変革はローカルから始まっている ~映画「おだやかな革命」に見る、「幸せな経済」のつくり方~
景気拡大が続いているにもかかわらず、賃金が上がらない。相変わらずなくならないブラック労働、その末の過労死――。ますます進む少子高齢化とも相まって、読者の皆さんの中には、これまで当たり前のようにあった資本主義経済システムが果たして持続可能なのか疑問視する向きも少なくないかもしれない。その一方で、次の世代に幸せな未来を残そうと、首都圏ではなくいわゆるローカル(地方、地域)に根づき、そこにある自然や文化、人々と向き合いながら、地域で再生可能エネルギー(以下再エネ)事業を始める人たちが増えている。そんな中、東日本大震災後の福島第一原発事故をきっかけに全国で広がる「エネルギー自治」にまつわる動きを入り口に、小さくても確かな経済の営みのあり方を問うたのが、2018年2月公開予定の映画「おだやかな革命」だ。
本作品の監督は、前作「よみがえりのレシピ」で在来種のタネを守り育てる農家などを描いて持続可能な食と農業のあり方を提起した渡辺智史監督。2014年から本作の取材を始め、約3年かけて福島県、秋田県、岐阜県、岡山県と巡ってエネルギー自治に取り組む人々に密着して制作した。
絶望から立ち上がるための地域再エネ事業
のぞかな風景に点在する黒いビニールで覆われた巨大な塊――。映画は、福島第一原発事故の影響による放射能汚染で、全村避難を余儀なくされた福島県飯館村(2017年3月に避難指示は解除)に広がる絶望的な光景から始まる。村内で酪農業を営んでいた小林稔さんは、宮城県内に避難して酪農を再開したものの、故郷を何とかしたいという思いをずっと抱いていた。
そのころ、同じ福島県内の喜多方市で代々続く「大和川酒造」の当主・佐藤彌右衛門さんは、地元の行政や金融機関、地域の仲間たちから出融資を募り、地域電力会社「会津電力」を設立。約40世帯分の年間消費電力を賄える規模の太陽光発電の運営を始めた。再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)で得られる売電収益は、出資者である地元の人々に還元される仕組みだ。
佐藤さんらの動きに触発されて、小林さんも立ち上がる。飯館村でも同様の仕組みのエネルギー事業体として「飯館電力」を設立、自ら代表取締役に就いた。慣れないスーツ姿での異業種での仕事に戸惑いながらも、佐藤さんからの全面的なバックアップを受けて、農業と発電を両立できるソーラーシェアリングの事業化にも挑戦している小林さん。「再生可能エネルギーを村の新しい特産品にしたいですし、これから村に戻ってくる人たちの新たな働き口となるようにしたい」と意気込む。
再エネが若者、子育て世帯を引き寄せる
舞台は、岐阜県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)集落へ。東京での外資系コンサルティング会社勤務を経てこの地に約7年前に移住した平野彰秀さんは、2014年から集落の全住民に出資協力を呼びかけて、集落の農業用水を活用した小水力発電所づくりに取り組み始めた。発電所は2016年に無事に稼働。売電収益は、自治会費の住民負担の軽減や集落内の耕作放棄地の再生に活かされている。
平野さんが地域の人たちとともに始めた小水力発電事業をきっかけに、集落には地元の特産物を活かした料理を提供するカフェができたり、発電した電力で休眠していた農産物加工所が再び稼働するといった動きも。さらに、妻の馨生里さんは、石徹白に伝わる野良着などをアレンジした服飾店「石徹白洋品店」を始め、地域の伝統的な文化や暮らしの再生も見据える。
石徹白には今、平野夫妻の地域に根差した取り組みに共鳴する若者や子育て世帯の移住が増え続けている。すっかりこの地に腰を据えた平野さんは言う。
「(自然災害など)危機に直面しても、食料とエネルギーと人とのつながりがあれば乗り越えられる。石徹白の人たちには、これらについて頭で考えるだけでなく、身体を動かしながら育んでいける『総合的な生きる力』があると思う」。
人をつなぎ、地域を変える再エネ事業
本作品ではこのほかにも、生活クラブ生協が立ち上げた風力発電事業をきっかけに首都圏市民との交流が活発化している秋田県にほか市や、地域資源である森林を活かした木質バイオマス熱利用事業が進む岡山県西粟倉村の様子もつづられている。にかほ市では、小さな製麺所が生活クラブと共同で商品開発して首都圏への販路が広がったり、西粟倉村では、地域資源を生かした起業を支援するビジネススクールが始まるといった動きにもつながっている。
FIT制度によって実現した地域再エネ事業をきっかけに、地域のスモールビジネスが潤い、地域での起業も促進され、得られた利益を地域に還元することが可能になった。絶望から始まったエネルギー自治をめぐる動きはいま、地域の人々をつなぎ、次の世代を育む希望のパワーとして全国で静かに循環し始めている。
持続可能な社会づくりは「小さくて幸せな経済圏」から
「食とエネルギーって、私たちの暮らしと密接不可分なものです。映画で取り上げた人たちのように、何を大切に生きていくのかという“生き方の軸”のようなものが定まれば、私たちは食もエネルギーも持続可能なものを選択できるのです」
渡辺監督は、作品に込めたメッセージついてこう語った。さらにもう一つ伝えたかったのは、これからの社会を持続可能なものにしていく上で、作品で取り上げた地域エネルギー会社のような、小さいながらも地域内にお金が循環し、地域に貢献するような「小さな経済圏」を増やしていくことの重要性だという。
渡辺監督自身、映画制作から配給まで、ほぼすべて一人で手掛けている。本作品では初めて、制作費用の一部をクラウドファンディングで募ったところ、趣旨に賛同した300人以上から500万円余が集まった。渡辺監督は実感を込めて、こう話してくれた。
「一人ひとりが丁寧に仕組みをつくっていけば、大きな組織でなくても実現できることが増えてきました。むしろ、小さいビジネスだからこそインパクトを出せて、かつ結果も出していける時代になってきていると思います。この映画をきっかけに、地域にある資源に気づいた若者と、地域に暮らしてきた人々、あるいは都市部に暮らす人々の新たな交流が生まれ、映画のような『おだやかな革命』と呼べるような事業や活動が生まれることを期待しています」
東日本大震災、それに続く福島第一原発事故の発生から、はや6年余。あの時に感じた日常生活の危うさや防災への危機意識などは、人によっては薄れつつあるかもしれない。だが、SNSがコミュニケーションインフラになり、クラウドソーシングやクラウドファンディングといった便利なIT技術によって、資金調達からプロジェクトの遂行までできるようになった今、「小さい」けれども「幸せな」経済を一人ひとりが仲間と力を合わせて作り上げていく動きは、むしろこれからが本番なのではないかということを、本作品は予感させてくれる。