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『人生フルーツ』キネ旬文化映画1位!名古屋からドキュメンタリー映画のヒット作が生まれる理由

大竹敏之名古屋ネタライター
『人生フルーツ』は地味な作品ながら口コミでヒットした。(C)東海テレビ放送

全国100館以上で22万人を動員したドキュメンタリーでは異例のヒット作

東海テレビが制作した映画『人生フルーツ』がキネマ旬報ベスト・テンの文化映画部門1位に輝きました。同作は2017年1月の封切り以来、全国100館以上で上映され、これまでに22万人以上を動員。「1万人でヒット」といわれるドキュメンタリー映画シーンにおいて異例のヒット作となっています。

特筆すべきは、この作品が名古屋のテレビ局が作ったもの、ということ。いわば映画畑以外から出てきた作品が、玄人から最大級の評価を得、かつ一般の支持も獲得したのです。

他にも、同じく東海テレビ制作の『ヤクザと憲法』は2016年の公開年に大いに話題を集めて4万人を動員。やはり名古屋のテレビ局であるメ~テレの『シネマ狂想曲~名古屋映画館革命~』は昨年4月の封切り以来全国のミニシアターで上映をくり返し、テレビ版がではありますがギャラクシー賞2017年上期のテレビ部門入賞作品に選出されました。

なぜ名古屋のテレビ局からドキュメンタリー映画の話題作が次々生まれているのか? 単なる偶然なのか? それとも何か特別な要因があるのでしょうか?

老夫婦、ヤクザ、映画オタク。各作品の取材対象はバラバラ

まずは先に挙げた3作品の内容をざっとご紹介しておきましょう。

『人生フルーツ』は愛知県春日井市のニュータウンに住む老夫婦の物語。建築家の夫が自ら建てた一軒家は雑木林に囲まれ、夫人はそこで育てた野菜や果物で食事を作り、編み物や機織りもこなします。つつましくも豊かな2人の暮らしが、樹木希林のナレーションによって丁寧に描写されていきます。

津端修一さん・英子さんの暮らしぶりに、日本中から感動、共感の声が届く。(C)東海テレビ放送
津端修一さん・英子さんの暮らしぶりに、日本中から感動、共感の声が届く。(C)東海テレビ放送

『ヤクザと憲法』は本物のヤクザに密着。小さな組事務所はどこかアットホームで、ディレクターの「拳銃はないんですか?」などのん気な質問もとぼけた雰囲気を醸し出します。しかし、幼稚園から子供の入園を拒否され、弁護士からもお断りされる、そんなヤクザの日常から人権とは?憲法とは?という日本社会が抱える矛盾を浮かび上がらせていきます。

『シネマ狂想曲~名古屋映画館革命~』は名古屋のミニシアターの青年副支配人が主人公。マシンガンのようなトークにVHSビデオで埋め尽くされたアパート、自らホラー映画のキャラクターに扮する上映会・・・。ブッ飛んだキャラクターがとにかく衝撃的で、爆笑しながらもパワーをもらえる痛快作です。

ローカル局だからこその映画化に賭ける思いとは?

これらの作品が名古屋のテレビ局から生まれたのにはどんな理由があったのか? 『人生フルーツ』の監督を務めた伏原健之(ふしはら・けんし)さんは、ローカル局特有のジレンマが背景にあるといいます。

「テレビ離れが叫ばれる中、映画のヒットや評価が“テレビにもいいものがあるじゃないか”と見直してもらえる契機になれば」と伏原さん
「テレビ離れが叫ばれる中、映画のヒットや評価が“テレビにもいいものがあるじゃないか”と見直してもらえる契機になれば」と伏原さん

「うちでは毎年2~3本のドキュメンタリー番組を制作していますが、通常はテレビで1回オンエアしたらそれで終わり。いい作品ができたとしても全国ネットの壁は厚く、自局以外で放映されることはまずありません。細々でもいいからもう少し多くの人に観てもらえないか。そう考えた時に有効な手段が映画館で上映することだったんです」

同局では戸塚ヨットスクールを題材とした2010年の『平成ジレンマ』を皮切りに、年に1~2本のドキュメンタリー番組を映画化してきました。この積み重ねによって、テレビ放映→映画化という流れが年々スムーズになっているといいます。

