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ハリス氏願望とは逆行 米国「飛行士が地球に帰還できぬ事態に」、中国「月面土壌から水生成法を発見」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
不具合を続けるボーイング社スターライナー(提供:Bill Ingalls/NASA/ロイター/アフロ)

 米民主党党大会においてハリス大統領候補は指名受諾演説で「宇宙とAIで米国が中国に勝つ」という理念を断行するという趣旨の約束をしたが、その足元で米国は宇宙開発において信じられないような失敗を続けている。NASAが新型宇宙船の帰還を断念したという。今年6月6日に有人飛行船スターライナーで国際宇宙ステーションに送り込み、8日間ほどで地球に戻るはずだった宇宙飛行士が宇宙に取り残されたままになっている。その状態が来年2月まで続くという。

 その一方で、人類で初めて月の裏側に着地することに成功した中国の月探査衛星は、これも人類で初めて月の裏側から土壌を持ち帰ることに成功したのだが、このたび、月の表側から持ち帰った土壌を用いて大量の水を生成することに成功した。

◆米国――NASA新型宇宙船帰還断念し、飛行士が地球に帰れぬ事態に

 今年6月6日に、米航空宇宙大手ボーイング社製の新型宇宙船「スターライナー」が2人の宇宙飛行士を、米主導の国際宇宙ステーション(ISS)に送り込んだ。当初は8日間で2人を乗せて地球に帰還することになっていた。

 ところがさまざまなトラブルが生じて、スターライナーの有人飛行による予定期間以内の地球帰還が困難になったことが6月10日頃から何度も報道されるようになっていた

 そして今年8月24日、NASA(米航空宇宙局)は遂に「スターライナーの有人での地球帰還を断念した」と発表したのである。推進装置などに不具合が発生したためで、テストパイロットを務める宇宙飛行士2人は2025年2月にスペースXのクルードラゴンで地球に帰還する。ISS内の物資が足りなくなったため、ロシアに頼んで補給物資を届けてもらう始末だ。<ロシア補給船「プログレス」、ISSに到着–食料や備品など2.8トンを運ぶ(UchuBiz)>にも、その辺の事情が書かれている。

 スターライナーはNASAが2010年に「商業乗員輸送開発1」契約として、ボーイング社にこの宇宙船の基礎設計として1800万ドル(26億円)を払い、2011年の「商業乗員輸送開発2」契約では9300万ドル(134億円)払った。たび重なる開発遅延により2024年8月時点で、超過コストが16億ドル(2300億円)を超える赤字プロジェクトとなっている。

 それでもISSに宇宙飛行士などを運ぶ役割を担う宇宙船が必要だったのは、ISSに飛行士を運ぶ宇宙船は、ロシアのソユーズしかなかったからだ。ロシアに全面的に頼っているのは危険だと米国は判断したのだろう。だから民間会社のボーイング社に有人飛行船の製造を委託していた(のちにはスペースX社のクルードラゴンにも委託している)。

 だというのに、ボーイング社のスターライナーは膨大な予算を喰っただけでなく、製造完成は遅々として進まず、ようやく完成してISSに飛行士を運んだと思ったら、今度は「飛行士を乗せて帰還することが困難になった」という、あり得ない事態にあるのが、米国の宇宙開発の実態だ。

◆中国は月の裏側に着地しただけでなく、回収した月土壌から水生成にまで成功

 それに比べて中国は月の裏側着地とその土壌サンプルの回収に成功しただけでなく、持ち帰った月の表側の土壌から大量の水を生成することに成功している。

 「月の裏側に着地できた」というのは前代未聞のことで、そのこと自体、人類として初めての成功だった。

 なぜなら、月の自転と公転が一致しているため、地球からは月の片面だけしか見えていなくて、それを「表側」と称すれば、反対側の「裏側」には、地球自身に遮られて、地球からは直接信号を送ることができないからだ。

 かつて旧ソ連も米国も試みたが、すべて失敗に終わっている。

 ところが2018年5月、中国は通信を中継するための人工衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を打ち上げ、「ラグランジュ点」にピタリと打ち当てることができた。

 ラグランジュ点というのは二つの天体があった時の力の相互作用のうち、引力が相殺されて平衡を保つ点のことである。中継通信衛星「鵲橋号」を、まず地球と月を結ぶ直線上で、月の公転軌道の外側にあるラグランジュ点で静止させ、それを反射鏡として使ってして月の裏側の定位置のコントロールを地球上から行うという論理である。

