ういろうに守口漬。名古屋名物が売り上げ急上昇。人気の秘密は気鋭デザイナーのパッケージ
新しい商品パッケージで名古屋名物のヒット商品が続々誕生
ういろうや守口漬など、伝統ある名古屋名物の分野で、近年ある変化が生じています。旧来のイメージを打ち破る商品開発で、落ち込んでいた売上をV字回復させたり、新しい客層をつかんでヒットを飛ばすケースが相次いでいるのです。
これらのヒット商品に共通するのはパッケージの面白さ。ちょっと懐かしいレトロさがあったり、ユニークな遊び心があったり、店頭で目を引き、かつ買って帰りたくなる魅力があるのです。
これらの商品パッケージを手がけているのが、名古屋在住のグラフィックデザイナー、Peace Graphicsの平井秀和さんです。広告やデザインに関する業界内の評価は一般にはあまり伝わってこないのですが、実は数多の広告賞を獲得し、それらの商品が売り場で好評を博しているヒットメーカーなのです。
その魅力や効果はいかなるものか? 平井さんを起用している企業に尋ねました。
「我々の固定概念をくつがえしてくれるプラスαがある。またその商品のパッケージがデザイン賞を受賞されることで注目度が高まり、取材の機会が増えてメディア露出が広がったのもこれまでになかった反応です」(守口漬の大和屋守口漬総本家)。「常に何か新しいアイデアを加えようと試みる挑戦心、完成まで細部にこだわるプロフェッショナリズムが素晴らしい。また、パッケージのデザインだけでなく、企業全体のブランドコミュニケーションのあり方やストーリーまで長期的視点で一緒になって考えてくれるのがうれしいです」(ういろうの青柳総本家)。
平井秀和さんインタビュー 「その企業の10年後を見すえてデザインする」
平井さんの仕事は、デザインの面白さと同時に、先の2社をはじめ地元・名古屋の企業のものが多いのも特徴です。名古屋を拠点に、全国、さらには世界で注目を集めるヒット商品を世に送り出している平井さんに、仕事の流儀から名古屋に対する思いまで聞いてみました。
―― これまでの経歴を教えてください。
平井 「名古屋に支社があった大手デザイン会社に就職して、主に新聞広告や駅貼りのポスターなど広告の仕事をしていました。10年ほど勤めた頃に、同業者の妻が結婚を機に独立して仕事をするようになり、自分もその横にマックを置けば仕事ができるな、と思って2002年に独立しました」
―― 独立して仕事の内容や進め方は変わりましたか?
平井 「相談ごとが増えました。僕らデザイナーは最終的にモノをつくらないとお金にならないんですけど、打ち合わせを何回かしてそのまま終わっちゃったり(苦笑)。会社員時代にジレンマを感じていたのが、目の前にいるクライアントに対して、間に入っている広告代理店の不利益になることは言えないことでした。例えば、新聞広告を打つよりもパッケージなどの内容をよくした方がその会社のブランディングには合っていると思っても、立場柄それは言えないわけです。だから、独立して直接クライアントとやりとりするようになってからは、その会社の10年後のブランドイメージまで考えて、今できる最もいいやり方は何か、本音で提案することを第一に考えています。実際に、こっちから“つくらない方がいい”と止めたこともある。ロゴや名刺をカッコよくつくってほしいという依頼だったんだけど、やりすぎると本人とグラフィックが合わなくなっちゃう。それよりヘタでも自分で一生懸命つくったことを示す方が戦略的に正解じゃないですか?と。デザインしないというデザイン、という提案でもあるんだけど、何も納品していないので当然お金にはなりません。でも、こうやって依頼主にとって一番いい方法を話し合いながら見つけていくというやり方は、効率的じゃないけど、いろんなヒントが見つかるし、最終的にお互いが納得できるモノをつくるためには大事なんです」
ういろう、守口漬。伝統ある名古屋名物をヒット商品に
―― 名古屋名物にかかわる仕事はいつから?