『人生フルーツ』もテレビでのオンエア前に既に映画化へ向けて計画が進んでいたそう。地上波での放映は2016年3月で、日曜夕方にもかかわらず視聴率は2・9%と奮いませんでしたが、それで映画化の規定路線が揺らぐことはありませんでした。そして、劇場上映が始まるや、映画のレビューサイトで軒並み満足度1位の評価を獲得し、さらにミドル~シニア世代の口コミによりロングランヒットとなったのです。

対象との距離の近さ、組織のゆるさ。地方局の環境がもたらす効果

老夫婦の暮らしを丹念に追った同作は、ローカル局の地の利を活かしたドキュメンタリーだと伏原さんはいいます。

「夫妻の家まで局から車で30分程度の距離なので、機会を見ては足を運んでいました。ニュースの5~10分のコーナーとして撮りだめしておいた記録をまとめることができるのは、ローカル局だからこその強みです」

さらには東京キー局との組織のあり方の違いも、多様な作品作りに奏功しているとも。

「大きな組織だと視聴率が取れるという裏づけを示したり、手順を踏まないと企画を進められないのでしょうが、うちはいい意味で“ゆるい”ので、やりたいと思ったことをやれちゃうところがあるんです(笑)」

ヤクザ取材は企画書なしで隠密的に敢行

『ヤクザと憲法』の監督・土方宏史さんも、組織の自由度の高さがあったからこそ、この作品を撮ることができたとふり返ります。

「プロデューサーに“ヤクザの世界を見たいんですけど”と話しただけで企画書も作っていません。スタッフはディレクターである私とカメラ、音声の3人だけ。取材も隠密行動みたいな感じで、ホワイトボードに『893』とだけ書いて行き先も告げずに毎週大阪まで出かけていました。突然のガサ入れのシーンを撮れたのも、普段から現場の判断にゆだねてくれているため状況の変化に素早く対応できたから。こういうやり方はリスクが大きいので、大きな会社になるほど難しいと思います」

『ヤクザと憲法』はネットニュースや週刊誌でも大いに話題に。作品の特殊な性質上、絶対にDVD化できないといわれている。(C)東海テレビ放送
『ヤクザと憲法』はネットニュースや週刊誌でも大いに話題に。作品の特殊な性質上、絶対にDVD化できないといわれている。(C)東海テレビ放送

この作品もテレビ放映時の視聴率はあまりかんばしくなかったそうですが、それが映画化の足かせとはならず10ヶ月後に劇場公開。初日から満席になるスタートダッシュに成功し、同局のドキュメンタリー映画の中でも屈指の話題作となりました。

24歳の情報番組ADが作った『シネマ狂想曲』

一方で、突然変異的に現れたともいえるのがメ~テレの『シネマ狂想曲~名古屋映画館革命~』です。東海テレビのドキュメンタリーが基本的に報道部から、すなわちニュース報道の延長線上から生まれているのに対して、同作は何と24歳の情報番組AD(制作開始当時)の企画が発端となっているのです。

「情報番組の3~4分のコーナーしか作ったことがなく、この企画ももともとそのつもりだったんです。ところが、取材すると相手の引き出しがあまりにも多くてとてもそんな短時間では収まりきらない。それでまずは45分番組にしようということになったんです」と樋口智彦ディレクター。

200時間カメラを回して徹底密着した成果を45分に凝縮し、地上波に乗せたのは2017年2月1日。深夜2時台ということもあって数字はさほどでもなかったそうですが、思わぬ反響が。SNSのリプライが殺到し、爆発的に盛り上がったのです。

『シネマ狂想曲』は名古屋のミニシアターの副支配人・坪井篤史さんの突き抜けた映画バカっぷりがトンデモなく面白い。そのキャラクターをストレートに活写した樋口監督の視点も快哉を浴びた。(C)メ~テレ
『シネマ狂想曲』は名古屋のミニシアターの副支配人・坪井篤史さんの突き抜けた映画バカっぷりがトンデモなく面白い。そのキャラクターをストレートに活写した樋口監督の視点も快哉を浴びた。(C)メ~テレ

そして映画館での上映は何といっても主人公の坪井篤史さんがミニシアターの副支配人だから、ということに尽きます。日頃から映画監督や出演者が登場するイベントを積極的に仕掛けている劇場だけに、必然的な流れだったといえるかもしれません。

