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パラ・デフと元プロ野球選手が語る、アスリート雇用の実態。「O-ENフォーラム」が開催!

佐々木延江国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表
6月9日に行われた「O-ENフォーラム」 写真・オープンハウスグループ提供

アスリートらが競技環境の現状と未来について議論し、パラアスリートの雇用を考える企業関係者らが聴き入った。多くのパラアスリートが「障害者雇用」の枠組みで企業と柔軟に相談しながら、アスリートとして活動している。このシステムは企業・アスリート双方の環境を整える。企業にとっては社会的責任を果たすと同時に業務の効率化や働き方の質を高めることにつながる。

登壇者の集合写真。左から、久下真以子(モデレーター)、小須田潤太(スノーボード)、高居千紘(陸上)、五十嵐亮太(元プロ野球選手) 写真・PARAPHOTO
登壇者の集合写真。左から、久下真以子(モデレーター)、小須田潤太(スノーボード)、高居千紘(陸上)、五十嵐亮太(元プロ野球選手) 写真・PARAPHOTO


冒頭でオープンハウスグループ司会者は同社が法定雇用率を上回る、障害者雇用率2.9%(2023年6月時点)を達成し、長期的に働きがいのある環境作りに積極的に取り組んでいることを報告し、パラアスリート雇用の好調ぶりを紹介した。

現在、多くのパラアスリートが「障害者雇用制度」を活用し、大手企業と雇用契約を結び、取り組みの方向性や練習環境について企業と柔軟に相談しながら、アスリートとして活動している。安定した環境を得ることで目標への取り組みを強化することが可能となる。

またこの関係は、企業・アスリート双方の環境を整える。企業にとっては社会的責任である障害者雇用率を高めると同時に社内の一体感を高め、業務の効率化や働き方の質を高めることにつながる。

パラ、デフ、元プロ野球選手がディスカッション

ディスカッションには、オープンハウスグループ所属、義足のパラスノーボーダー・小須田潤太(パラリンピック東京2020、北京2022日本代表)、コカ・コーラボトラーズジャパン所属のハイジャンパー・高居千紘(東京2025デフリンピックを目指す)、そして、元プロ野球ヤクルトスワローズの守護神と言われた五十嵐亮太が参加した。パラスポーツを専門に取材するアナウンサーの久下真以子氏がモデレーターを務めた。


小須田潤太/パラリンピアン(スノーボード)

交流会で、実演を交えて義足のメンテナンスについて語る小須田 写真・PARAPHOTO
交流会で、実演を交えて義足のメンテナンスについて語る小須田 写真・PARAPHOTO

小須田潤太は1990年生まれ・埼玉県所沢市出身の義足のスノーボーダーだ。2012年、引越し業での仕事中の交通事故で、右足を失った。「脚を失ったことより、荷物のことが心配だった」と、事故を振り返って小須田はいう。自分の人生に半ば興味を失っていた小須田が目を覚ますきっかけとなったのは、2015年、リハビリの担当医に勧められて参加した初心者向け「義足ランニングクリニック」で、講師を務めていたパラリンピック銀メダリスト・山本篤との出会いだった。

「篤さんには、まずはやってみることの楽しさを教えられた」新たな道を切り拓く人生を始めた。

海外選手と表彰台に上がる山本篤(左)。写真は2017年7月の世界選手権(ロンドン) 写真・吉田直人
海外選手と表彰台に上がる山本篤(左)。写真は2017年7月の世界選手権(ロンドン) 写真・吉田直人

北京2022冬季パラリンピック、小須田が出場したスノーボード競技の様子 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人
北京2022冬季パラリンピック、小須田が出場したスノーボード競技の様子 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人

小須田は、山本の後を追って競技を始め、2016年に転職エージェントの紹介でオープンハウスに入社した。当初は週5日の一般業務をこなしながら退社後や週末に競技をしていたが、東京パラリンピックを前に競技に専念するため大阪支社に移動、そのタイミングで競技中心の環境に移った。

東京2020パラリンピック日本代表となり、走り幅跳びで7位。北京2022パラリンピック・スノーボードクロスで7位。楽しむことを知った今「足がなくなって心からよかった。足くれますと言われても断ります(笑)」と、180度変わった人生を心底楽しむ様子を伝えた。

