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ブリンケン訪中の真の目的と習近平の思惑

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席に握手する訪中したブリンケン国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 このたびのブリンケン訪中目的に関し、日本の大手メディアは口をそろえてアメリカが発するメッセージを反復するだけだが、真の目的はそんなきれいごとではない。習近平がブリンケンと会った思惑とともに考察する。

◆ブリンケン訪中の裏にある真の目的と窮状

 アメリカはブリンケン国務長官の訪中に先駆け、たとえば14日、キャンベル・インド太平洋調整官が、「米政府は衝突のリスク低減に向けた危機管理メカニズム構築に関心がある」と表明したり、クリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)が「可能な限り責任ある方法で米中の競争を管理したい」あるいは「米中の連絡ルートを確立し、責任をもって2国間関係を管理し、競争が紛争に陥らないようにする」と記者団に言ったりするなど、あくまでも「中国が覇権主義的で横暴な行動をするので危険だから、それを抑えるために話し合いが必要だ」というトーンのメッセージを発していた。

 18日から19日にかけてのブリンケン訪中後も、日本の大手メディアにはアメリカ発のメッセージを反復する視点しかなく、世界が今どのように動いているかだけでなく、米中が本当は何を目的として動き、したがって米中関係や世界は今後このような展開になっていくだろうというマクロな見通しはない。近視眼的にあるいは局所的にアメリカのメッセージをなぞるだけだ。

 では、ブリンケン訪中の裏に隠されているアメリカの窮状と訪中の真の目的には何があるのかを、いくつかの具定例を取って考察してみたい。

 まず現象的に誰の目にもわかる形で起きたのは、アップルのティム・クックCEOやテスラのイーロン・マスクCEOあるいはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏等の訪中と、中国側の熱烈な歓迎ぶりだ。それ以外にも金融大手JPモルガン・チェースやコーヒーチェーン大手スターバックスの経営トップが訪中している。

 クックが訪中した時には李強首相(国務院総理)と会い、イーロン・マスクは新チャイナ・セブンの一人(で習近平の、いざという時の後継者と目されている)丁薛祥(ていせつしょう)第一副首相や秦剛(しんごう)国務委員兼外相とも会談している。

 いずれの場合も、アメリカの経済界要人たちは、「アメリカによる中国経済とのデカップリング(切り離し)には絶対に反対する」あるいは「我々はここに巨大なサプライチェーンを持っている」と中国経済とのつながりの重要性を強調した。

 ビル・ゲイツは北京で習近平国家主席と和やかに会談しており、習近平は「私たちは米国民に希望を託しており、両国人民の友好が続くことを望む」ことや、「アメリカ政府ではなくアメリカの経済界に期待している」旨を伝えている。

 これは何を意味しているかというと、バイデン政権は中国に激しい制裁を加えたり対中包囲網を強化したりしているが、アメリカの製造業はほとんど中国に依存しているため、米企業側はバイデン政権の対中包囲網や制裁に対して、大きな不満を抱いているという証拠なのだ。

 アメリカの製造業がほぼ全面的に中国に依存しているというデータに関しては『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の第三章で詳細に図解してご説明しているので、興味のある方は、そちらを参照していただきたい。

 このような状況にあるため、アメリカのレモンド商務長官は訪中に強い意欲を示している。アメリカの経済界の不満を解消しないと、来年の米大統領選にダメージを与えるからだ。

 また、米国債に関しても同様のことが言える。

 イエレン財務長官が盛んに訪中の意欲を示しているのは、米国債を中国に買ってほしいからだ。しかし中国は何度もやんわりと訪中を断っている。

 加えてケリー米大統領特使(気候変動問題担当)さえ訪中を望んでおり、訪中待機組がアメリカ政府の高官にはズラリと揃っているのである。

 ブリンケン国務長官を差し置いて他の閣僚が先に訪中するわけにもいかないので、中国は「いやいやながら」、やっとブリンケンの訪中を承認したような形だ。

◆訪中したブリンケンへの中国の対応

 従って飛行場に降り立ったブリンケンは冷淡な扱いしか受けてない。

 これだけアメリカが同盟国や友好国に呼び掛けて対中包囲網形成に躍起になっており、台湾の独立派を熱烈に支援して米政府高官の台湾訪問をくり返しては中国を刺激している中で、「ブリンケンを受け容れただけでも、ありがたく思え」というのが中国の基本姿勢だ。

