肯定すべき事情が多い。
また、その掛け率や1回当たりの得喪額は、その頻度も併せ考慮すると決して射倖性が低いとはいえない。
以上のことから、当審査会でも、被疑者黒川について刑法第18 6条1項に定める「常習」性が認められるとする意見もあったが、判例等における過去の取扱いにおいて行為者の性格や規模等が重視されていることを踏まえると、なお判例がいうところの「反復して賭博行為を行う習癖」を認めるには至らず、常習賭博罪は成立しないと判断した。
(3) 単純賭博罪での起訴の当否
ア 検察官の判断
検察官は、単純賭博罪の成立を認めつつ、被疑者らをいずれも起訴猶予とした。
検察官は、その理由として、本件賭け麻雀について、①ルールや掛け率等から見て射倖性が高いとはいえないこと、②旧知のメンバーが勤務時間外に集まり飲食しながら行っていたものであること、③掛け率は広く行われているもので、一晩に動いた金額が通常一人当たり数千円から2万円程度であったこと、④被疑者らが事実関係を認めて反省していること、⑤被疑者らがそれぞれ懲戒処分や報道による厳しい批判を受けたことにより一定の社会的制裁を受けていることを挙げる。
更に、検察官は、⑥被疑者黒川について、賭博罪について公務員の立場にあることを理由に刑を重くする加重類型が設けられていないことを挙げ、被疑者Aらより法益侵害の程度が大きいとはいえないと指摘する。
イ 被疑者ら4人に共通する事情
(ア) 本件賭け麻雀は、被疑者らが平成31年1月以降、少なくとも1か月に二、三回程度の賭け麻雀を繰り返していた中で、約1か月の間に4回にわたり行われたものである。
被疑者黒川と新聞社の記者である被疑者Aらは、取材等を通じて知り合い、本件賭け麻雀の当時、固定メンバーで賭け麻雀を行うようになっていた。もっとも、飽くまでも取材対象者と取材者である新聞記者という関係が前提となっており、本件賭け麻雀が各々の勤務時間外に行われたものとはいえ、単なる私的関係における遊興と片付けることはできない。
また、取材対象者と取材者との間の信頼関係を醸成するために、両者の間で私的な側面を含んだ一定の遊興が必要であるとしても、それを賭博という刑事罰の対象となる違法行為を通じて行わなければならない理由はない。
(イ) 本件賭け麻雀は、一般的な麻雀のルールを用い、賭け金額・掛け率が格別高いとか、射倖性が格別高いとはいえないものの、他方で、当然に起訴猶予が相当というほど射倖性が低いともいえない。
(ウ) 新型コロナウィルス感染症に係る緊急事態が宣言されている中で、敢えて行うべき必要もない本件賭け麻雀に及んでおり、被疑者らの賭博行為に対する規範意識が鈍麻していることがよく確認できる。
ウ 被疑者黒川について
(ア) 被疑者黒川は、本件賭け麻雀の当時、東京高等検察庁の長である検事長の職にあり、刑事罰の対象となる違法行為を自制し、抑止すべき立場にあった。
また、被疑者黒川は、新聞社の記者である被疑者Aらにとり、検察庁を含む法務省の幹部であることを前提とした取材対象者であった上、被疑者Aらよりかなり年上だったことに鑑みると、被疑者黒川が賭け麻雀の中止を言い出せば、そのとおりになるはずのものであり、それは被疑者黒川にとり容易なことであった。
それにもかかわらず、被疑者黒川は、漫然と賭け麻雀を続けた上で本件賭け麻雀に及んでおり、その動機ゃ経緯に酌むべき点はない。また、東京高等検察庁の長である被疑者黒川が継続的に賭博行為を行っていたことにより社会に与えた影響は大きい。以上の点は、被疑者黒川を起訴すべき事情として特に考慮すべきである。
なお、検察官は、賭博罪に公務員であることを理由に重く処罰する加重類型が設けられていないから、被疑者黒川が公務員であることを理由に法益侵害の程度が高まることはないと指摘する。しかし、ここで問題とすべきは、本件賭け麻雀の当時に被疑者黒川が単に公務員だったことではない。被疑者黒川が、検察官として賭博罪を含む刑罰法規の存在及び内容をよく承知している上に、東京高等検察庁の長という重責にあったこと、本件賭け麻雀をしないようにすることが最も容易な立場にあったのにそれをせず、漫然と本件賭け麻雀に及び、社会の信頼を裏切り、社会に大きな影響を与えたことが被疑者黒川を起訴するか否かを判断するのに重要なのであり、検察官の加重類型云々の指摘は的外れである。
