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「失敗しても責任は私がとる」との上司の言葉を聞き流す若者〜「自由と自己責任」時代には通用しないかも〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「謝り侍」ができる上司が評価されていた時代もあったが・・・(写真:アフロ)

■理想の上司は、昔「星野仙一」、今「内村光良」

明治安田生命保険が毎年全国の新入社員となる人を対象にしたアンケート調査「理想の上司」ランキングというものがあります。

男性部門だと、最近では5年連続でタレントの内村光良さん(ウッチャン)が1位でした。「親しみやすい」「優しい」イメージが選出理由の大半を占めています。女性1位の水卜アナウンサーも同じ理由でした。

約20年前の2000年代だと、闘将と呼ばれた故星野仙一監督がトップになったりしていたわけですが、若手が求める人物像がかなり変わってきたのはこんなことからもわかります。

■「厳しさ」と「面倒見の良さ」が共存していた星野監督

私は元々愛知生まれで、その後関西で育ったこともあり、中日→阪神と監督をされた星野さんはずっとファンでした。そのイメージは、鉄拳制裁も辞さない厳しさと、その裏側にある「最後の責任は俺が取る」という包み込むような面倒見の良さでした。

楽天の監督時代、日本一の後、メジャーに挑戦したいマー君(田中将大投手)を、戦力減が確実にもかかわらず全面的に支援したのは記憶に新しいところです。自分の指導についてきたメンバーの人生すべてにコミットする。誰もがその姿に惚れ込んだものでした。

■今の時代、他人の人生にどこまでコミットできるのか

私はこの星野監督の人間像、上司像は今でも十分通用すると思います。

しかし、それは「本当に厳しさと面倒見の良さが両立するなら」です。星野監督の社会的影響力や人脈、財力があれば、確かに部下の一生の面倒を見る、という言葉も現実的かもしれません。

また、四半世紀前なら、組織で働く会社員の上司でも、「ちゃんと会社の方針に従っていたら、悪いようには絶対にしない」と確信を持って言えたかもしれません。しかし、皆さんもご存知の通り、当時の「約束」は後の日本の「失われた数十年」の中で反故となってしまいました。そんな今、「お前の人生の面倒は見るから」と言える人はどれだけいるでしょうか。

■「自由と自己責任」からは、もう後戻りできない

この数十年で「指示に従えば、責任は取る、面倒は見る」の代わりに流布した言葉が「自由と自己責任」です。

「自由にして良いから、自分で責任を取りなさい」ということですが、本当は「もうあなたの面倒は見られない、責任は取れないから、その代わりに自由にしていいですよ」というのが本音でしょう。

今では、雇用形態から人事制度、異動の仕組みまで、あらゆるところで「自由と自己責任」が広がり、日本の企業社会の常識となっています。そんな時代に「失敗しても責任を取る」という言葉がどこまで信用されるでしょうか。

■「責任を取る」という言葉の意味を明確に

若手は、もし上司が「失敗しても責任を取る」と言った場合、まず「責任って何?」と思うことでしょう。失敗しても自分の評価に影響がないということでしょうか。

それならまだ好感を持たれ、納得すると思いますが、もし「上司が非を認める」とか「謝罪する」というような意味であるのならば、「そんなことしてもらっても別に意味はない」と思うでしょう。

ですから、上司は「責任を取る」と言うなら、意味を明確に定義しなければ、その言葉は若手社員の耳には空疎に響くだけでしょう。

■格好悪くても「自分で選ばせること」が誠実では

私は、今の時代、究極的には上司であっても責任など取れないことが多いでしょうから、相当な覚悟があるのでなければ、軽々しく「責任を取る」などと言わないほうが良いように思えます。

つい、星野監督みたいに器の大きな人間になりたいあまりに、自分の責任担保能力の範囲を超えて「責任を取る」と言ってしまいがちですが(私もそうです)、それは悪く言えば「騙し」になりかねません。

そうであれば、若手から格好悪く見えたとしても、「最後は君が責任を取るのだから、自分で選んだらいいよ」と言うほうが誠実ではないでしょうか。

■責任など取らなくていいから、ちゃんと指示してほしい

実際、冒頭の調査の以前のバージョンで新入社員が上司に期待することを調査した際の1位は「的確な指示をしてくれること」でした。「責任を取る」に近い「面倒見の良さ」は、低いわけではありませんが5位でした。

この結果を踏まえて想像するに、若手が上司に思っているのは、「責任を取るとか取らないとかよりも、ちゃんと的確に指示をしてくれる方がうれしい」ということではないでしょうか。

責任を取るから言うことを聞け、ではなく、自分で責任を持って選択をするから、納得がいくまで細やかに丁寧に説明をしてほしいのです。これからの時代、上司は度量さえあればいいというわけではなく、部下が自分自身で行動を選べるようにサポートをするタイプのほうが喜ばれるのかもしれません。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する記事を連載しています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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