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「感染症で戦闘力低下」金正恩も懸念、軍の前線部隊で非常事態

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は今年に入って、苦しい戦いを強いられている。韓国や米国とではない。病魔との戦いだ。

今年1〜2月、中国と国境を接する平安北道(ピョンアンブクト)、慈江道(チャガンド)、両江道(リャンガンド)、咸鏡北道(ハムギョンブクト)に駐屯する国境警備隊では新型コロナウイルスと思しき症状で180人が死亡。3〜4月には、一部の部隊で組織が機能しないほどの状況に陥った。

栄養失調がまん延する北朝鮮軍が感染症に襲われたら、そのダメージは計り知れない。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

一方、軍関係のデイリーNK情報筋によると5月末、軍事境界線を挟んで韓国と向かい合う江原道(カンウォンド)に駐屯する第1軍団に所属する兵士が、バタバタと倒れる事態が起きた。症状は高熱や下痢。幸いにしてコロナではなく、別の伝染病のパラチフスだったが、軍当局は対応に四苦八苦している。

厚生労働省の資料によると、パラチフスはパラチフスA菌の感染で起きる全身性感染症で、患者や無症状病原体保有者の排泄物やそれに汚染された食品、水、手指から感染する。衛生状態のよくない開発途上国で蔓延しており、抗生剤の投与で治療するが、適切な治療が行われないと死に至ることもある。

先月22日に人民武力省から報告を受けた金正恩党委員長は、「第1軍団で急に流行したパラチフス性ウイルスによる部隊の戦闘力悪化の問題を解決せよ」との指示を下した。これを受けて朝鮮人民軍の総参謀部の作戦局8処、人民武力省の軍医局、後方局の責任イルクン(幹部)が集まり緊急会議が行われた。

補給を担当する後方局が上げた報告は、治療するための薬品がほとんどないということだった。これを受けて薬品10箱が第1軍団に支給された。しかし、軍当局はこの薬品ではまともに治療ができないと見ている。絶対的に量が不足しているためだ。そこで、指揮官は部下の兵士に「実家に薬を送ってくれと電話をかけろ」と命令した。

朝鮮人民軍は、慢性的な食糧不足に苦しめられており、兵士たちは副業地とよばれる部隊付属の畑で野菜を育てたり、実家から食べ物の差し入れをもらったりして、栄養失調にならないようにしているが、高価な抗生剤まで親に頼る羽目になってしまった。国を守る任務に付いている兵士が、結果的に親のスネをかじることになっているのだ。

第1軍団は、大々的な消毒を行うと同時に、病院と軍医所に石炭を供給した。オンドル(床暖房)で暖めれば病原菌がいなくなるだろうという、民間療法のようなものだ。また第2、4、5軍団でも消毒作業が行われた。

パラチフスは軍官(将校)の住む社宅でも蔓延しているが、国からの支援の対象からは外れているため、「自力更生式治療」を行っていると情報筋は伝えたものの、その内容には触れていない。

おそらく、民間療法を使ったり薬を自作したりして治療に当たっているものと思われる。北朝鮮の医師は、薬草、小麦粉などを使って抗生剤を製造し、患者に投与している。

患者を助けようとする医師の懸命の努力が悲惨な結果を生むこともある。昨年、両江道の三池淵(サムジヨン)の病院では、農薬を処方して患者に投与し死なせた医師が、処刑されている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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