Yahoo!ニュース

決戦場は宇宙に移った 中国宇宙ステーション正式稼働

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2つ目の実験モジュール打ち上げに成功し、中国宇宙ステーションが稼働開始(写真:ロイター/アフロ)

 本日、中国独自の宇宙ステーションが正式稼働し始めた。アメリカ主導の国際宇宙ステーションはロシアなしでは有人飛行が困難だが、そのロシアは脱退して中国に協力する予定だ。中国の宇宙制覇がいよいよ始まった。

◆中国宇宙ステーション正式稼働

 10月31日午後15時37分、中国が独自に建設してきた「中国宇宙ステーション」の最後の実験モジュール「夢天」が海南省にある文昌発射場から「長征5号B」大型ロケットを用いて打ち上げられた。

 打ち上げは成功し、12時間50分後の11月1日4時27分にコアモジュールへのドッキングが成功した。

 この瞬間、習近平の国家戦略「宇宙大国」の夢が実現したことになる。

 中国の中央テレビ局CCTVはライブで打ち上げプロセスを長時間にわたって報道し続け、中国は「中国宇宙ステーション、遂に完成」の知らせに沸いた。

 中国宇宙ステーションは「天和」コアモジュール、「問天」実験モジュール、「夢天」実験モジュールの三つのモジュールによって構成される。これ以外にも無人補給船天舟シリーズと有人宇宙船神舟シリーズがある。

 「天和」コアモジュールは2021年4月29日に、「問天」実験モジュールは2022年7月24日に打ち上げられ、最後の「夢天」実験モジュールが2022年10月31日に打ち上げられ、これをもって中国宇宙ステーションのT字型構造が完成したことになる。これ以外にも無人補給船「天舟」シリーズと有人宇宙船「神舟」シリーズがあり、年内にさらに3人の宇宙飛行士を送り込んで、当面は合計6人の中国人宇宙飛行士体制で運営されることになる。

◆中国はなぜ独自の宇宙ステーションを建設する必要があったのか?

 拙著『「中国製造2025」の衝撃』でも書いたように、中国はアメリカ主導の国際宇宙ステーションから排除されていたからだ。

 アメリカにはウルフ修正条項というのがあって、NASAと中国の協力を禁止している。1999年5月に「中国に対するアメリカの国家安全保障および軍事商業上の懸念に関する特別委員会の報告書」が公表され、アメリカの商業衛星メーカーが衛星打ち上げに関連して中国に提供した技術情報は、中国の大陸間弾道ミサイル技術の向上に利用された可能性があると主張した。

 これが法制化されたのは2011年4月だったが、筆者が筑波大学物理工学系の教授として、筑波研究学園都市にある「宇宙開発事業団」のアドバイザーを務め始めた2000年の時点において、すでに「国際宇宙ステーションから中国を排除する」というのは絶対的な大前提だったので、1999年に報告書が出された時点から、「中国排除」は既定路線だったと言えよう。

 2007年に中国は最終的に念を押すようにアメリカに対して国際宇宙ステーションへの参加を申請しているが、完全に拒否された。中国の宇宙ステーション開発への決意は、このアメリカの度重なる拒否によって強固になっていったという経緯がある。

 それをハイテク国家戦略「中国製造2025」の中で「2022年以内に中国独自の有人宇宙ステーションを稼働させる」と具体化したのは習近平だ。

 ハイテク国家戦略を断行するには、何よりも軍に巣食う腐敗の巣窟を徹底して除去する必要があった。

 筆者は、そのことに着目せよと言い続けたが、NHKが、筆者の造語である「チャイナ・セブン」という言葉だけは使いながら、「権力基盤がない習近平が政敵を倒すために反腐敗運動を通した権力闘争を行っている」と言い続けるものだから、日本全体が「NHKが言っているのなら怖くない」とばかりに「権力闘争」の大合唱をし続けたので、今となっては、日本にはもう挽回(ばんかい)の余地がない。

◆軍と直結しながら動いている中国の宇宙開発

 中国の宇宙開発事業は、チャイナ・セブン管轄のもと、以下のような巨大な国家組織の中で動いている。

1.中央軍事員会

  中央軍事委員会の「装備発展部」と「戦略支援部隊」の指令の下、航天(宇宙)系統部などがあり、その下に多くの衛星発射センターと宇宙偵察局(実際上、サイバー・スパイ行動)などがある。

2.軍民融合発展委員会

  中共中央政治局管轄下に「軍民融合発展委員会」があり、そこには中共中央書記処が管轄する「中国科学技術協会」が主たる組織としてかかわっている。この「中国科学技術協会」は2020年10月9日のコラム<「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」>などに書いた日本学術会議が提携をしている中国側組織だ。

  軍民融合にはほかに国防科技工業局(国家航天局名義)などがあり、中央軍事委員会と直結しながら動いている。

3.国務院管轄下の中央行政省庁やアカデミー

  科学技術部、中国科学院、工業情報化部など、数個以上の中央行政省庁やアカデミー(中国科学院など)がネットワークを作り、宇宙開発に関する数多くのセンターを動かしている。

