悪いのはミセスだけか?「コロンブス」MV炎上とコカ・コーラをパレスチナ視点で観ると…
日本の人気バンド、Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)が12日夜に公開した新曲のMV(ミュージックビデオ)が、SNS上で「差別的な内容」「植民地主義的」等の猛批判を受けて公開停止となり、バンドや所属のレコード会社が謝罪しました。一連の騒動は、各メディアでも報じられたので、本稿をご覧の読者にも御存知の方が少なくないかと思いますが、本件について、少し違った視点から論評しようと思います。Mrs. GREEN APPLEのMVの内容は、確かに酷いものでしたが、批判されるべきなのは、同バンドだけなのでしょうか?
*本稿は「志葉玲ジャーナル-より良い世界のために」に掲載した記事をリライトしたものです。
〇大炎上したMVの内容は?
今回の騒動について簡単に紹介すると、若い世代に人気のバンド、Mrs. GREEN APPLEは今月12日、「コロンブス」という新曲のMVを公開しました(その後、同13日に公開停止)。このMVは、コロンブスやナポレオン等に扮したバンドのメンバー達が、類人猿の住む島を発見し、類人猿達と交流するというもの。史実では、コロンブスが「発見」したのはアメリカ大陸であり、そこで暮らしていたのは先住民の人々ですから、「コロンブス」のMVは先住民=類人猿とも受け取れる表現であり、その時点でアウトだと言えます。
植民地主義の中核にあるのは、先住民族を自分達より劣った存在だという差別なのですが、「コロンブス」のMVでバンドのメンバー達が類人猿にピアノや軍隊式の敬礼を教えたりする、いわば「類人猿達に人間様(=白人様)の文化を教育する」とも受け取れる振る舞いをしていますし*、類人猿に自分達が乗った人力車を引かせる描写がMVの中で何度もあります。
*この問題については、亜希ダウニングさんの解説が非常に参考になります。
https://www.yuroksmomlife.com/mrs-green-apple/
そもそも、コロンブスも含め、西欧列強からの侵略者達により、アメリカ大陸の先住民族の人々が壊滅的な被害を被り、滅ぼされた文明や絶滅した民族/部族もいくつもあることは、世界史の常識です。そのコロンブスにバンドのメンバーが扮して、「前向きでワクワクする映像」として演出したMrs. GREEN APPLEのMVは、やはり問題があると言わざるを得ません。
〇植民地主義とコカ・コーラ
さて、ここまでは他の記事での解説でも語られているところですが、私が注目したのは、この、Mrs. GREEN APPLEの「コロンブス」のMVが、コカ・コーラ社とのタイアップで制作されたものだということです。実際、MVの中でもバンドのメンバーがコーラらしき飲み物を飲んでいますし、歌詞にも「炭酸の創造」「渇いたココロに注がれる様な」「愛を飲み干したい」*とあるように、割と露骨です。
*Mrs. GREEN APPLE/Columbus
https://www.youtube.com/watch?v=N1XUt-ZcOf4
実のところ、私は当初、「今回のMVがコロンブスという侵略者をコカ・コーラ社の植民地主義的なビジネスに重ね合わせた、確信犯的な皮肉だったのなら、それって最高にロックじゃん?」と思ったのですが、残念ながら、それは私の買い被りで、バンドの釈明文にも表れているように配慮が足らなかっただけだったようです(関連情報)。ただし、コカ・コーラ社にコロニアリズム(植民地主義)的な面があるという問題自体は変わりありません。
日本では、コカ・コーラボトラーズジャパンが水資源保全活動を行う等(関連情報)、CSR(企業の社会的責任)も重視しているように見えるコカ・コーラグループなのですが、世界的に見ると、例えば、インドやメキシコで「水紛争」を起こしています。コカ・コーラ社の工場が大量の水をくみ上げたことにより、井戸が枯れ、農地が干上がる等の問題が起き、現地の人々が「水を奪われた」と憤り、コカ・コーラ社に抗議デモを行っているのです。
〇イスラム圏でもコカ・コーラのMVが炎上
私が長く関わってきた中東関連の視点で言えば、最近も、イスラエルとコカ・コーラ社の関係が国際的に「炎上」しました。中東やアジアのイスラム教徒の多い国々では、昨年の10月からのイスラエルによるガザ攻撃で、イスラエルと関連の深いとされる企業に対しボイコット運動が展開され、これらの企業に打撃を与えています。コカ・コーラ社もそのターゲットとされており、こうしたボイコット運動を「誤解によるもの」とする同社は「イスラエルとはコカ・コーラ社は無関係」とアピールするCMをバングラデシュで放送したのでした。
