「差別はよくないけれど、障害者施設建設には反対」-「施設コンフリクト」をどう乗り越えるか。
「差別をしてはいけない」ー誰もが学校で学んできたであろう。夏に開催されたオリンピック・パラリンピックにおいても大会ビジョンとして「多様性と調和」が掲げられ、大会を契機として、共生社会を目指していくことが示された。
一方で、オリンピック・パラリンピックにおいては、森元会長の女性軽視発言、クリエイティブディレクターの女性タレントの容姿侮辱、オリンピック開会式において手話通訳がテレビ放映されない(※1)など、「多様性と調和」が掲げられているとは思えない出来事が相次いだ。「差別をしてはいけない」は誰もが当たり前に理解しているはずなのに、このようにして差別はおこってしまっている。
2020年に行われた「グループホーム等障害者関連施設建設をめぐる反対運動に関するアンケート調査」((一社)全国手をつなぐ育成会連合会)においては、過去10年間に、グループホームなどの障害者関連施設の建設や運営開始にあたり、地域住民から反対をされた件数は90件で全体の25%であった(回答356件のうち)。「差別してはいけない」と学んできたはずの住民が、なぜ障害者施設を建設することに反対するのか。
本記事では、施設と地域住民との間で発生する「施設コンフリクト」について実践と研究をしている大阪市立大学大学院の野村恭代准教授にどのようにして「施設コンフリクト」を乗り越えるのかについて話を聞いた。
よかれと思ってつくったグループホームが住民の反対に
ー「施設コンフリクト」とは何ですか?
コンフリクトとは、個人と個人、個人とグループ、グループとグループ、など様々な二者間でおこる、お互いのゴールが両立・共存しない状態で目標を追求しようとするときに生じるもの。個人の中でも発生することがあります。「施設コンフリクト」は、住民と地域、もしくは施設と地域の間で発生し、それぞれの目標に相違があり、それが表出していることにより、当事者がその状態を知覚している状態です。
ーなぜ「施設コンフリクト」の研究をはじめたのですか。
医療法人に勤めていた時に、病気が治って退院しても帰住先がない方が多かったため、グループホームを作ることになりました。そうしたら、地域住民から「障害者が住む家をつくるなんて聞いていなかった」とものすごい形相で言われたのです。そこで初めて、「地域の人は障害者施設をつくるのが嫌なんだ」と知りました。
その後もめにもめてようやくグループホームができ、5名の方が退院後に入居しました。けれど、その後、どんどん入居者たちの状態が悪くなっていったのです。なぜだろう?と思い入居者たちに聞いたところ、住民からいやがらせをうけているとのことでした。挨拶をしても返されない、ひそひそ話をされる、ゴミを出そうとしたら「ここには出さないで」と言われたり... 結果、病院に戻らざるを得ない人も。支援者として、このような事態を想定していなかったことを後悔しました。
なぜこんなことが起きるのだろう?どうやったら解決するのだろう?を明らかにすべく、文献を探しました。しかし、当時は障害者施設建設反対に関する文献はほとんどなく、火葬場やゴミ処理場のコンフリクトに関する文献ばかりでした。これらも含め様々なコンフリクトに関する研究を参考にしながら、社会福祉施設特有の住民の反応はなにか、いかに建設的に合意形成をしていけるかについて実践と研究を積み重ねてきました。
約8割の人が自宅の隣に精神障害者施設を建設することに反対
ー施設コンフリクトが起こる日本特有の要因はあるのでしょうか?
