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蜜月「中韓」にも微妙な温度差――共同声明にちらつくアメリカの影

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

蜜月「中韓」にも微妙な温度差――共同声明にちらつくアメリカの影

7月3日、中韓両国首脳は会談のあと共同声明を発表した。懸念された対日批判は本文にはなく、「慰安婦問題の共同研究」を付属文書に盛り込むにとどめたが、ソウル大学における習近平国家主席の講演は、激しい日本批判に満ちていた。

この落差はどこから来るのか?

今回は中韓の微妙な温度差にちらつくアメリカの影を見てみよう。

◆「慰安婦問題」だけなら、アメリカのお墨付きも

今年4月25日、日本訪問を終えたオバマ大統領はソウルに飛んだ。その日、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領と会ったオバマ大統領は、会談後の米韓首脳共同記者会見で「従軍慰安婦問題」に触れ、「人道的に許せない問題」として日本を非難した。

注目しなければならないのは、この同じ日の4月25日、中国政府の通信社である新華社のウェブサイト「新華網」が「吉林省資料館で日本軍が慰安婦を連行した記録が大量に見つかった」と、大々的に報道したことだ。中国全土の主要ウェブサイトも、一斉にそれにならった。

「尖閣諸島は日米安保条約の対象である」と明言して日本を喜ばせたばかりのオバマ大統領が、その舌の根も乾かぬうちにソウルでは日本批判をする。おまけに大統領ともあろう者が、わざわざ共同記者会見で「従軍慰安婦問題」を口に出すことに、非常な違和感を覚えた。

日本のメディアでは「パク・クネ大統領へのリップサービス」と解釈していたが、筆者は、ひたすら、この吉林省資料館の動向を追いかけていた。

なぜなら2013年5月、米議会調査局(Congressional Research Service、CRS)が、安倍政権の右傾化と慰安婦問題を懸念する報告書(CRSリポート)を出していたからだ。

それに「4月25日」にぴったり合わせるというこのタイミングが、あまりに奇妙だったからでもある。米中韓が、何らかの形で示し合わせなければ、このような「偶然」は起き得ないだろう。

しかし韓国には米韓同盟と日韓同盟がある。

まるで中国と「歴史同盟」を結んでいるかのような韓国ではあるが、軍事的には米韓同盟がある以上、「完璧に中国側」に立つことはできない。

中国の国営テレビCCTV(中央テレビ局)では、毎日のように日本の集団的自衛権に関する報道をし、安倍政権の「右傾化と軍国主義化」を激しく非難している。だから中国としては共同声明にこれを盛り込みたい。

しかし集団的自衛権は、ある意味、アメリカの軍事費削減を補うものであることを韓国が知らないわけはない。在韓米軍に守られているはずの韓国としては、この問題を突くわけにはいかないだろう。

北朝鮮の脅威から韓国を守ってくれるのは、アメリカよりも中国だと期待して、韓国は中国に寄り添っている。中国は朝鮮半島統一のあかつきには、隣接する中国に不利にならないように韓国を抱き込んでいる。こうして蜜月を続けている「中韓」ではあっても、ここには明確な立場の差がある。

だから中韓共同声明本文では、正面切った日本批判を行わず、付属文書に「中国との慰安婦問題に関する共同研究」を明記するに留めた。「4月25日」の米中韓による示し合せを考えると、慰安婦問題なら許されると韓国は判断したものと解釈される。ここは中国が譲歩した形だ。

◆激しく日本批判を展開した習近平のソウル大学講演

こんな微妙な中韓共同宣言だったが、習近平の独壇場の講演となると、一気にトーンが変わった。

「日本の軍国主義は中国と韓国に対して野蛮な侵略戦争を行った。朝鮮半島を呑み込み、中国の大部分を占領し、中韓両国に塗炭の苦しみを与え、国土を粉砕した。激しい抗日戦争の歳月の中で、われわれ両国人民は生死を共にし、互いに助け合ってきた。」

だから来年、2015年の抗日戦争勝利70周年記念を、中韓両国でともに盛大に祝おうと呼び掛けたのだ。

抗日戦争とは日中戦争のことで、「日本の侵略に抵抗して戦った戦争」ということを表すために、中国では「抗日戦争」と称する。

日本と戦った国は「中華民国」で、その中に国民党軍も中国共産党軍もいたにはいたが、第二次世界大戦で戦った連合国側の国の一つは、あくまでも「中華民国」である。

しかし、1995年に当時のロシアのエリツィン大統領がモスクワで開催した「反ファシスト戦争勝利50周年記念式典」に江沢民国家主席を招待してからというもの、中国は第二次世界大戦の「連合国側」の国の一つとして自らを位置づけるようになった。そのため愛国主義教育が反日教育の方へと急転換していったのだが、今度は自らが韓国に呼びかけて抗日戦争勝利70周年記念を行おうという。

ロシアのプーチン大統領とは、「反ファシスト戦争勝利70周年記念大会」を盛大に行おうと約束している。

第二次世界大戦の連合国側ならば、日本に原爆を落として日本を決定的な敗戦へと追い込んだアメリカがいるだろうが、決して中国はアメリカに「反ファシスト戦勝」を共に祝おうとは言わない。

韓国も言えないだろうが、その理由は中国とは異なる。

この事実の中にも、蜜月「中韓」の間の微妙な温度差があるのである。

◆2000年のとき、中国は「慰安婦問題」に無関心だった

ちなみに筆者は2000年に日中韓の若者の意識調査を行ったことがある。

そのとき「あなたは、慰安婦問題を知っていますか?」という質問項目を設けるか否かに関して、三カ国の代表で話し合った。中国側が「韓国は慰安婦問題に関心が強いかもしれないが、中国ではあまり教育もしてないから、そもそも知っている若者は少ないし、無関心だ。だから、この項目は省いた方が良いのではないだろうか」と、「待った」をかけてきたからだ。

その中国が、ここまで「慰安婦問題」に積極的になった裏には、それがある意味、「政治的手段」に変わっていったという事情があるからだと解釈していいだろう。

中韓の「慰安婦問題に関する共同研究」が、「中韓の歴史同盟」に基づかない、客観的研究であることが可能なのだろうか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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