 この巨大な組織図に関しては、12月中旬にPHP新書から出版することになっている『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』で、本邦初公開をする予定だ。

◆ロシアが国際宇宙ステーションから抜けて中国と協力

 米ソ冷戦時代、実は(旧)ソ連の方が宇宙開発においては強かった。下手すれば軍事力全般においてもソ連がアメリカの上を行きそうになっていたので、アメリカはリベラル的思考の強いゴルバチョフを利用して巧みに「ソ連崩壊」を実現させた。

 こうして誕生したロシアを、アメリカは国際宇宙ステーションの参加国として認め、有人衛星として1998年から稼働させたのである。実は有人飛行に関してロシアは強い。そこでスペースシャトルが事故により2011年に引退したあとは、ロシアのソユーズ宇宙船がないと成立しないという事情もあった。

 アメリカは2020年まで宇宙飛行士を宇宙ステーションに送るための役割をロシアのソユーズに頼っていたが、2020年にはスペースXのカプセル型宇宙船クルードラゴンがNASAの有人宇宙飛行能力を復活させ、フロリダから定期的な飛行を開始してはいる。したがって大きな変化はないと思っていたところ、ウクライナ戦争により事態は一変した。

 今年7月26日、ロシアは「国際宇宙ステーションの運営が終了する2024年までに、国際宇宙ステーションから撤退する」と宣言したのだ。撤退したあとに行きつく先は中国宇宙ステーションに決まっているだろう。

 事実、中国宇宙ステーションには「ロシア、インド、ドイツ、ポーランド、ベルギー、イタリア、フランス、オランダ・・・」など数多くの国がすでに国際協力プロジェクトを立ち上げている。

 また今年5月26日にはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカなど新興5ヵ国を中心としたBRICS諸国が「BRICS宇宙協力連合委員会」を発足させた。

 実は中国国家航天局は2015年に、BRICSリモートセンシング衛星ネットワークの協力を提案し、5ヶ国の宇宙機関は2021年8月に「BRICSリモートセンシング衛星ネットワーク協力に関する協定」にも署名していた。

 6月26日のコラム<習近平が発したシグナル「BRICS陣営かG7陣営か」>に書いたように、G7陣営を除いた、人類の85%を含めた「発展途上国と新興国」を中心とした「BRICS陣営」諸国が、宇宙で中国を中心に活躍する時代に入ったということだ。

 日本が習近平に関して権力闘争だと大合唱し、しかもこのたびの胡錦涛事件(参照:10月30日のコラム<胡錦涛中途退席の真相:胡錦涛は主席団代表なので全て事前に知っていた>)などに妄想を逞しくして「楽しんでいる」間に、中国は軍事大国になり宇宙大国になってしまったのだ。

 これを警戒したからこそ、習近平の反腐敗運動は権力闘争ではないと主張してきたが、それを信じる日本人は少なかった。権力闘争と言っている方が「楽しい」のだろう。

 こうして「日本人のための、日本人だけの中国論」が日本を敗北と衰退に導いていく。

 今般の習近平三期目も拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』を理解しない限り、中国の真相と習近平の狙いは絶対に正しく解釈することはできないと確信する。

 米中覇権の決戦場は宇宙に移った。

 中国が勝者となるフェイズに入ってしまったのだ。

 そして、はっきり言おう。日本には、すでに挽回の余地はない!

 習近平の反腐敗運動を「権力闘争」としてはしゃいだ、NHKを始めとした日本メディアと「中国研究者」あるいは「中国問題評論家」と称する人たちが招いた結果である。

 因果応報だ。

 10月29日のコラム<新チャイナ・セブンが習仲勲の創った「革命の聖地」延安へ>の後半に書いたように、NHKが今もなお「権力闘争」の視点から抜け出ることができないでいることは、筆者を絶望的な気持ちへと追いやる。このままでは日本に望みはないと憂う。

 筆者に残された時間は、そう長くはない。日本人に伝えるべきことを、日本国民の利益のために、忌憚なく言うこととした。一部の心ある方々に期待したい。

 追記(11月2日):今年9月13日付のFOXニュースは<次期宇宙軍長官は、宇宙の軌道は「戦争領域」であると述べ、中国を最大の脅威と位置付けた>というタイトルで、「米宇宙軍のサルツマン作戦副部長は、中国の宇宙兵器は軌道上の米国のすべての人工衛星を妨害、破壊する能力を持ち、米国にとって最も深刻な脅威との見方を示した」と書いている。またサルツマンは、米国にとっての最大のリスクは「米国の宇宙での能力に対抗する中露の意思と能力を過小評価すること」だと警告しているとのこと。

 これを実行してきたのが習近平のハイテク国家戦略であり、この国家戦略を断行するために反腐敗運動を強行してきたのだということに日本人は気が付かなければならない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事