「立ち向かえる職業だから、できることを」――コロナ禍に病院を開業した町医者
「日々葛藤はありますが、これはやり続けなければいけない」。2020年4月、東京・豊洲で、呼吸器内科と発熱外来のクリニックを開業した医師・土屋裕さん。都内でPCR検査ができる2例目の診療所となった。新型コロナウィルスの第一波が襲う最中に、開業を決断した理由は。
●開業を延期するように勧められたけれど
「発熱外来をやっていると、『患者を殺す気か』『本当にそこに通って大丈夫なんですか』という電話をいただいたりすることもありました」
2020年4月、土屋裕さん(46歳)は東京・豊洲で「はるそらファミリークリニック」を開業した。医療コンサルタントからは、「コロナ禍で呼吸器内科を開業するのは得策ではない」と延期するように勧められていた。感染者の来院を恐れて患者さんが減ること、感染リスクの高い呼吸器内科ではスタッフ探しにも苦労することが予想されたためだ。しかし、一つのニュースが、土屋さんの背中を押したという。
「昨年の春、ある力士が発熱して、病院を受診したいとあちこち回ったけれども全部断られ、結局重症化して亡くなられたというニュースがあったんです。コロナに立ち向かえる職業ですので、自分にできることをやろうと思いました。逃げてはいけない、と」
当時、PCR検査ができる施設は、感染症指定機関などに設置される「帰国者・接触者外来」や、同等の感染対策ができる医療機関に限られていた。土屋さんは開業を決意し、同時に発熱外来の設置を東京都に申請した。PCR検査ができる診療所として、東京都内で2例目の承認となった。
防護服やゴーグルなどの感染予防対策は当然ながら、モニターやキーボードにはビニールをかぶせ、壁には防ウィルスコーティングを施す。お金や保険証の受け渡しを含め、土屋さん本人のみが患者と対面する形で発熱外来を開始した。開業当初は毎日診察していたが、患者が増えて一般診療が回らなくなり、現在は週に3回、一般診療を終えたあと、発熱外来の診察を行っている。
●検査結果の連絡は、すべて自分で
「年末は最高に患者さんが多く、検査をするたびに陽性でした」
陽性の判定が続くと、緊張感が増していく。発熱外来がある日はどっと疲れるという。業務の終わりに、前日の患者へPCR検査の結果を伝える電話をする。メールで送ったり、他のスタッフから報告したりするのではなく、土屋さんはあえて自ら電話で伝えることにしている。
「メールで一方的に伝えて終わりだと、患者さんは不安なままだと思うんです。医師である自分が直接結果をお伝えするほうが安心できる。特に陽性だった場合、その後の対応の仕方など、いろいろ聞きたいこともあるはずです」
「検査結果を報告すると、患者さんがすごく安心した声で『ありがとうございます』と伝えてくれることがあります。陽性の方からは『早く診断してくれて助かりました』という声もある。そういう時は本当にやってよかったなと。感染への不安はあるけれど、自分がやらないと困る人がたくさんいる。葛藤が今も日々ありますが、やり続けなければいけないと思っています」
取材をした日の報告は、すべて陰性。土屋さんにようやく安堵の表情が見えた。
土屋さんは、8歳の息子と4歳の娘を持つ父親でもある。娘には障がいがあり、感染は絶対に避けなくてはならない。開業は妻とよく相談したうえの決断だった。
クリニックからの帰り道を、土屋さんと共に歩いた。帰宅時はいつも、楽しみにしていることがある。工作が好きで優しい息子と、最近家で過ごせるようになった娘の顔を見ることだ。帰宅するとすぐ、息子が駆け寄ってきた。俳句で賞をもらったという。
発熱外来の日は必ずシャワーを浴びてから食卓につく。家族団欒の時間は、一番ほっとするそうだ。
「毎日が緊張の連続なので、家族との時間はとても癒やしになっています。今一番楽しみにしているのは、家族とお出かけすること。今の状況が終息したら、みんなで山に行って自然を楽しみたいですね」
発熱外来を必要としない日常を願う土屋さん。その日のために、明日もまた、コロナに立ち向かえる職業として、できることをひとつずつ積み重ねていく。
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受賞歴
釜山国際広告祭ADSTARS(2020, 2016)
SONY PROFESSIONAL MOVIE AWARD
クレジット
監督・撮影・編集:大石健弘
プロデューサー:金川雄策/柳村努
撮影:松永エイゾー
アシスタント:不動 元
Special Thanks:豊洲 はるそらファミリークリニック/市川衛