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ライバルの存在が久保建英を輝かせる。怒りの決勝ゴールの裏側

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
たまには怒った方がよい。ゴールを祝福する仲間を無視する久保(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

エスパニョール戦で久保建英が決勝ゴールを挙げ、仲間の祝福を拒否してユニフォームの名前を指差す、怒りのパフォーマンスをした。

「俺がいるぞ」、そんな感じ。

先発から外された怒りだったのだろうが、イマノル・アルグアシル監督からすれば怒らせてゴールが決まるのなら、それで采配は的中。休んでフレッシュな体に、怒りに任せてドリブルとシュートの切れ味が上がるのなら、これからも先発を外したくなるだろう。

外した監督も正解、外されて怒った久保も正解で、ソシエダは今季初勝利を挙げた。

■久保とS.ゴメスはタイプの異なるライバル

日本では久保を絶賛する動画や文章があふれていると思うが、ここでは引き立て役になったライバル、セルヒオ・ゴメス――パリ五輪で日本代表とも戦った――についても書きたい。比較するとS.ゴメス、久保のそれぞれの凄さが際立つ、サッカーの面白さが味わえるから。

右サイドでポジション争いをする久保とS.ゴメスだが、2人まったくタイプが違う。

久保は凄く見えるが、S.ゴメスは凄く見えない。なぜなら、久保はドリブラーでS.ゴメスはパサーだからだ。

ドリブラーは単独で相手を抜いてシュートまで撃てる。あの決勝ゴールのように。対して、パサーが崩してシュートを撃つには周りの協力が必要で、かつ突破したりゴールを挙げるのが自分だとは限らない。

どっちが決定的な選手か?と言えばドリブラーである。どっちが好きか、と尋ねても「久保の方が好き」という声が多いだろう。派手だし、久保だけ見ていれば凄さがわかるから。一方S.ゴメスは周りとのコンビ具合まで含めて見ないと、少しサッカー理解のレベルを上げないと凄さがわからない。

久保の新ライバルはセルヒオ・ゴメス。パリ五輪で日本とも対戦した
久保の新ライバルはセルヒオ・ゴメス。パリ五輪で日本とも対戦した写真:ムツ・カワモリ/アフロ

■久保の突破力、S.ゴメスの「突破させる力」

それでもS.ゴメスは久保の強力なライバルになり得る。スペインでも久保の方を見たがる人が多いだろうけど、監督はS.ゴメスをかなり頻繁に使って久保に刺激を与えていくだろう。それだけのプレーをした。

S.ゴメスの凄さは、ボールを預けて走り込めば、一発で抜群のタイミングで足下に戻してくれることだ。つまり、ワンツーの中継点(パスを受けて戻す役)になれる。

ブライス・メンデスなりトラオレなりが右サイドに張るS.ゴメスにボールを渡し、駆け上がるとそのランのスピードが落ちないところで、かつ相手のマークが外れるポイントへ絶妙にリターンをくれる。リターンをもらった2人はフリーになっている。つまり、突破できている。

久保の突破力はS.ゴメスにはない。しかし「突破させる能力」では久保よりも優れている。なので、右サイドを突破してほしいなら、監督の選択は「久保一択」かというと、そうではなく、S.ゴメスでも突破力は確保できる。

久保の武器はドリブルという魔法だが、S.ゴメスの武器はブライスやトラオレをドリブラー化する魔法である。

■クロースを髣髴とさせるサイドチェンジ

S.ゴメスは追い越されてナンボの選手だ。

トラオレがあれほど攻撃参加した試合は記憶にないが、これはS.ゴメスのお陰。久保だと単独で崩してくれるので上がらなくてもいいが、S.ゴメスだと上がらないと崩せない。なので、S.ゴメスはしばしばトラオレやブライスの後ろでプレーしていた。

久保の方が「FW的」で、S.ゴメスの方が「MF的」だとも言える。

実際、久保が入るとS.ゴメスはポジションを下げ、ブライスの代わりに右インサイドMFとしてプレーしていた。S.ゴメスはブライスの代わりでもプレーできるが、久保のポジションである右FW=右ウイングの方が輝く。なぜなら、一発で状況を変えられる、左足での大きなサイドチェンジがあるからだ。

S.ゴメスが顔を上げると逆サイドのベッカーが走り込む。その足下にピンポイントでロングパスを送って、ベッカーに決定的なシュートを撃たせ、センタリングを上げさせることができる。そう、あのクロースがしばしばカルバハルに送っていたような……。

S.ゴメスはFKとCKも任されていた。久保がいつもそうしているのと同じように。

プロでレベルを上げる唯一の方法は競わせること。外して怒った選手が活躍するのは監督冥利に尽きる
プロでレベルを上げる唯一の方法は競わせること。外して怒った選手が活躍するのは監督冥利に尽きる写真:YUTAKA/アフロスポーツ

■久保一歩リード。わざと怒らせる選択も

では、久保とS.ゴメスどっちが上か?

移籍市場で高値が付くのは久保だが、どっちがソシエダというチームに貢献するのか、と言えば、詳細に検討しないといけない。

それぞれが優位性のあるアクションを挙げるとこうなる。

久保:単独突破、単独ゴール、エリア内外での予測不可能な創造性、カウンターの起点、速い攻守の切り替え、PK獲得、イエローカード誘発。

S.ゴメス:複数突破、ミドルシュート、ボール支配、チーム全体で前進、サイドチェンジ、守備(左SBで起用したグアルディオラの目が確かだとすると)、使い勝手(FWでもMFでもプレー可)。

タイプがまったく異なるので、相手は対応法を変えることを余儀なくされ、監督も使い易い。どっちかで手詰まりならどっちか出せばいい。

ゴールで久保の一歩リード。次節アラベス戦は休養期間も短いし久保先発だとは思う。ただ、もう一回お仕置き(?)のS.ゴメス先発でさらに怒らせるなんてことをすれば、それはそれで監督の凄い策略だと言える。

いずれにせよ、好敵手の出現によって、ソシエダのサッカーは変わらざるを得ないし、久保はパフォーマンスを上げざるを得ないし、サッカー観も養われるしで、楽しくなってきた。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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