 同年12月8日、嫦娥(じょうが)4号(月面探査機)を打ち上げ、2019年1月3日に月の裏側に軟着陸した。その後2020年に嫦娥5号を月の表側に軟着陸させて月の表側の土壌をサンプルとして回収。2024年6月には嫦娥6号が月の裏側に軟着陸して「月の裏側の土壌」をサンプルとして地球に持ち帰った。

 米国の科学者がかつて「鵲橋号」を使わせてくれと依頼してきたので、中国は快く承諾したが、NASAには月の裏側に行くだけの能力がなく、また今年6月の「月の裏側の土壌」に関しては、「人類共有のものなので、米国にも供与せよ」と中国に「上から目線」で要求した。

 中国のネットでは「あれだけ中国を潰そうとしているくせに、中国の成果だけは寄こせって言うんだ――!」という不満の声が上がっていたが、そうこうしている内に中国は8月22日に、<嫦娥5号が回収した土壌から、大量の水を生成する方法に成功した>

 嫦娥5号が回収した土壌ということであるなら、「月の表側」の土壌だということになる。しかし、月の表だろうと裏だろうと、月面基地を建築しようとしている中国にとって、これは大きな発見だし、人類にとっても初めての発見なので、宇宙開発の新たな一歩を踏み出したと言えよう。

◆「引退する米国主導のISS」と「稼働し始めた中国の宇宙ステーション」

 アメリカが主導するISS(国際宇宙ステーション)の寿命は、本来2024年までとされていた。しかしトランプ政権のときにそれを2030年まで延長させたが、このたびNASAは2031年1月にはISSを制御して落下させることを決定した

 中国は早くから、何としても中国もISSに参加させてくれと米国に懇願してきたが、米国はそれをかたくなに拒み続けた。

 そこで中国は、中国独自の宇宙ステーションを建設しようと決意し、遂に2022年10月に中国独自の宇宙ステーション「天宮」の稼働に入ったのである。

 2022年11月1日のコラム<決戦場は宇宙に移った 中国宇宙ステーション正式稼働>にも書いたが、中国宇宙ステーションには「ロシア、インド、ドイツ、ポーランド、ベルギー、イタリア、フランス、オランダ・・・」など数多くの国がすでに国際協力プロジェクトを立ち上げている。また同年5月にはBRICS諸国が「BRICS宇宙協力連合委員会」を発足させた。

◆ハリス演説とは逆行している宇宙の現実

 8月25日のコラム<ハリス指名受諾演説、対中政策なく理念だけ トランプ氏猛口撃>に書いたように、米民主党党大会においてハリス大統領候補は指名受諾演説で「宇宙とAIで米国が世界を未来に導き、米国が中国に勝つ」という趣旨のことを誓っている。

 ハリス副大統領は現在、米政府の宇宙政策を統括する「国家宇宙会議」の議長を務めている。トランプ政権のときは当時のペンス副大統領が議長だった。

 このたびNASAが、スターライナーの有人飛行による地球帰還を断念したことは、ハリス氏にとっては大きな痛手で、大統領選挙にもマイナスの影響を与えるし、共和党の大統領候補であるトランプ氏にとっては、格好の攻撃材料となるだろう。

 そもそもハリス氏は「国家宇宙会議」の議長でもあるのだから、スターライナーの大失態を知らないはずがないし(知っていなければならないし)、知っているとすれば、指名受諾演説で、アメリカが中国を打ち負かす分野として「宇宙」などを持ってこなければ良かったのにと思う。

 半導体を例に挙げるならまだしも、自分自身が議長をしている「国家宇宙会議」管轄下のNASAの大失敗を掌握していなかったという可能性もあり、好ましいことではない。

 前述したように、スターライナーの肩代わりをするのはイーロン・マスク氏がCEOを務めるスペースXだ。2031年のISS落下に関しても、落下処理を行なう宇宙船の製造委託先にスペースXが選ばれている。

 そのイーロン・マスク氏をトランプ氏は味方につけて、11月の大統領選で当選したら、起用すると表明している。

 8月22日のコラム<トランプ氏「当選すればマスク氏起用の可能性」と言うが、マスク氏は習近平と仲良し 対中政策はどうなる?>に書いたが、そのイーロン・マスク氏は親中であるだけでなく、習近平とは仲良しだ。

 なまじハリス氏が指名受諾演説で「宇宙において勝つのは中国ではなくアメリカだ」という趣旨のことを「理念的に(願望的に?)」言ったために、宇宙空間における実態が浮き彫りになってしまった。彼女の演説は明るくエネルギッシュで、心に訴えることには成功したように見えるが、論理を詰めていくと痛手になるのかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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