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外敵も野次も何だって利用し、力にして全米プロ連覇を果たしたブルックス・ケプカの勝ちっぷり

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
どんな苦境にも負けない強いメンタリティ。それがケプカの最大の武器だ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ゴルフの今季2つ目のメジャー大会、全米プロ最終日を控えた土曜日の夜、初日から首位を独走していたブルックス・ケプカが完全優勝を遂げる確率は、米国ゴルフの予想サイト「Eagle(イーグル)」によれば、87.2%ときわめて高いものだった。

 だが、私は一抹の不安を感じていた。べスページ・ブラックのコースレコード「63」をマークした初日は最高の発進を切ったケプカだったが、2日目、3日目と進むにつれて、彼のショットとパットは少しずつ乱れ始めていた。ケプカ自身、「Aゲームではない」と感じ取っていた。だからこそ、大きなプレッシャーがかかる最終日に「何か」が起こる可能性を否定することはできなかったのだ。

 そして、いざ最終日の後半で、ケプカが4連続ボギーを喫し、追撃をかけていたダスティン・ジョンソンとわずか1打差になったとき、「一抹の不安」が現実になりつつあると思わずにはいられなかった。

【ショッキングだった現象は、、、】

 「何が起こるかわからないのがゴルフ」ではあるが、首位を走る選手が最終日のバック9で揺らぐことは、とりわけメジャー大会では、しばしば見られる現象だ。

 その意味では、ケプカが連続ボギーで崩れ始めたこと自体は、そもそも感じていた「一抹の不安」が現実化したと考えれば、実のところ、それほど大きな驚きではなかった。

 少々ショッキングだったのは、べスページに詰め寄せていた大観衆の声援だった。ギャラリーの拍手と歓声は、メジャー4勝目と大会連覇をかけて戦っていたケプカではなく、2位からの逆転勝利を目指すジョンソンに明らかに向けられていた。

 ケプカが4連続ボギーを喫し、「まるでボギー列車に乗っている感じだった」と振り返った11番から14番。その間、ケプカのショットやパットが乱れるたびに、口の悪いニューヨーカーたちは、ケプカの周囲で「DJ!DJ!DJ!」と、あえてDJコールを繰り広げた。

 

 そんな「DJ!」の連呼を聞きながら、開幕前にジョンソンが「なぜだかわからないけどニューヨークの人々はいつも僕を応援してくれる。ニューヨークの人々は味方に付いてほしい人々だよね」と言っていたことが思い出された。

【野次の餌食になった選手たち】

 そう、ニューヨーク近郊で開催された過去のメジャー大会やビッグ大会において、ニューヨーカーたちの野次やブーイングの「被害」に遭った選手の例は少なくない。

 スコットランド出身の“モンティ”ことコリン・モンゴメリーは、どうしてだかニューヨーカーたちの野次のターゲットにされ続け、見かねた人々が「Be Nice to Monty(モンティに優しくね)」と記した缶バッジを作って会場で配ったこともあった。

 それでもモンティへの野次は収まらず、彼の心は激しい野次によって少なからず乱され、悲願のメジャー初制覇を実現できぬまま、シニア入りとなった。

 グリップを何度も握り直さなければスイングを始動できない悪癖に悩まされていたセルジオ・ガルシアもニューヨーカーたちによる野次の餌食になった。

 ガルシアがグリップを握り直すたびに、その回数をカウントし、「あと何回、握り直したらスイングするんだい?」と大声で問いかけ、周囲も大笑い。

 そんな中、ガルシアはスコアを崩していった。

【何だって利用する】

 だが、ケプカは違った。「DJコール」の大喧騒の中で、彼はこう思ったそうだ。

「あのDJコールが僕の集中力を戻してくれた。僕の助けになった。それが15番のナイスショットにつながったんだ」

 4連続ボギーを叩いた直後の15番(パー4)。この日はラフにばかり打ち込んでいたケプカが、15番では見事なドライバーショットを打ち放ち、堂々フェアウエイを捉え、ようやくグリーンを捉え、しっかりパーを拾って悪い流れを一転させた。

 ケプカの周囲で「DJコール」が続いていたべスページは、あたかもジョンソンが「ホーム」、ケプカが「アウエイ」の様相を呈し、ケプカが崩れることにはわずかながらの予測ができていたものの、まさか大観衆の声援がケプカの「外敵」になるとは思ってもいなかった。

 しかし、必要となれば何だって活用するのがケプカ流である。過去に数人の選手たちがしてやられた「外敵」さえも、ケプカは逆利用し、自身の集中力を研ぎ澄ますためのきっかけにした。そこに彼の勝利への執念を感じずにはいられなかった。

 そういえば、2018年1月に左手首を痛め、戦線離脱を余儀なくされたとき、ケプカはワラをも掴む気持ちで馬専門のカイロプラクターを訪ねて処置を受け、痛めはウソのように治まった。その2か月後、彼は全米オープン連覇を果たし、その後に全米プロ初制覇も果たした。

 その昔、ケプカがプロ転向を決意したのは、アマチュアにして初出場した2012年の全米オープンで無残に予選落ちした悔しさからだった。

 どんなことも活用するしぶとさと我慢強さとサバイバル精神は見上げたもの。ケプカに全米プロ連覇とメジャー4勝目をもたらしたものは、そんな彼の心の強さだ。

 ここ2年で出場したメジャー8試合で合計4勝。その強さの礎は、技術よりむしろメンタルで築かれている。ケプカの全米プロ優勝は、ゴルフの本質とは何であるかを物語っている。私は、そう思っている。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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