交流会で実演を交えて義足のメンテナンスについて語る小須田。義足の調整がパフォーマンスに直結すると、特に義足のフィット感を高めることに注力している。 写真・PARAPHOTO
交流会で実演を交えて義足のメンテナンスについて語る小須田。義足の調整がパフォーマンスに直結すると、特に義足のフィット感を高めることに注力している。 写真・PARAPHOTO

現在は陸上を離れ、スノーボードに専念しており、2026年冬季パラリンピックでのメダル、そこに向けた世界選手権でのポイント獲得など、プロアスリートとして計画的に競技活動を展開している。

また、プライベートではやはり山本の影響でゴルフにも挑戦しており、2032年パラリンピック(ブリスベン・オーストラリア)でのゴルフの種目化にも期待を寄せている。

高居千紘(デフアスリート/陸上・走り高跳び・十種競技)

高居千紘は、1997年生まれ・滋賀県出身、神奈川在住。本イベントを後援するコカ・コーラボトラーズジャパン株式会社に2020年入社。来年開催される東京デフリンピック日本代表を目指し活動している。高居は生まれつき難聴で中学までは普通学校でバレーボールをやっており、高校時代は滋賀県立聾話学校に進んだ。聾学校では陸上と卓球、美術しか選択肢がなく、陸上に取り組んだという。短距離走や走り高跳びなど複数の種目で優れた成績を収め、走り高跳びと十種競技をメインとしている。

高居千紘(デフアスリート) 写真・PARAPHOTO
高居千紘(デフアスリート) 写真・PARAPHOTO

現在、高居は午前中に一般業務に就き、午後トレーニングを行っている。業務内容は「人事データの分析」で全社員のデータを取り扱う要職に就いている。コカ・コーラの支援を受けて、遠征費などの費用を負担してもらいながら競技に専念できる環境を整え、来年の東京デフリンピックでの金メダル獲得を目指している。

「東京2020パラリンピックのPRや来年のデフリンピックの開催決定で報道も多くなり、デフアスリートも企業に所属し、競技環境を整える選手が増えてきています。しかし多くの選手が自費で活動しています。このような会を設けてもらうことで、企業との接点をもち、より多くのデフアスリートが採用され、競技環境を得られると良いと思う」と、参加者への理解を求める発言をした。

実際、前回2021年ブラジルでのデフリンピックでは、選手一人当たり約30万円(前回大会で金メダルの女子バレーボール)という自己負担を強いられていた。女子バレーは良い方だという。競技により負担額は異なるがデフアスリートが日本代表として出場するには現状高額な自己負担が生じている。東京での開催が迫り、選手への支援が広まることを願ってやまない。(参考:パラフォト・デフリンピックカテゴリー

五十嵐亮太(プロ野球)引退後についての見解

五十嵐亮太は、1979年北海道生まれ、千葉育ちの元プロ野球選手。高校時代に投手に転向し、速球を武器とした。その頃にプロ意識が芽生えていたという。ヤクルトスワローズにドラフト2位で入団し、メジャーリーグでも活躍。2020年に引退した後は、野球解説者としてセカンドキャリアを歩んでいる。

元プロ野球選手・五十嵐亮太 写真・選オープンハウスグループ提供
元プロ野球選手・五十嵐亮太 写真・選オープンハウスグループ提供

「子どもの頃、好きなことに出会えてよかった」という五十嵐は、プロ野球選手が引退後に新たなキャリアを築く難しさを感じているという。「僕は野球解説者になれたが、41歳まで野球して、その後自分の人生と言われても(野球以外)何もない。競技をやめた後、自分から就職活動し、コーチや監督に就く人もいる。アスリートは競技に取り組んできた集中力がある。しかし、慣れるまでには時間がかかります」と、野球選手の引退後のキャリア構築についても、企業の理解と協力が重要という見解を示した。

また、身近な親族に車いす利用者がいるという五十嵐は「競技体験はどこかでできますか?」と質問。モデレーターの久下氏は「多くの大会で、選手が体験会を開催して観客が参加できるように今はなっています。夫(車いすラグビー日本代表・羽賀理之)もいつもやっていますよ」と、説明してくれた。東京2020に向け、様々な競技で体験会が行われるようになった。東京だけではなく、全国の地域でホストタウンプロジェクトなどをきっかけに体験会を開催するケースも増えている。

AOC車いすラグビー2023の会場でラグ車乗車を体験する観客(右) 写真・PARAPHOTO/そうとめよしえ
AOC車いすラグビー2023の会場でラグ車乗車を体験する観客(右) 写真・PARAPHOTO/そうとめよしえ

アスリートは禁酒か?