一点目は、プラスの面でもありますが、多くの日本人は本音を隠す点です。特に社会的に良いとされていることに対しては、「良い」という建前を前面に出します。社会福祉施設の建設に対しても、本音は嫌なのに、否定すべき存在ではない、ということは知っているのです。
そのため、はじめは施設への反対の理由は、「手続きの問題」と言われる。その結果、こちらが手続きを変えたら、「障害者は嫌だ」という本音が出てきます。この要因は「障害について知らないからだ」と思われがちですが、ほとんどの人は「障害」について知っています。これが二点目です。日本人は、頭で理解していても、感情の部分で「嫌だ」という人が多いのです。
先日実施した、精神障害者が利用する施設建設に対する意識調査(表1)では、自身の生活圏外に精神障害者施設が建設されることについては、賛成する人が、36.4%、反対する人は13.5%、どちらともいえないが50.2%と回答しました。ここでの50%の「どちらともいえない」はおそらく反対ということでしょう。生活圏内の建設については、32%が賛成、21%が反対、47%がどちらともいえない。そして、自宅の隣の建設についてはは、賛成が22.6%と下がり、反対は32.3%、どちらともいえないが45.1%。自宅に近ければ近いほど反対が増えています。「どちらともいえない」も反対とカウントすると、約80%の人は自宅の隣の建設は反対しているのです。例えばスウェーデンでは自宅の隣への建設賛成が44.6%、アメリカでは45.4%、インドでは61.6%と他国と比較しても低いことがわかります。
ー反対理由にはどのような理由があるのでしょうか?
反対理由としては、漠然とした不安感が一番多いです(表2)。障害者、特に精神障害、目に見えない障害は、危険なんじゃないか、というのが最も多い。次いで治安上の不安、住環境の悪化です。精神障害者に対する漠然とした不安は日本だけではなく、他の地域でも見られていますが、割合を見ると、日本は危険視や不安感が一番高いのです。
障害者と関わったことのない人が51.9%
ーなぜここまで不安が高いのでしょうか?
地域住民の人たちは、これまで障害理解や人権啓発の講座などで、「精神障害とはこういう障害」という知識は得ています。けれど、知識を得ることと、施設を受け入れることは別問題なのです。いくら知識レベルでの理解があっても、差別偏見はなくならない。
そして、これも日本特有の点ですが、日本は障害者と関わったことがないという割合が他の国と比べてダントツで高い(表3)。障害者と関わったことがない人がなんと半分の51.9%。関わりを持ちたい人は26.2%のみ。
そのため、施設建設にあたっての合意形成は、いかに障害者と住民の関係性をつくっていくか、が肝となります。施設側から意図的にその機会をつくりあげていかないと、住民側から進んで障害者を知ろう、とはならない。他の国ですと、例えばイタリアは住民から積極的に関わってみたい、触れ合ってみたい、という声が多いが、日本の場合はそれがない。
ー「障害者との関わり」経験がある人は不安も減るのでしょうか?
関わったから良いということではなく、どのような関わりをしているかにもよります。例えば単発の行事など、ある特定の場面のみでの関わりだと、「この人たちは日常にはいない人たち」「自分たちとは別のグループに所属している」と認識してしまいます。
本当は日常の生活の風景の中で当たり前に生活をしていないと、知識としては得られたとしても感情面では「別」がずっと続く。今の学校の「障害理解教育」も変えていかなければなりません。一番いいのは、早いうちから当たり前に生活する。日常に障害のある人が当たり前にいる。そこから変えないと、障害者に対する感情を伴った理解は難しいのです。
ー一方で、この10年ほど障害者権利条約への批准や障害者差別解消法などの施策がとられてきました。変化はあったのでしょうか?
