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北アイルランド、誕生から100年 「もし今日投票したら」の問いに英国残留支持が49%

小林恭子ジャーナリスト
調査:英領北アイルランド住民の49%が英国への残留支持(調査ウェブサイトより)

 アイルランド島の北部6州をカバーする北アイルランドは、今から100年前の1921年、誕生した。

 同時期、アイルランド島南部は英国から独立し、「アイルランド自由国」そして共和制の「アイルランド」(1949年)となる道を歩んだが、北部6州はプロテスタント国・英国の一部であることを選択した。

 1921年当時の人口構成を見ると、南のアイルランドはカトリック系住民がほとんどで、北部6州は3分の2がプロテスタント系、残りの3分の1がカトリック系だった。

 北アイルランドは、誕生当時から「英国への帰属を志向するプロテスタント系」と「アイルランドとの統一を望む、あるいはアイルランドに強いシンパシーを持つカトリック系」という2つの異なる政治志向を抱えてきた。

 これが様々な軋みを生じさせ、政治危機、暴力行為、内戦の傷につながっていく。

 プロテスタント系は多数派でカトリック系は少数派となったことで、後者は政治参加や雇用などの面で差別の対象となった。

 しかし、1950年代以降の市民権運動や人口構成の変化によって、状況が変わってきている。

 北アイルランドの現在の人口は約189万人。住民のほとんどが白人で、2011年の国勢調査によると、プロテスタント系住民が48%、カトリック系が45%。必ずしも「プロテスタント系=過半数の人、カトリック系=少数」という人口構成ではなくなってきた。

 10年毎に行われている国勢調査の最新版(2021年)では、カトリック系がプロテスタント系をしのぐのではないかと言われている

 また、2016年の労働人口調査によれば、勤労人口の44%がカトリック系で、40%がプロテスタント系だ。

 年齢が若くなるにつれてカトリック人口の比率が高くなる。学校に通う子供たちの中では、51%がカトリック系、37%がプロテスタント系だ。

 プロテスタント系が大多数となるのは、60歳以上で、57%がプロテスタント系、カトリック系が35%。

政党は

 プロテスタント系だからと言って、必ずしも全員が英国との帰属維持を願う「ユニオニスト」で、逆にカトリック系であっても、全員が南部のアイルランドと北アイルランドが1つの国になることを望む「ナショナリスト」でもないが、北アイルランドの政党はそれぞれユニオニスト的、あるいはナショナリスト的政治志向を代表し、この2つの流れが政治を牛耳ってきた。

 近年では、そのどちらでもない中道的な政党「同盟党」が支持を集めている。

 北アイルランド自治政府は、ユニオニスト派政党とナショナリスト派政党が共同で統治する形を取ってきた。

 地方選挙で最大議席を取った政党の党首が自治政府首相、もう片方の最大政党の党首が副首相に就任するが、両者に上下関係はなく、同列だ。

 現在、北アイルランド議会に議席を持つ政党は:

 ー第1党のユニオニスト強硬派民主統一党(DUP)(プロテスタント系)

 ーナショナリスト強硬派シン・フェイン党(カトリック系)

 ーナショナリスト派社会民主労働党(SDP)

 ーユニオニスト派アルスター統一党(UUP)

 ー無派閥の同盟党、同じく無派閥の北アイルランド緑の党

 など。

 自治政府の首相はDUPのアイリーン・フォスター氏、副首相がシン・フェイン党のミシェル・オニール氏。7つの大臣職をDUP(2つ)、シン・フェイン(2つ)、SDLP(1つ)、UUP(1つ)、同盟党(1つ)の議員が担当している

 政治志向の異なる政党同士の不信感が強く、これまでに何度も機能停止→空白期間→交渉→再開の流れを経験してきた。

英国に残留するか、離脱してアイルランドと統一するか

 過去100年で人口構成が次第に変わり、宗派の異なる住民とそれぞれの民兵組織や英軍が戦った「内戦」(1960年代末ー1998年)も経験した北アイルランド。英国の欧州連合(EU)からの離脱が遠因となって暴動事件も発生した(今年3月末から4月上旬)。

 住民は現在と今後をどう見ているのだろうか。

BBCと調査会社「LucidTalk」が先月行った調査の結果を紹介してみたい。

 ユニオニスト(英国帰属維持派)とナショナリスト(アイルランドとの統合派)という2つの対抗する政治志向を反映し、「どちらの政治志向を支持する人に聞くか」で答えが正反対になった。

*北アイルランド誕生から100年。アイルランド島の分断と国境の設置は、残念でネガティブな出来事だったか

 全ての政治志向を持つ人:48%、そう思う。41%、そうは思わない(どちらでもない・わからないの数字は一部の例外を除き、省略、以下同)。

 ユニオニストの政党支持者:7%、そう思う、85%、そう思わない。

 ナショナリスト・共和制政党の支持者:93%、そう思う、2%、そう思わない。

 無派閥の同盟党・緑の党の支持者:49%、そう思う、15%、そう思わない。

 (筆者コメント:ユニオニストは分断を残念なこととは思っていないのに対し、ナショナリストはほぼ全員がそう思っている。分断を好意的にとらえているのはユニオニストのみ、とも言える。)

*北アイルランドは暴力と不安定な事件を経験した歴史を持つ。和平合意から23年経つが、紛争解決や今後の暴力の発生についてどう思うか。

 全ての政治志向を持つ人:76%、紛争は未解決であり、将来、暴力事件が発生する可能性がある、11%、未解決・暴力発生とは思わない。

 (筆者コメント:ユニオニスト、ナショナリスト、無派閥政党支持者もそれぞれ「未解決」「暴力の発生」という部分に70%以上が「そう思う」と答えていた。特に、無派閥政党支持者で「未解決」「暴力の発生」に同意する人は88%。住民たちが暴力発生の可能性を非常にリアルに見ていることが分かる。)

*北アイルランドが英国の一部であり続けるべきかどうかについての住民投票を5年以内に行うべきか?

