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こどもの貧困とスーパープア

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

英国でこどもの貧困の問題がクローズアップされるようになって久しい。

例えば、朝食用のコーンフレークなどを買うと、パッケージに「こどもたちにブレックファストを」といったスローガンが書かれ、小学生たちがシリアルを食べている写真が印刷されていることがある。「なるほど。朝食を抜いて学校に行くこどもが増えてるから、ヘルシー・ライフを推進するために食品会社がキャンペーンをやってるのね」と一見、思える。

が、そうではない。あれは「朝食を抜ける」身分のこどもたちではなく、「朝食を食べることができない」こどもたちにブレックファストを与えるキャンペーンなのだ。写真の下に小さく印刷された文字を読んでみれば、「当社は、こどもの飢餓を根絶し、すべてのこどもに朝食を与えるためのキャンペーンを行っています」と書かれているのに気づくだろう。

英国の貧民街には、3食ご飯を食べることができない貧しいこどもたちのために、学校やコミュニティー・センターで、こどもたちに無料で朝食を食べさせている慈善団体のブレックファスト・クラブが存在する。「こどもの飢餓」なんて、いったいいつからUKは発展途上国になったのか。と思ってしまうが、格差の拡大が進むと、先進国にも発展途上国並みの貧しい暮らしを送る人々が出てくる。

一昔前なら、こどもに食事を与えない家庭というと、親がドラッグやアルコールに耽溺して養育放棄しているアンダークラス家庭というイメージで見られた。所謂ブロークン・ブリテンというやつである。が、現代社会のリアリティーは異なる。親が働いている家庭で、子供たちが満足に食べれないのだ。

先の労働党政権のトニー・ブレア元首相は2015年迄にこどもの貧困を根絶すると宣言した。2005年までには、70万人の英国のこどもたちが貧困から脱出した。これは当時の貧困層のこどもたちの数の4分の1に当たる。彼らの親の多くが仕事に就いたり、生活保護の金額が上がったりしたせいである。この数字は、国際的にも英国への賞賛を集めた。

が、2005年を境に英国ではこどもの貧困率が再び上昇を始める。働いている親たちの給与の上昇率を超えて、物価が上がり始めたからである。もはや親が働いていることが貧困からこどもを救う要因ではなくなった。2005年の時点で、すでに貧困家庭のこどもの約半数が勤労家庭のこどもだったのである。

2006年に労働党政権のこどもの貧困問題アドバイザーに就任したリサ・ハーカーは、英紙ガーディアンにこう書いている。「私は労働・年金省担当の分野だけにリサーチ対象を絞り、他の省庁が関わった問題には首を突っ込まないつもりだった。だが、そのうち私は社会の格差や不平等性の問題と向き合わずにはいられなくなった。そして最終的には『富の分配、収入、社会における機会の均等性といったより広範な部分で変革が起こらなければ、こどもの貧困が根絶されることはあり得ない』と報告書に書くしかなかった」。

2010年から再び英国のこどもの貧困は減少しているが、これは貧しい家庭が減ったわけではなく、金融危機の影響でミドルクラス家庭でも収入が減り、全家庭の可処分所得の平均が下がったからだ。つまり、それ以前と同じかそれ以下の収入でも貧困しているとは見なされない家庭が出てきたからである。これに緊縮財政による生活保護の大幅カットが進めば、2020年までにはこどもの貧困は根絶どころか大幅に増大するだろうという。

現在、貧困家庭の66%が勤労家庭だそうだ。働いても働いても生活苦を強いられ、親も子も食事を抜いているという凄まじい現実が見えてくる。2013年に政府が発表した報告書では、英国の家庭の27%が貧困しているという(地域別ではマンチェスター中心部がワーストで47%)。

「世界で7番目にリッチな国が、そうした状況であるという事実は受け容れがたい」と特定非営利活動団体のオックスファムは言う。

が、これがキャピタリズムを推し進めた国の成れの果てだとすれば、今後の世界は、例えるなら「リッチ層は世界で7番目にリッチだが、プア層は世界で7番目にプア」みたいな一国二極化というか、国民所得を押し上げているのは一握りのスーパーリッチ層で、下層は世界でも有数のスーパープア。というまことにエクストリームな時代になる。世界第3位の経済国である日本でも餓死者が出ているというから、やはり世界はその方向に向かっているのだろう。

「キャピタリズムというのは、一定数の無職者を出さなければ成り立たないシステムだ」

英国の映画監督ケン・ローチはそう言ったことがある。77歳の彼は労働組合を信じる人なので「無職者」という言葉を使ったのだろうが、これは

「キャピタリズムというのは、一定数のスーパープアを出さなければ成り立たないシステムだ」

と言い換えることもできる。

「無職者を仕事に復帰させる。生活保護制度を見直す」という、こどもの貧困問題への取り組み法は、トニー・ブレア時代から現在まで何ら変わっていない。

が、そんな小手先だけの政策は全く機能していない。どころか、状況は悪くなっている。ドラスティックな社会の改革がなければ、21世紀の下層のこどもたちは飢え続ける。

というようなことは、いちいち素人が指摘しなくとも歴代政権は前世紀からすでにご存知だ。しかし彼らはいつまでも同じような「とりあえず」的な取り組みを続ける。いったいなぜだろう。

本気じゃないからである。

それはちょうど、大企業が社会貢献イメージ戦略の一環として、自社製品のパッケージに「こどもたちにブレックファストを」キャンペーンの写真を載せてみるのと似ている。

それはいつも箱の裏側の一番目立たないところについている。まったく貧困など想像させない、健康そうなモデルのこどもたちが明るい光の中で笑っている。

そしてキャピタリズム社会の忙しい大人たちは、むしゃむしゃと一箱じぶんのブレックファストを食べ終わると、そんな写真にはまったく気を留めることもなく、ゴミ箱の中に放る。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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