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CL優勝で悔しさを晴らしたリバプールのサラー。笑顔の裏にあった苦労と挫折

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
CLトロフィーを掲げるFWモハメド・サラー(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

リバプールが欧州チャンピオンズリーグ(CL)で栄冠を掴んだ。

トッテナムを2-0で下したCL決勝後の戴冠式で、リバプールのFWモハメド・サラーは、とびきりの笑顔を見せた。ユルゲン・クロップ監督や選手たちと抱擁を交わし、ゴール裏に陣取るサポーターにCLトロフィーの“ビッグイヤー”を掲げ、優勝の喜びを分かち合った。

試合は、開始25秒でリバプールがPKを獲得するという予想外の展開で幕を開けた。そのPKをサラーが成功させ、前半2分に先制点を奪取。後半42分にFWディボック・オリジが追加点を決め、リバプールがクラブ通算6度目となる欧州制覇を達成した。

試合後、サラーは「チームの誰もが幸せを噛みしめている。自分としても、2季連続でCLの決勝に出場できてうれしい。そして今回、ようやく90分出場することができた。全員がベストを尽くした。選手個々のプレーに関しては最高と言えない内容だったが、チームパフォーマンスは信じられないほど素晴らしかった。僕はキャリアのために、たくさんのことを犠牲にしてきた。カイロに行くために村を出て、エジプト人として、ここに辿り着いたのは信じられないくらい凄いことなんだ」と笑顔で語った。

しかし、ちょうど1年前のCL決勝で、サラーは悔し涙を流していた。試合中、レアル・マドリードのDFセルヒオ・ラモスと交錯して左肩を負傷。前半30分に交代を余儀なくされ、チームも1-3で敗れた。

今回のCL決勝前、サラーは英メディアのインタビューに応じた。聞き手は、元イングランド代表FWのガリー・リネカー。ポジションが一緒のリネカーが聞き手だったからだろう。サラーは当時の心境を包み隠さず話し始めた。

サラーによると、転倒後もしばらくプレーを続けたが、しばらくして肩の怪我が重症であるとわかったという。そして、涙を流しながらピッチを後にした。

「あのときは、僕のキャリア、そして人生を振り返っても、最も落胆した瞬間だった。あの時のことを話すと、いまでも感傷的な気持ちなる。みんなと団結して戦ってきたのに、ピッチを出ていかなければならなかった。最悪だったよ。最高のシーズンを過ごしてきたのに、突然、目の前が真っ暗になった。チャンピオンズリーグの決勝なんて、この先、何度戦えるか分からない。だけど、泣いてばかりもいられない。過去は過去。前を向く必要があると思った。『また決勝の舞台に戻ってくる』。そう気持ちを切り替えた」

リネカーとの濃密な会話は、サラーのキャリアについても及んだ。実は、サラーは数々の苦難を乗り越えてきた苦労人でもある。

最初の壁は、2012年にエジプトのアラブ・コントラクターズSCからスイスのバーゼルに移籍してきたとき。エジプトから渡ってきた当時19歳のサラー青年にとって、欧州での生活は困難が多かったという。

「エジプトとスイスは、文化がまったく違う。最も苦労したのは言葉だった。僕は当時、英語がさっぱり解らなかった。周りの人にアラビア語で話しかけていた(苦笑)。僕のアラビア語を理解してほしい、なんて思った。だけど、僕はサッカー選手として成功したかった。一流の選手になるには、僕が変わらないといけない。そう感じたんだ。変わらなければ、エジプトに帰るしかない。でも、僕には帰るという選択肢はなかった。だから、自分が変わろうと決意した」

欧州での生活に順応し、バーゼルで活躍したサラーは1年半後、イングランドのチェルシーに籍を移した。2014年1月のことだ。しかし、当時ジョゼ・モウリーニョ監督が率いていたチェルシーで出場機会を掴めず、厳しい状況に置かれた。チェルシー時代を振り返る。

「エジプトからやって来た少年が、チェルシーに辿り着いた。正直、チェルシーでは難しかった。更衣室に入ると有名選手ばかり。そのなかには、子供時代に憧れていた選手もいた。試合に出られなかった理由は、今でも分からない。精神的に非常に難しかったよ。しかも、母国エジプトでは『もっと試合に出るべき』と言われ続けた。心の中で深く傷ついていた。キャリアで最も難しい時間だった」

こうしてサラーは、チェルシーからの退団を決意する。新天地は、1年のレンタル移籍を経て、正式加入となったローマ。イタリアでの活躍が認められ、今度はリバプールから誘いの声がかかった。サラーによれば、リバプール行きに迷いはなかったという。

「僕に対して、イングランドではたくさんの不安があったと思う。『本当に活躍できるのか?』とね。でも、プレミアリーグに戻りたかった。まず、リバプールでタイトルを勝ち取る。そして、イングランドでも活躍できる選手であることを証明したかった」

昨夏にリバプールに加入したサラーは、1年目から特大のインパクトを放った。昨シーズンにプレミアリーグの得点王を獲得すると、今シーズンも2季連続でリーグ得点王に輝いた。そして今年、チャンピオンズリーグの頂点に立った。レアル・マドリードに敗れた昨シーズンの悔しさを払拭し、自身の価値をイングランドとヨーロッパで証明した。

少年時代は、エジプトの小さな田舎町から首都カイロまで片道4時間半もかけて学校と練習に通ったというサラー。「子供時代、CLでプレーするのが夢だった」と話す彼が、トロフィーのビッグイヤーを嬉しそうに掲げた。

エジプト代表FWが見せた満面の笑みの裏には、数々の苦労と挫折が隠されていた。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

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