 口では「一つの中国」原則を守るとか「台湾独立を支援しない」とか言いながら、実際の行動は違うだろうというのが中国の本音なのである。

 18日に北京に着いたブリンケンは秦剛外相と長時間にわたり対談し、19日の午前中には王毅・外交トップと会談したが、いずれの場合も中国側は「一方的な制裁はやめろ」と「台湾問題は中国の内政問題なので、一歩たりとも中国は譲らない。アメリカは他国への干渉をやめろ!」という強い姿勢を貫いている。

 19日の夕刻にブリンケンは習近平と会っているが、その時も図表1にあるように、習近平が中央にいて両脇に米中両国の外交関係者が並んでいるという形式的なものだった。

図表1:習近平が中央に座るコの字型座席配置

出典:新華網
出典:新華網

 これを6月16日にビル・ゲイツと会った習近平の様子と比較してみると、その扱い方の違いは歴然としている。

図表2:対等に座って歓談しているビル・ゲイツと習近平

出典:新華網
出典:新華網

図表3:ビル・ゲイツと習近平のにこやかな笑顔

出典:新華網
出典:新華網

 ビル・ゲイツの方も、屈託なく信頼した表情で笑っているが、それに比べてブリンケンの表情は硬く、笑ったら批判を受けるとばかりに、笑顔を見せてはならないと努力している姿勢が図表4からもうかがえる。

 図表4で興味深いのは、習近平の方が柔らかな表情を見せようとしていることだ。言うべきことは秦剛と王毅が十分に言ったので、ここは寛容なところを見せておいた方が得だという計算があったものと考えられる。

図表4:ブリンケンと握手する習近平

出典:新華網
出典:新華網

 それでも2017年3月に、トランプ政権の最初の国務長官・ティラーソンと会ったときと比べると、やはりブリンケンに対しては雲泥の差がある。このときの座席や笑顔の度合いなどを、2017年3月21日のコラム<ティラーソン米国務長官訪中――米中の駆け引き>にある写真と比べると、現在の米中関係が、どれだけ最悪の状態にあるか、想像がつく。そのコラムにある中央テレビ局CCTVのリンク先をクリックすると出て来るのだが、念のために以下に図表5として貼り付ける。動画を切り取ったので、ぼやけているが、雰囲気はつかめるのではないかと思われる。

図表5:2017年、当時のティラーソン国務長官と会談する習近平国家主席

出典:CCTV
出典:CCTV

◆ブリンケンと会った習近平の思惑

 それならなぜ習近平はブリンケンと会ったかというと、そこには習近平としての計算というか思惑がある。

 それは来年1月に行われる「中華民国」台湾の総統選があるからだ。

 台湾では今、独立傾向が強い、親米の民進党総統公認候補・頼清徳(与党)と親中の国民党の総統公認候補・侯友宜(こう・ゆうぎ)(野党)および中立の台湾民衆党の総統公認候補・柯文哲(か・ぶんてつ)(野党)の3人が立候補している。

 民進党は公認候補表明が3月と早かったのに対し、国民党と台湾民衆党は5月に入ってから公認が決定したのでやや出遅れている上に、何と言っても「野党から2人」と、野党支持票が割れてしまっている。ここで国民党と台湾民衆党との連立が誕生すれば野党が勝てるが、そうでもしない限り、民進党が勝つ可能性が否定できない。

 なんとか台湾を平和統一に持って行くか、せめて平和共存で現状維持をしたいと望んでいる習近平にとって、「習近平の対米姿勢」というのは、台湾の選挙民にストレートに影響するので、ここは「穏やかな表情」をたたえているような「振り」だけはしなければならないわけだ。

 だから、たとえコの字型の座席配置でも、ともかくブリンケンには会い、今年11月にアメリカで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に出席してバイデンとの首脳会談に臨む姿を台湾の選挙民に見せたいという思惑があるからだと見ていい。

 それ以外は、米中関係は何も変わらないと言っても過言ではない。

 詳細は『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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