全国精神障害者地域生活支援協議会の協力を得て、どのくらいの施設がコンフリクトを経験したかという調査を2010年と2020年それぞれ実施したところ、どちらも1割の施設は住民からの反対がありました。この10年、まったく変わっていないのです。住民の意識に影響を及ぼさない政策ってなんの意味があるんだろう...と思ってしまいました。
先日のパラリンピックも、障害者の人に対する見方が変わりました、などの感想もありますが、結局目に見える障害であり、精神障害者はその中に含まれていません。目で見て理解できることは受け入れるけれど、理解できないことは受け入れられない、と捉えられます。パラリンピックをどういう風に感情を伴った理解につなげるか、を本来考えなければならないと思います。
「関係性を築くこと」をゴールにする
ー障害のある人にまつわる施設コンフリクトをはじめとしたさまざまなコンフリクトを解消していくためのカギはなんでしょうか。
まずは、コンフリクト起こしたくない、穏便に済ませたい、ではなく、コンフリクトはおこって当たり前ということを前提とします。
最近はお医者さんから患者のご家族ともめたくない、との相談を受けることが増えました。お互いが本音を出すことが大事です、患者さんがどういう風に思っているかを知ること、そのためには否定せずに聞いてください、とお伝えしています。
施設コンフリクトも一緒です。住民の言うことが納得できないことばかりであっても、まずは否定せずに聞くことが大切です。福祉関係者の常識と住民としての常識が相容れないのは当たり前です。腹をたててしまって一度でも住民の言っていることを否定してしまうと、信頼関係がゼロにもどってしまいます。
また、住民に障害に関する知識の理解を求めるのではなく、施設や利用者と良い関係性をつくることをゴールに置きます。施設をつくることや障害について理解をしてもらうことにゴールをおくと、失敗をする。そうではなく、施設を作る側や利用者と住民との関係性を構築することで、最終的に気が付いたら施設がつくれるという合意形成の仕方をしていくことが、時間はかかるけれど、最終的に住民の納得につながるのです。コンフリクトを合意形成に導くためには、合意形成の手法を技術として用いるという割り切りが必要なのです。
一方で、当事者同士だと感情的になってしまいうまくいかないときもたくさんあります。そういう時には第3者の仲介者が必要になります。私は仲介者としてこれまでいくつもの施設コンフリクトを仲介してきました。仲介するときには、リスクコミュニケーションを参考にし、その要素を細かく分けて、分類して、具体的な手法にしています。
ー野村先生のような方が各地域にいると良いと思うのですが...今後の展望について教えてください。
今までは社会福祉施設を対象にしていましたが、今後は得られた知見を他の公共施設や環境施設に応用していきたいと思っています。
また、コンフリクトの事前予防にも力を入れていきたいです。障害者や施設に対してそもそも差別や偏見が背景にあるコンフリクトを発生させないような地域共生社会を具現化したらどうなるのか、を考え実装してみています。
具体的には、地域の中に誰でも相談できる場所を作りました。福祉の専門家のスーパービジョンの下、障害者とこれまで接する機会の少なかった10名前後の高齢者の方に相談員をになっていただき、勉強会をした上で相談を受けてもらうのです。すると、はじめは精神障害のある人がくると、「おかしい人がきた」と言っていた相談員が、相談を受けているうちに、いろいろあって今の状態になっているんだな、と認識が変わっていきます。どうしたらその人が地域でより生きやすくなるのか?そのために自分には何ができるのか?という発想になっていっているのです。
わがごとまるごとって言葉でいっても難しい。わがごとと思ってもらうためにはどうしたら良いのか、を考えないと。このような仕組みを全国に広げていきたいです。
差別をなくしていくための具体的な方法
野村准教授の実践・研究は、差別をなくしていくための具体的な方法を示してくれている。「差別はダメ」と言ったり、「障害についての知識を増やす」ことでは十分ではなく、実際に日常の中で接することで感情的に理解する機会をつくっていくこと。「良い関係性」を築くことをゴールにして、その機会を提供していくこと。これらは、施設コンフリクト以外の場面でも応用できる。
お話を聞きながら、私自身が8年ほど前に失敗した出来事を思い出した。学校において特別支援教育に関する助言のための見学を依頼された際、私から見て子どもにとって必要な支援がなされていない実態を見て、教師自身の困りや考えを聞く前に、私自身が勝手にいろいろと指摘してしまったのだ。その結果、その教師とは信頼関係を築けず、子どもにとっても私が見学をした意味はなにもなかったという結果になってしまった。
対人支援職として働いていると、かならず「コンフリクト」は起こる。それを前提として、今後も障害に関わる専門家・支援者として、差別をなくしていくための方法を積極的に実践していきたい。
※1 聴覚障害者団体が要望した結果、オリンピック閉会式、パラリンピック開会式・閉会式においてはNHK Eテレにおいて手話通訳が放映された。
【野村恭代准教授 プロフィール】
大阪大学大学院人間科学研究科修了(人間科学博士)。現在、大阪市立大学大学院生活科学研究科准教授。おもな研究テーマは、施設コンフリクトの合意形成、地域における相互支援、居住福祉。日本居住福祉学会副会長。おもな著書「施設コンフリクト-対立から合意形成へのマネジメント」、「地域を基盤としたソーシャルワーク-住民主体の総合相談の展開」