小須田は、先輩の山本篤に言われてタバコを辞めた。アスリートとしての楽しさや覚悟を教えてくれる先輩の存在は大きかったという。三人が一致したのは「アスリートの禁酒」だった。

小須田「交通事故で足を無くしているので、バイクには乗りません。スノーボードやっている時はお酒もやりません」

五十嵐「メジャーリーガーで緊張をほぐすのにお酒を飲むというのがあるが、たいていの人は飲みません」

高居「お酒は好きな方ですが、競技期間中は我慢しています」

スポーツで海外文化に磨かれる経験

三人は、それぞれ海外遠征や海外でのプレーを経験した。五十嵐はメジャーリーグで、小須田はパラリンピック、高居は世界選手権などにそれぞれ出場し経験を積んでいる。

海外で競技し、選手同士の交流をすると、自ずと日本の競技文化との比較や、パラスポーツ環境の成長への視野が育まれる。その経験がスポーツを通じて社会を切り拓いていく意識を芽生えさせているようだ。

北京パラリンピック開会式、日本選手団の入場行進 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人
北京パラリンピック開会式、日本選手団の入場行進 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人

小須田:「スポーツを取り巻く環境として、スペインの競技場では地域スポーツが盛んで、トップから子どもまで同じところで練習していた。トップ選手がトラックを走り、砂場で子どもが遊んでいる光景があった。物事の捉え方がいいなと思いました。冬の競技もオリンピック選手から一般まで一つのゲレンデに多様なスノーボーダーがいた。日本にはない光景だった」

五十嵐:「日本では野球も危ないと言われ、どんどんやる環境が少なくなっている。同じ場所で、お互いの感覚を楽しめるうようになればと思う」

小須田:「例えば、海外では義足持ってると荷物持ってくれる。日本の人は手伝っていいのかな?みたいになる。まだそういう壁があると思う」

参加者との交流と意義

三人のアスリートを中心としたディスカッションにはパラアスリート支援に関心の高い企業やメディアが参加した。企業による選手サポートの意義について聞き、交流した。

ディスカッションの様子  写真・選オープンハウスグループ提供
ディスカッションの様子  写真・選オープンハウスグループ提供

ディスカッション後の交流会では義足のメンテナンスに関心が寄せられ、小須田の実技を交えた詳しい説明があった。義足ユーザーの中でも腿からの切断を支える競技用義足には高度な技術が必要とされるが、競技用義足や車いすなど保険適応外であり、競技を継続していく上で、技術面、金銭面のサポートが欠かせない。

参加者からは、「企業がパラアスリートを採用・支援することの意義を再確認できた」「パラアスリートが工夫しつつ挑戦し続ける姿勢に感銘を受けた」など、企業のパラアスリートへの協力が社会に与える影響や意義が受け止められ、今後に向けた期待と関心が高められた。

最後に、アスリートたちはそれぞれの目標や挑戦を共有し、参加者に対してパラスポーツへのさらなる理解と応援をあらためて呼びかけた。

北京2022冬季パラリンピック、スノーボード会場の観客席 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人
北京2022冬季パラリンピック、スノーボード会場の観客席 写真・PARAPHOTO/中村 Manto 真人


オープンハウスグループとコカ・コーラボトラーズジャパンの協力により、パラアスリートたちがどのようにして挑戦を続け、成功を収めているかの一端が参加企業へ明らかになった。

アスリートと企業がタッグを組み社会に与える影響を考える重要な機会となった。企業とパラアスリートが共に歩む未来に期待したい。

(校正・久下真以子、地主光太郎、中村和彦)

この記事は、PARAPHOTOに掲載されたものです。

国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表

パラスポーツを伝えるファンのメディア「パラフォト」(国際障害者スポーツ写真連絡協議会)代表。2000年シドニー大会から夏・冬のパラリンピックをNPOメディアのチームで取材。パラアスリートの感性や現地観戦・交流によるインスピレーションでパラスポーツの街づくりが進むことを願っている。

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