右も左も空爆に反対する時/キャメロンの戦争とブレアの戦争
英国では12月2日に下院でシリアへの空爆参加の是非に関する採決が行われる。
週末各紙には賛成派と反対派の識者やジャーナリストの記事が数多く掲載されていたが、最もびっくりしたのは、ビートルズからスミス、レディオヘッドに至るまで、UKロックの歌詞の中で最低新聞の代名詞として使われてきた右派紙デイリー・メールの社説である。
保守党御用達の同紙が、社説で真向からキャメロン首相の「空爆は国益」説に反旗を翻しているのだ。
「パリで起きたことは許されるべきことではない。フランスや米国は我々と根本的価値観を共有する国だ。その両国が英国に協力を要請している時に耳を塞いでいいのかという問題はある。それは英国の国際社会でのポジションや、国家としてのプライドや良識を脅かす態度でもあろう」とデイリー・メールは書く。しかも、英国はすでにイラク側で空爆を行っていることに言及し、「国境など意識していない敵と戦う時に、なぜ我々は国境を気にする?」とまで書いている。
が、それでも同紙はキャメロン首相の「空爆は国益」説には説得力がないと主張しているのだ。
「米国は過去17カ月の間に8300回の空爆を行っているのに成果はあがっておらず、そこに英国が何機かのトーネードを送ったところで何の足しになるのか」、「キャメロン首相は、英軍は的中率の高い最先端の爆弾を使うので民間人が被害にあうリスクはない、と主張するがそれも怪しい。空爆を続ければ民間人の被害が増え、テロリスト候補が増えるだけ。必要なのは地上軍だ」とデイリー・メール紙は書いている。また、「英国は地上軍を派遣する必要はなく、7万人の穏健派のスンニ派武装勢力が我々と共に戦う、と首相は言う。しかし、彼らはいったい誰なのか?利権がぶつかり合う有毒な煮えたぎる大釜のような現地の状況で、どうして彼らを信頼できるだろう?」「ブレアのイラク戦争の後や、首相自身のリビア空爆の後で、現地はその前より20倍危険な場所になっているという事実から彼は何も学んでいない」と手厳しい。
さらに、「キャメロン首相の主張は、素性がはっきりしない機密情報に基づいている点でブレア元首相がイラク戦争に突っ込んだ時とまるで同じ」「首相に思い出していただきたいのは、2年前に彼が国会でシリア空爆の是非を問うた時にはアサド政権と戦おうとしていたということだ。それが今度はターゲットがISになり、アサドと手を組もうとしている。そのシュールなまでの一貫性のなさだけでも、トルコ、イラン、ロシア、サウジアラビアという予測のつかない悪夢のような混在の中に、わが国が突っ込むべきなのかということを、首相に立ち止まって考えさせるに足るものだ」と書いている。
そしてわたしが最も驚いたのがこの部分だ。
労働党首ジェレミー・コービンを連日「ダサい」「お話にならないお花畑左翼」と猛バッシングしているデイリー・メール紙がこう書いていたのだ。
また、「火の玉保守論客」の異名を持つ同紙のコラムニスト、ピーター・ヒッチェンズも11月29日付のコラムで、「自分は無抵抗主義者ではない。フォークランド紛争は支持したし、英海軍の活躍に心躍らせた」としながら、シリア空爆参加については「勇敢で使命感ある優れた軍の男性や女性たちが、虚栄心の強い無知な政治家たちのために、どうして命を落としたり、重傷を負ったりしなくてはならないのだ?」「キャメロン首相は7万人の『穏健派武装勢力』に愚かな信頼を寄せているが、ロシア機からパラシュートで降下したパイロットを残酷なやり方で殺害したのはその散在する「穏健派勢力」の一つだ」と書いた。
また、彼は今回の空爆参加の件ではメディアの動きが妙に一致していることを指摘している。
11月27日金曜日の朝刊の高級紙4紙の一面の見出しがまったく同じだったというのだ。
つまり、「空爆反対派のジェレミー・コービンVS空爆賛成派に回っている労働党議員たち」のゴタゴタを大きく取り上げ、「労働党ジリ貧」「やっぱコービン駄目だわ」という世論を盛り上げ、「空爆参加は本当に国益か」という重要案件について人々が考えないように仕向けているのではないか。と言っているのだ(また何故かこのタイミングで王室も「生後6カ月のシャーロット王女の写真初公開」を行っている)。
彼は「空爆参加が愚行だと思うなら、どうか自分の選挙区の議員に手紙を書いてほしい。お願いだからそうしてほしい」と書いている。「右翼煽り記事とゴシップ記事」で知られるデイリー・メールが、こんなことを読者に呼びかけているのだ(ちなみにそれでも同紙の読者投票では75%が空爆拡大支持)。
大筋として、同紙社説や保守論客ヒッチェンズが書いていることは、労働党首ジェレミー・コービンの言い分とまったく同じである。そしてそのコービンの足を引っ張っているのが労働党議員たちだと思うと、なんとも奇妙な構図だ。
2日の採決では空爆賛成票の数が余裕で勝るだろうというのが大方の見方で、キャメロンは同日の夜にでも空爆を始めると言っているらしい。
右端と左端がそれぞれ「国益」と「武力行使反対」の見地から「やめとけ」と言っているのに、両者の間にいる最も数の多い層の人々が「やるしか仕方ないだろう」と支持している。
ブレアの戦争のときと同じだ。