「先軍政治」の旗は下ろされるのか―音無しの構えの「朝鮮人民軍」
朝鮮労働党中央委員総会が急遽20日に開催されることになった。
南北・米朝首脳会談を前に、また朝鮮中央通信が「革命発展の重大な歴史的時期の要求に応じ、新たな段階の政策的問題を討議、決定するため」と伝えたこともあって、重要な決定が行われるとの憶測が流れているが、重要な決定は国務長官に内定しているポンペオCIA長官の訪朝(4月1日)後の9日に召集された党中央政治局員・政治局員候補拡大会議ですでに下されているので、中央委員総会はその決定を満場一致で採択するための単なる儀式に過ぎない。
最大の関心は、非核化に向けて路線転換するのか、核開発と経済開発の「並進路線」を修正するのか、先代の金正日政権から引き継いだ「先軍政治」の看板を下ろすのかの一点にある。金委員長が党及び軍の全面的な支持を取り付けているならば、路線転換は可能であるが、軍の動向は不透明だ。
金正恩委員長は4月15日、祖父・金日成主席生誕日に際し、遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿に恒例の「参拝」を行った。参拝には金永南最高人民会議長、崔龍海党副委員長、朴奉柱総理ら3人の政治局常務委員を筆頭に政治局員、政治局員候補ら党幹部らがこぞって同行したが、軍人は除外された。
過去3年間の「4月参拝」をチェックすると、2015年と2016年は軍幹部らだけを引き連れていた。昨年(2017年)は党幹部らと共に軍幹部らも随行していた。
異変の兆候は新年の「元旦参拝」からで、軍人だけが外されていた。軍指揮官らだけの集団参拝もなかった。極めて異例のことであった。
過去3年間の「元旦参拝」を調べてみると、金正恩委員長の参拝には2015年は軍総政治局長、人民武力相、軍総参謀長をはじめとする軍幹部らだけが、2016年と昨年の参拝では党幹部らに交じって軍幹部らもこぞって随行していた。今年の参拝に限って言えば、明らかに軍人だけが錦繍山太陽宮殿参拝から除外されたことになる。
軍関連ではもう一つ奇妙な現象が起きている。金委員長が今年になって一度も軍部隊を視察してないことだ。北朝鮮では12月から冬季訓練が実施されているが、今年は軍事訓練も参観してない。どれもこれも異例で、金正恩政権発足(2012年)以来、一度もなかった現象だ。
部隊視察については過去3年間の統計をみても、2015年は1月に5件、2月に5件、3月は4件と合計で13件の視察があった。また、一昨年(2016年)は1月に2件、2月に2件、3月には7件もあった。
昨年(2017年)も1月は人民軍第233軍部隊と第1314軍部隊の視察に続きタンク装甲車歩兵連隊による渡河攻撃戦術演習の指導があり、2月は中距離弾道ミサイル「北極星2型」の試験発射に立ち会っていた。また3月も第966大連合部隊指揮部の視察、戦略軍火星砲兵部隊の弾道ロケット発射訓練の視察、それにロケットエンジン噴射試験の指導もあった。4月も13日に特殊作戦部隊による渡河訓練を視察していた。
金委員長が新年辞で「北と南は情勢を激化させることをこれ以上やるべきではない。軍事緊張を緩和し、平和的環境を作り出すため共同で努力しなければならない」と言った手前、南北首脳会談や米朝首脳会談のため軍人を前面に出すのを自制し、自らも軍事活動を自粛しているのか、それとも単に「普通の国家」へのイメージチェンジを図ろうとしているのか今一つ不明だが、どうやら党が軍を掌握する北朝鮮版「シビリアンコントロール」を徹底させようとしているようだ。
その証左として、金正恩委員長は昨年11月に軍No.1の黄炳誓軍総政治局長を解任すると同時に党最高幹部の位である政治局常務委員からも下ろしているが、後任の金正角軍総政治局長に政治局常務委員の地位を与えていない。金正角次帥は政治局常務委員どころか、まだ政治局員にも、政治局委員候補にも選出されてない。
初代の金日成政権から二代目の金正日政権に至るまで「軍三役」(軍総政治局長、人民武力相、軍総参謀長)のうち誰か一人は政治局常務委員には入っていた。北朝鮮の体制は党と政府と軍の3本柱で成り立っているからだ。しかし、朴英植人民武力部部長(武力相)も李明秀軍総参謀長も政治局員にはなっているものの政治局常務委員には選ばれていない。
また、今月11日に開催された最高人民会議の人事をみると、金正角軍総政治局長は前任者の黄炳誓氏が兼ねていた三つしかない国務副委員長(残りは朴奉柱総理と崔龍海党副委員長)のポストも引き継げないでいる。一介の国務委員とまりだ。
人民武力部副部長時の2002年に大将に進級し、5年後の2007年には軍総政治局第一副局長として病床の趙明禄局長に替わって軍総政治局を統括していた今年76歳の金正角次帥は金正恩政権下の2012年に人民武力相に起用されたものの1年もしない2013年に更迭され、金日成軍事総合大学学長に左遷されていた。
金委員長は一昨年2月には当時61歳だった李永吉軍総参謀長を更迭し、後任に2013年に人民保安相を解任され、国防委員からも外されていた前任者よりも21歳も年上の長老の李明秀大将を据えていたが、今回も同様にリタイアしていたロートルを軍トップに起用したことになる。OBを起用する理由は不明だが、いずれにせよ若返りとは無縁の人事であることには変わりはない。
朝鮮中央テレビが4月11日に放映した「金正恩最高首位推戴6周年」記念報告大会の映像に2013年5月に人民武力相に抜擢された張正男大将の姿が映し出されていた。軍服の肩に付けられていた階級章をみると、大佐に格下げされていた。
張正男氏は2014年6月に人民武力相を解任され、野戦軍の5軍団長に左遷され、階級も上将(中将と大将の間の階級)に格下げられていたが、今回はそれよりも2階級降格したことになる。金正恩政権下では将軍らの階級が上下するのは決して珍しいことではない。
粛清や降格などの懲罰人事や論功行賞人事を駆使し、軍を掌握した金委員長が今後「先軍政治」の旗を下ろすつもりなのか定かではないが、「先軍政治」の金正日政権下で恩恵を与えられてきた最大の既得権集団、特権階級の軍がそれに従い、「宝剣」の核戦力を手離すことができるのか?
「先軍政治」の国にあって国家予算は軍事優先である。かつて故金正日総書記は「我が国では軍事が第一で、国防工業が優先だ。我々が苦労しながら国防力を強化したから良かったもののそうしなかったら、帝国主義者らにとっくに食べられていた」と語ったことがある。
人民軍の動向が注目される。