4月29日にまさに作品の舞台でもあるシネマスコーレで封切りすると、約5週間上映して1000人超を動員。わずか50席のミニシアターとしては記録的なヒットを勝ち取りました。このヒットでますますSNSで話題が広がり、作品はその後全国各地のミニシアターで上映されることになりました。

舞台のシネマスコーレは名古屋駅のすぐ近く。連日のイベント上映でも大いに盛り上がった。画像提供/メ~テレ
舞台のシネマスコーレは名古屋駅のすぐ近く。連日のイベント上映でも大いに盛り上がった。画像提供/メ~テレ

名古屋発ヒットが多様なドキュメンタリーを生む追い風になる!?

映画化に関しては偶発的な要素も少なくない同作ですが、地域密着のドキュメンタリー制作という点では、メ~テレという局の姿勢が大いに反映されています。

「うちはドキュメンタリーの枠と予算が年間10本分くらいあり、これは民放の中ではほとんど例のない非常に恵まれた環境です。その上、報道局に限らずあらゆる部署から常時企画を募っているんです」と報道局・ドキュメンタリー担当の村瀬史憲さん。

「“とにかく樋口に全部やらせよう”とすべて任せることにしたのですが、実際に出来上がったものを見ると、“こんなナレーションもスーパーもないインタビューだけの構成でいいのか!?”など、経験者にはない発想や手法に驚かされました。この作品が評価されたことで、若手も企画を提案しやすくなり、今後いっそう取材者の個性や主張を打ち出したドキュメンタリーを作れる追い風になるはずです」(村瀬さん)

「映画は好きですがノウハウはゼロ。でも対象に力があったので楽しんで撮れました」と樋口さん(左)。「コンテスト狙いで作ってないからゲリラ的な作品を作ることができそれが評価につながった」と村瀬さん(右)
「映画は好きですがノウハウはゼロ。でも対象に力があったので楽しんで撮れました」と樋口さん(左)。「コンテスト狙いで作ってないからゲリラ的な作品を作ることができそれが評価につながった」と村瀬さん(右)

東海テレビ、メ~テレ双方のケースを見ても、ローカル局ならではの自由度の高さ、そして対象との関係づくりが、個性的なドキュメンタリー映画が生まれる要因となっていることは確か。そして、名古屋発のこれらの作品が評価を得たことで、この流れが全国にも波及していくことも期待できます。

事実、東海テレビが『平成ジレンマ』を劇場公開した2011年以降、全国のローカル局でドキュメンタリー映画を公開する動きが活発になっています。その中には「東海テレビは希望の星」と賞する声もあり、同局の実績が各方面に影響や刺激を与えていることは間違いありません。

東京・ポレポレ東中野は昨年10~11月にかけて「東海テレビドキュメンタリーの世界」を特集上映。映画化された10作をはじめテレビ作品12作も合わせて上映した
東京・ポレポレ東中野は昨年10~11月にかけて「東海テレビドキュメンタリーの世界」を特集上映。映画化された10作をはじめテレビ作品12作も合わせて上映した

ドキュメンタリーは対象との関係性、取材者の熱意が不可欠な映像作品です。それだけに時間と手間がかかり、かつ物理的な距離の近さ(=取材対象とすぐに、あるいは何度でも会える)が強みにもなります。これは言い換えれば、ネットや東京のキー局に対して、地方のテレビ局がアドバンテージを示すことができるジャンルだともいえます。すなわち、名古屋のテレビ局から数々の秀作が生まれているのは、決して偶然ではないということです。

次のドキュメンタリー映画のヒット作は、皆さんが住む地域のテレビ局から生まれるかもしれません。

【各作品の上映スケジュール】

○『人生フルーツ』 

・ ポレポレ東中野、ミッドランドシネマ名古屋空港など/公開中

・ イオンシネマ名古屋茶屋など/2月10日~

※その他、全国順次公開中。劇場情報はこちら

○ 『シネマ狂想曲~名古屋映画館革命~』 

・ 東京アップリンク/公開中(~1月26日)

・ 京都みなみ会館/1月27日~2月2日

※その他の劇場情報はこちら

(写真はクレジット表記のあるもの以外は筆者撮影)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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