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付属池田小事件の教訓を込めた教材、キーワードは「周囲への信頼」

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
ロイター/アフロ(写真:ロイター/アフロ)

 川崎市で28日に起きた殺傷事件で、児童8人が犠牲になった2001年6月の大阪教育大付属池田小事件を想起した人も多いだろう。SNSでも「池田小」という言葉が目立った。川崎市の事件はまだ動機も含めて未解明な部分も多く、事実について安易な断定はしない。

 この記事では少し角度を変えて、付属池田小が事件後に教訓を生かして、開発した教材について触れてみたい。私は毎日新聞時代に子供を守るための安全・防犯対策について取材を重ねてきた。その中で、特筆すべき教材があった。付属池田小の校長経験者が作ったものだった。私は毎日新聞時代、2012年に取材をしている。当時のノートや自分が書いた記事などをもとに、そこで学んだことを、あらためて記しておこう。

池田小が大事にしたこと

 付属池田小教材の基本的なコンセプトは子供自らが考え、判断力をつけさせるものだった。池田小は事件後にセキュリティー対策を進めた一方で、防災や防犯を学ぶカリキュラム「安全科」も2009年から始めていた。同時進行で動いていたのが、教材の作成だ。

 担当者が課題としていたのは、周囲の環境や人に対して危険性ばかりを強調する教育は、児童がかえって「誰にも助けてもらえない」という孤立感を強めるということだった。危険だと強調することが、子供たちを追い詰めるのだ、と彼は言った。そこで、彼らは発想を変えた教材づくりに乗り出す。それは周囲への信頼をベースにして、子供達が安全について自発的に考えるというものだった。

 強調すべきキーワードは「周囲への信頼」だ。当時の担当者は私の取材に「行き過ぎた防犯意識を教えてしまうと、子供に無用な恐怖感だけが残ってしまい、周囲への信頼感が育たない。それだけでは自分で考えることにつながらないし、困っている人を排除してしまう」と語っている。

正解ない教材

 彼らが5年の歳月をかけて作った教材に正解はない。例えばこんな問題がある。「1人での帰り道。女性に『おなかが痛い。荷物を持って』と助けを求められたらどうするか」。助けようと考えるならば荷物を持ってあげる。しかし、小学生が1人で見知らぬ大人に近寄っていいのかーー。

 子供達は「不審者だったら危ないから逃げる」「助けたいけど一人では怖い」といった答えを自分たちなりに見つけながら、考えていく。授業では保護者からのコメントもフィードバックされる。

 この問いにも正解はないが、授業では教員から「みんなが自分たち一人でできることは限られています。人を助ける時は周囲の大人に助けを求めよう」と児童に呼びかける。自分の周りに信頼できる大人がいるかを見極め、ケースバイケースでどうすれば協力して人を助けることができるか、という視点を持つことが大切なのだという。常日頃から、大人たちと子供が信頼できる関係を築いていおくことが、彼らの安全教育で大切になってくる。

 凶悪な事件や悲惨な事故が起こるたびに、どうすれば子供を守れるのか、という声が上がる。一つ一つの方策を立てることには意味があるが、しばしば置き去りになるのは基本的なスタンスだ。

 付属池田小がたどり着いた教訓は危険とみなすものの排除ではなく、「周囲との信頼感」を作り上げる中で子供達の安全を確保するという考えだった。悲しい事件が起きると、インターネットは感情ばかりが先走る言葉が横行する。あの時の、取材ノートにあった付属池田小の教材には、子供の安全とは何かを「考える」ヒントが詰まっていると思うのだ。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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