そのCMは、コカ・コーラを拒む男性に店員が「これはあの国(イスラエルのこと)から来たものではありません」「コカ・コーラの工場はパレスチナにもあります」と安心させるというものだったのですが、このCMが放送されるや否や、現地の人々は強く反発、さらにバングラデシュのみならず、アルジャジーラ等、中東のメディアがコカ・コーラ社を批判しました。
それは、「パレスチナにあるコカ・コーラ社の工場」とされるもの―コカ・コーラ社のイスラエル法人の配送センターや冷蔵施設がある、エルサレム近郊のアタロット地区は、いわゆるユダヤ人入植地であり、イスラエルが占領支配しているからです。パレスチナ研究機構(IPS/Institute for Palestine Studies)のレポート(2019年)によれば、アタロット地区で活動する企業は、イスラエル政府から税の軽減などの優遇措置を受けており、また占領により、そこで働く他に選択肢が無いパレスチナ人労働者は低賃金で働かされる一方で、ユダヤ人労働者は好待遇で優先的に働くことができるとのことです。IPSのレポートは、イスラエルの工業団地としてのアタロット地区は、国際法に反するものであり、植民地支配に基づくものだと指摘しています。
〇入植地がガザ攻撃の引き金に
そもそも、ヨルダン川西岸に160カ所以上つくられているユダヤ人入植地はそれ自体が様々な点で大きな問題です。まず、占領地で入植活動を行うことは、ジュネーブ条約等の国際法/国際人道法に反します。また、オスロ合意(1993年)に基づく中東和平のゴールは、パレスチナ自治区が国家として独立し、イスラエルと平和共存していくというものですが、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区のあちこちを浸食するように点在するユダヤ人入植地は、イスラエルによるパレスチナ占領を既成事実化するものです。オスロ合意以降、イスラエルの右派政権は、ユダヤ人入植地建設を推進してきましたが、彼らはパレスチナ国家の独立を前提とする中東和平に反対しており、それを妨害する手段として、ユダヤ人入植地を活用しているのです。
私も、ユダヤ人入植地と隣接するパレスチナの街や村、集落を取材してきましたが、パレスチナの人々にとって、入植者は「テロリスト」と言っても過言ではない存在だと言えます。実際、武装した入植者がパレスチナの人々を襲い、暴行したり、殺害したりすることが頻繁にあります。パレスチナ人の村が入植者に襲われ、オリーブ畑に放火されたり、パレスチナ人住宅地に銃撃が行われたり、汚物や石を投げ込まれたりすること等も、日常的に行われています。しかし、イスラエル当局がこうした入植者を取り締まることはほとんどありません。それどころか、入植者はイスラエル軍に保護され、入植者の狼藉に抗議するパレスチナ人は逮捕・拘束されたり、最悪の場合は撃ち殺されたりします。
こうしたユダヤ人入植地の増加と入植者の狼藉は、当然ながら、パレスチナ側の強い怒りを買っており、現在のイスラエルによるガザ攻撃のきっかけとなったハマス等による大規模な襲撃が行われた一因として「ユダヤ人入植地の増加がある」とハマス側は主張しているのです。
〇「差別に反対」ならイスラエルでの事業を見直すべき
ガザ攻撃では、毎日のようにイスラエル側による国際人道法違反の戦争犯罪が繰り返され、国連安保理も停戦を要求しています。今回のガザ攻撃以前からも、イスラエルのパレスチナ占領は「アパルトヘイト」であると、国連の人権専門家や国際的な人権団体が指摘しています。
ウクライナ侵攻への対応として、日本企業も含む、いくつも国際的な展開をしている大企業がロシアから撤退しました。本当に「いかなる差別も容認していない」*のであれば、コカ・コーラ社はイスラエルでの事業を再考するべきなのかもしれません。
*日本コカ・コーラ「いかなる差別も容認していない」、公開停止のミセス新曲めぐりコメント…MV内容事前に把握せず
https://www.bengo4.com/c_18/n_17655/
それは、日本コカ・コーラが決められることではなく、米国のコカ・コーラ本社に決定権があるのでしょうけども、少なくとも、コカ・コーラのイスラエル法人が入植地での経済活動を続ける限り、コカ・コーラグループ全体として今後も批判を浴び続けることは避けられない状況なのです。
他方、日本の消費者もMrs.GREEN APPLEの無知さ、配慮の無さをバカにできないところもあります。侵略や占領、人権侵害や差別は過去のものではなく、今、起きている問題です。そうした視点から、自らが加害に関わらない商品やサービスを選ぶという良識が、やはり必要なのではないでしょうか。
(了)