(イ) 被疑者黒川は、本件賭け麻雀のかなり前から賭け麻雀をしており、その時々の職務の繁忙の程度により頻度が変わることはあったとはいえ、長年賭博行為を続け、本件賭け麻雀に及んでおり、賭け麻雀に係る規範意識が減弱している。
(ウ) 被疑者黒川は、本件賭け麻雀をしたことを素直に認め、反省の意思を示している。
なお、検察官は、被疑者黒川が本件賭け麻雀に関連して訓告処分を受けた後、依願退官したことや報道により厳しい批判にさらされたことを、起訴猶予を相当とする一事情(一定の社会的制裁)として挙げる。しかし、東京高等検察庁検事長という被疑者黒川の当時の立場を前提とすれば、検察官が挙げる事態は当然に予期できたものであって、検察官指摘のように被疑者黒川に有利に評価することは相当ではない。
(エ) そうすると、被疑者黒川が本件賭け麻雀を反省している等の事情を最大限同人に有利に考慮するとしても、前記の経緯・動機、被疑者黒川の立場、社会的影響も踏まえると、被疑者黒川を単純賭博罪(刑法第185条)で起訴するのが相当であり、これを否定した検察官の判断は誤っている。
工 被疑者Aらについて
当審査会は、前記のとおり、本件賭け麻雀について、被疑者黒川を単純賭博罪で起訴することが相当と判断したが、被疑者Aらを起訴すべきか否かについて判断するにはなお捜査が足りず、被疑者Aらを起訴猶予とした検察官の判断は不当と判断した。
被疑者Aらが、①元々賭け麻雀の経験を有していたこと、②被疑者黒川と継続的に賭け麻雀をし、本件賭け麻雀に及んだこと、③事実関係を認め、反省の意思を示していることは被疑者黒川と同様である中で、当審査会が被疑者Aらについて不起訴不当と判断したのは、被疑者Aらに対する捜査が被疑者黒川に関する事情に集中しすぎたためか、被疑者黒川を取材対象者とする被疑者Aらが、取材活動等で相応に繁忙である中で、如何なる動機や事情から被疑者黒川との長時間にわたる賭け麻雀を定期的に行い、本件賭け麻雀に及んだのかが判然としないからである。よって、本件賭け麻雀について被疑者Aらを起訴すべきか否かを正当に判断するには前記の点に係る更なる捜査が必要であり、これまでの捜査結果のみで被疑者Aらを起訴猶予とした検察官の判断は不当である。
2 収賄罪及び贈賄罪について
(1) 検察官の判断等
本件賭け麻雀の各終了後、被疑者Bが呼んだハイヤーに被疑者黒川を同乗させ、被疑者C方から被疑者黒川方まで送ったこと(以下「本件送迎行為」という。)、被疑者Bはこのハイヤーを自宅に帰宅する目的で利用していたが、遠回りする形で被疑者黒川を送っていたこと、被疑者Bの稼働先新聞社がその費用を負担していたことが認められる。
検察官は、これを前提に、被疑者Bの帰宅のついでに被疑者黒川を送ったものであり、経済的な利益があったとしても僅かであることや、被疑者黒川が被疑者Bに取材の場を提供していたと評価できること、被疑者黒川の職務関連性を欠き、賄賂性が認められないことから、本件送迎行為について贈賄罪及び収賄罪の嫌疑がないと判断した。
(2) 当審査会の判断
被疑者黒川が受けた利益は、被疑者Bの稼働先新聞社が負担するハイヤー代金が遠回分だけ増加した額ではなく、被疑者黒川が、深夜に、無償で被疑者C方から自宅まで帰宅できた利益額である。しかも、その行為は、被疑者黒川の帰宅時間が偶々遅くなったことを理由とするものではなく、ほぼ常態化していた。
被疑者黒川は、本件送迎行為を遠慮することも、回避するために積極的に早い時間に帰宅しようとすることもなかった。
もっとも、検察官が指摘するとおり、本件送迎行為について、被疑者黒川の職務との関連性を認めることはできず、贈賄罪及び収賄罪の成立を認めることはできない。ただし、本件送迎行為は、被疑者Bにおいて現在又は将来の取材活動を円滑に進めるために継続的に行われていたものであり、短期間の本件送迎行為それ自体から何らかの便宜供与を求めるものでないからこのような評価になるだけであり、検察官の指摘の評価を全面的に是とするものではないことを付言する。
よって、本件送迎行為について贈賄罪及び収賄罪の嫌疑がないとして被疑者黒川及び被疑者Aらを不起訴とした検察官の判断は相当である。
3 結語
以上により、上記趣旨のとおり議決する。
東京第六検察審査会