 全ての政治志向を持つ人:37%、行うべき、29%、行うべきだが、5年以内ではない、32%、行うべきではない。

 ユニオニストの政党支持者:8%、行うべき、16%、行うべきだが、5年以内ではない、72%、行うべきではない。

 ナショナリストのシン・フェイン党支持者:85%、行うべき、15%、行うべきだが、5年以内ではない。

 無派閥の同盟党・緑の党の支持者:36%、行うべき、53%、行うべきだが、5年以内ではない、8%、行うべきではない。

 (筆者コメント:ユニオニストとナショナリストの間で、意見は正反対。中道の無派閥派は慎重だ。)

*もし今日、住民投票を行うとしたら、どのように投票するか?

 全ての政治志向を持つ人:49%、英国領のままでいることを選択する、43%、英国から離脱し、アイルランドと統合する、8%、分からない・特に意見がない。

調査:英領北アイルランド住民の49%が英国内の残留を支持(調査ウェブサイトより)
調査:英領北アイルランド住民の49%が英国内の残留を支持(調査ウェブサイトより)

(筆者コメント:「分からない・特に意見がない」を除外すると、英国への帰属維持が53%、アイルランドとの統一が47%。)

*18歳から24歳のみーーもし今日、住民投票を行うとしたら、どのように投票するか?

 43%、英国領のままでいることを選択する、50%、英国から離脱し、アイルランドと統合する、7%、分からない・特に意見がない。

*45歳以上ーーもし今日、住民投票を行うとしたら、どのように投票するか?

 55%、英国領のままでいることを選択する、37%、英国から離脱し、アイルランドと統合する、8%、分からない・特に意見がない。

 (筆者コメント:若者層は「アイルランド統一」への志向が中高齢者よりも高い。)

「100年後には、北アイルランドはアイルランドと一緒になる」

 遠い将来、北アイルランドはどうなっていくのか。

*北アイルランドは10年後、25年後、50年後、100年後にも英国の一部だと思うか?

ー全ての政治志向を持つ人

 10年後も英国の一部だ:55%、そう思う、32%、そう思わない。

 25年後も英国の一部だ:37%、そう思う、51%、そう思わない。

 (筆者コメント:ここで、逆になっている)

 50年後も英国の一部だ:30%、そう思う、53%、そう思わない。

 100年後も英国の一部だ:28%、そう思う、56%、そう思わない。

ーユニオニストの政党支持者

 10年後も英国の一部だ:85%、そう思う、5%、そう思わない。

 25年後も英国の一部だ:67%、そう思う、15%、そう思わない。

 50年後も英国の一部だ:49%、そう思う、34%、そう思わない。

 100年後も英国の一部だ:46%、そう思う、26%、そう思わない。

ーナショナリスト政党・共和制の支持者

 10年後も英国の一部だ:21%、そう思う、65%、そう思わない。

 25年後も英国の一部だ:2%、そう思う、95%、そう思わない。

 50年後も英国の一部だ:2%、そう思う、97%、そう思わない。

 100年後も英国の一部だ:1%、そう思う、98%、そう思わない。

ー無派閥の支持者

 10年後も英国の一部だ:36%、そう思う、34%、そう思わない、30%、分からない・中立。

 25年後も英国の一部だ:9%、そう思う、68%、そう思わない、23%、分からない・中立。

 50年後も英国の一部だ:8%、そう思う、70%、そう思わない、22%、分からない・中立。

 100年後も英国の一部だ:8%、そう思う、74%、そう思わない、18%、分からない・中立。

アイルランドの人は?

 上記調査の後半では、アイルランドの人に聞いた(対象者は特に政治志向で分けていない)。

*今後5年以内に、北アイルランドが英国の一部であるべきかどうかについて、住民投票を行うべきか。

 37%、行うべき、29%、行うべきだが、5年以内ではない、44%、行うべきではない、12%、分からない・無回答。

*もし今日、住民投票を行うとしたら、どのように投票するか?

 27%、英国領のままでいることを選択する、51%、英国から離脱し、アイルランドと統合する、22%、分からない・特に意見がない。

*「分からない・特に意見がない」を除外すると、もし今日、住民投票を行うとしたら、どのように投票するか?

 35%、英国領のままでいることを選択する、65%、英国から離脱し、アイルランドと統合する。

*北アイルランドは10年後、25年後、50年後、100年後にも英国の一部だと思うか?

 10年後も英国の一部だ:59%、そう思う、32%、そう思わない、15%、分からない。

 25年後も英国の一部だ:26%、そう思う、54%、そう思わない、20%、分からない。

 50年後も英国の一部だ:12 %、そう思う、65%、そう思わない、23%、分からない。

 100年後も英国の一部だ:9%、そう思う、68%、そう思わない、23%、分からない。

 ***

 今後、北アイルランドはどうなっていくのか。

 スコットランド地方の独立の可能性、北アイルランドの治安状況の悪化、EUとの関係、住民がどう考えるかなどの要因によって将来は変わりそうだ。

 しかし、南部アイルランドにより強いシンパシーを感じるカトリック系住民の比率が増える傾向が続く中、北部でも及び南部でも「ゆくゆくは、北アイルランドは南と一つになる」というおぼろげな将来像が共有されているように見える。

 ただし、その「ゆくゆく」は100年後になるかもしれないが。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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