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独断で手術し「私、失敗しないので」は不可能? 現実世界で待ち受ける関門の数々

山本健人消化器外科専門医
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

ドラマシリーズ「ドクターX」は今回も高視聴率を維持しており、あいかわらずの大人気。

本職の私も、毎週楽しみに視聴しています。

さて、ドクターXの定番シーンといえば、大門未知子が他のスタッフに黙って勝手に手術を始めてしまい、しばらくして慌てて手術室に駆けつけた上司らが、

「おい大門! 何やってるんだ!!」

と騒ぎ立てるも、大門は歯牙にもかけず、

「私、失敗しないので」

と言い放って手術を続行する、というものです。

ドクターXでは大門の選択が常に正しく、周囲の外科医たちは患者の利益より保身が優先、能力的にも”すこぶる凡庸”なので、この大門の行動力が「痛快」に映る、という仕組みになっているわけです。

では、実際に外科医が独断でこのような手術を行うことは可能なのでしょうか?

もちろん視聴者はフィクションだと分かった上で、

「実際にはこんな勝手なことをするのは難しいだろう」

と思っているでしょうけれど、具体的に「難しい理由」が分かれば、手術の流れも知っていただけるだろうと考えます。

そこで今回は、

「大門が勝手に手術を始めるために越えなければならない関門」

について、真面目に(大人げなく)解説してみましょう。

手術部スタッフへの周知が不可欠

毎回、「患者さんとご家族からの同意」は得られていることを前提として話を進めます。

まずは、手術部スタッフへの周知が必須です。

手術は、麻酔科医と手術室看護師がいないとできませんから、事前に彼らに許可をもらっておかねばなりません。

毎日、各科の医師たちが同時に多くの手術を行っています。

心臓外科、消化器外科、呼吸器外科、脳神経外科、泌尿器科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、整形外科、形成外科・・・

と、あらゆる「外科系」の科の医師たちが手術をしているわけです。

これらが複数の麻酔科医によって整然と管理されるために、たいてい、その日の責任者(大学病院なら助教や講師などの中堅麻酔科スタッフ)がシフトを決めているのが一般的です。

いくら大門の相棒である城之内でも、予定手術で枠が埋まっている状況で勝手に貴重な一枠を奪うわけにはいきませんから、

「今日は大門の手術が入りますので、その部屋は私がつきます」

と責任者に事前に連絡しておかなければ混乱の元です。

手術室看護師も同じです。

手術を行うには、執刀医の横に立って手術器具を渡す「器械出し」(「直介」とも呼ぶ)と、手術全体をマネジメントする「外回り」の、最低二人の看護師は必要です。

全ての手術室にこの看護師らが配置され、しかもシフトとともに次々と入れ替わりますから、看護師長以下全員に、

「今日はお忍びで大門が手術をする」

と通達しておかなければなりません。

手術の多い大病院の手術室看護師は、日中は激務です。

突然手術室に患者さんが運び込まれても、そう簡単にはシフトチェンジできないのです

ただでさえ私たち外科医は、突然の緊急手術の際に麻酔科医や手術室看護師に対し、

「予定外ですが手術室を使わせてもらいたいので、急遽人員を配置してください」

と頭を下げる立場にあるのに、勝手気ままに手術をしようものなら、あっという間に信頼を失って今後協力してもらえなくなってしまいます。

さて、手術部全体の協力が得られたとして、もう一つ大きな難関があります。

病棟スタッフからの協力です。

病棟スタッフからの協力は最難関

手術の前には、病棟での入念な準備が必要です。

例えば、事前に中止しておかねばならない薬があります。

患者さんの中には血を固まりにくくする薬(抗凝固薬や抗血小板薬)を飲んでいる方が大勢います。

心筋梗塞や脳梗塞などの血管の病気の経験がある方は、血を常にサラサラにしておく必要があるからです。

しかし手術では、血が固まりにくいと出血の危険性が高まるため、薬の種類に応じて、手術の1日〜数日前から計画的に中止するのが一般的です(例外もありますが)。

患者さんに理解していただいた上で、薬を病棟で管理しながら、与薬を調節するのです。

逆に、術前に飲まねばならない薬もあります。

例えば腹部の手術では、術前に腸管の内容物を減らすために下剤を投与したり、浣腸を行ったりすることもあります。

手術日に合わせて、複数の薬を計画的に投与する必要があるのです

手術の種類によっては、術前の絶食や特別な食事管理も必要です。

前日の何時から食事を止めるか、水分をいつまで摂取可とするか、など、細かく計画を立てます。

食事を止めるには、栄養部への事前連絡が必要です。

誤って配膳され、患者さんが食べてしまったら手術は中止。大事件です。

また、お腹の手術の場合、臍を掃除する(臍処置)必要があるケースもあります。

手術中に薬剤投与を行うための点滴(末梢輸液ライン確保)を事前に行うことも多いでしょう。

こうした術前ケアは、医師の指示のもと病棟看護師たちが行っています。

病棟看護師もシフト制で、時間帯が変わるとスタッフが次々と入れ替わります。

大門がこっそり手術をするためには、事前に病棟の看護師長以下、全てのスタッフを言いくるめておかないと、

「あれ? この患者さん術前じゃないのになんで薬が止まってるの? なんで食事が中止になってるの?」

と言い始める人が必ず現れ、海老名元部長(今作はヒラに降格)に知られてしまうかもしれません。

そうなったら一巻の終わり。

ニコラス丹下副院長(通称「ニコタン」)に手術を阻止されてしまうでしょう。

術後の態勢も重要

手術に必要なのは、術前の準備だけではありません。

術後の受け入れ態勢を整えることも大切です。

患者さんは、手術によって体に大きな負担がかかります。

術直後は患者さんの体にどんな異変が起こるか分かりませんから、慎重に経過を見なければなりません。

よって手術をする以上、

「術後にどの部屋で受け入れるのか」

「どの看護師が受け持つのか」

といったことを、術前から入念に計画しておかねばならないのです。

大門は手術後にすぐに「晶さん」と飲みに行くことができますが、患者さんがその夜を「安全に乗り切る」には、その後の態勢が計画的に整備されていなければなりません

独断で手術をしても、その後に病棟が受け入れてくれなかったら、患者さんは術後を乗り切ることができないのです。

むろん、こんなシーンをドラマで描いてしまったら、全くもって興ざめでしょう。

ドラマでは主人公の外科医だけが "圧倒的にカッコいい" 方が面白いに決まっています。

しかし実際には、手術は外科医だけでは成り立ちません。

だからこそ、「こっそり手術」はこれほどに大変なのですね。

手術の豆知識は以下の記事でも解説しています。

「医療ドラマの手術と実際の手術とはどこが違うのか?」

消化器外科専門医

2010年京都大学医学部卒業。医師・医学博士。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、内視鏡外科技術認定医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、1200万PV超を記録。時事メディカルなどのウェブメディアで連載。一般向け講演なども精力的に行っている。著書にシリーズ累計21万部超の「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)、「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)など多数。

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