平井 「2008年の青柳総本家さんが最初です。僕、ういろう大好きなので、お話をいただいた時はうれしかったなぁ(笑)。新商品『名古屋 生サブレ』のパッケージデザインの仕事で、洋菓子だけど和菓子店にあっても違和感がない、さらに箱の5面を活かした立体感で面白さを出そうと考えました。次は『名古屋かるたういろう』。以前の柳模様から金シャチや名古屋テレビ塔の絵柄にパッケージをリニューアルしました。青柳ういろうは知名度が高すぎることもあって商品がメーカー品というイメージを持たれてしまいがち。でも生産の現場を見ると手づくり感がすごくある。懐かしさを感じられる昭和レトロな絵柄で手づくり感を表現しようと考えました。生サブレの時は初めての商品パッケージということもあってつくるので精一杯でしたけど、かるたういろうの時は10年後の青柳ういろうのブランドイメージまで考えて取り組むことができました」
―― 次に手がける守口漬も、ういろうと並ぶ元祖名古屋名物です
平井 「大和屋守口漬総本家の仕事は2012年から。“味には自信があるが売上が減っている。新しいパッケージで人気を回復させたい”というのが要望でした。でも、漬物を食べる人自体が減っているので、新しいお客をつかまないと、デザインを変えて一時的に売上が上がってもまたすぐ元に戻ってしまう。“味の変更はできないんですか?”と提案したんですが、それは一番大事な部分だからできないという。そんなやりとりをしているうちに、従来の守口漬を細かく刻んだものを開発してくれたんです。これならごはんにふりかけて食べることで、味は変わっていないのにマイルドに感じられる。“これはイイ!”とパッケージをつくらせてもらうことになりました」
―― パッケージづくりの過程と市場の反応は?
平井 「守口漬は原料の守口大根が長さ1m以上と非常に細長いのが特徴。これを分かりやすく伝えるために、まずパッケージを細長く、色は高級感がありつつ目立つようあえて金箔と茶色のみにしました。守口漬は当時キヨスクで土産物としての存在感が小さくなりかけていたんですが、『守口漬生ふりかけ』を新商品として売り出した途端、柱一面に展開してくれ、おかげですごく売れました」
名古屋のアイコンは金シャチとテレビ塔くらい
―― ちょっと手前味噌ですが、私の新刊『名古屋の酒場』の装丁も手がけていただきました。
平井 「カバーに帯をかけるのではなく、折り返して居酒屋ののれんのようにして、めくると大将のイラストが“いらっしゃい”と顔をのぞかせる。真ん中には居酒屋のすりガラスをイメージしてロウ引き加工で透け感を出して、飲み客のイラストが透けて見える。さらに表面では背中を向けている立ち飲み客が、カバーをめくって裏面を見ると笑顔を見せる。立体的なしかけを随所にほどこしました」
―― 名古屋関連の商品を数多く手がけていますが、デザインにおける“名古屋らしさ”というものはありますか?
平井 「名古屋ってアイコンが少ないと思うんです。金シャチと名古屋テレビ塔くらいしか思い浮かばない。でも、このふたつをうまく使えば名古屋らしさを出せる。最近は定期的に金シャチと名古屋城を描いている気がします」
―― オリジナルの名古屋グッズもつくっていますね。
平井 「SOCIAL TOWER MARKET(名古屋テレビ塔周辺を会場にしたマーケットイベント。2019年はSOCIAL CASTLE MARKETとして名古屋城で開催)に出展して、そこで販売するためにテレビ塔や名古屋城をモチーフとしたノートや、手ぬぐいなどをつくりました。デザイナーって、モノをつくっても自分で売ることはないじゃないですか。マーケットでオリジナル商品を販売することで、並べ方やポップのつくり方など、どうやったら売れるのかをお客さんの反応を直接見ながら体験できるし、リスクを背負うことで値付けなども真剣に考える機会になるんです」
―― 名古屋に対する愛着はありますか?
平井 「すごくあります。この事務所、窓からテレビ塔が見えるんですよ。それがここに決めた理由のひとつといってもいいくらい。でも、“名古屋ってスゴいんだよ!”とアピールしたり、名古屋のデザインや広告業界をもっとよくしたい!みたいな気持ちはあまりなくて、たまたま生まれ育った場所だから、というくらいの思い入れで、でもそこが逆に名古屋っぽいのかな、という気もします(笑)」
―― 今後、何か手がけてみたい名古屋モノはありますか?
平井 「新しいモノより昔からあるモノの方が興味がある。駄菓子とかご当地の牛乳とかイジってみたいですね(笑)」
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企業の10年後のブランディングまでイメージして商品パッケージなどを手がけている平井秀和さん。長く愛されてきた名古屋名物が、これまで手に取っていなかった人の心にも刺さり、さらに息の長いロングライフなヒット商品となっています。
皆さんも、これまで気づかないうちに平井さんの手がけた商品を手に取っていたかもしれません。名古屋名物を手に取ってみる時、どんなアイデアや、ブランドに対する愛情が秘められているかにまで心をはせると、その商品への愛着がいっそう深まるんじゃないでしょうか。