「借金に基づく強制」と日本政府のやる気の欠如。米国務省の人身売買報告書は技能実習の何を問題視したか
米国務省が2021年版の人身売買(人身取引)報告書(2021 Trafficking in Persons Report)を発表し、日本の技能実習制度の問題点を指摘した。
また、国務省はこれまで多くの被害者をサポートし、技能実習制度の問題と闘ってきた英雄(hero)として、弁護士の指宿昭一氏を選出した。指宿氏のほかに選出されているのは、アルバニア、中央アフリカ、ガボン、カザフスタン、メキシコ、カタール、スペインのNGOや政府職員、サバイバー、政治家など7名だ。
私自身、技能実習制度の構造的な問題に関心を持ってきたこともあり、報告書の日本を取り上げた部分に目を通してみた。ボリュームがあり、トピックも多岐にわたる。
この記事では報告書における技能実習制度に関する部分のみを紹介するが、報告書で指摘されている日本の問題は技能実習関連に限られない。日本人と外国人の両方に対する性的な搾取を目的とする人身売買(sex trafficking)や、技能実習制度以外での外国人の強制労働(forced labor)なども指摘されている。
加えて、報告書の指摘は日本社会における人身売買の実態のみにとどまらず、加害者に対する取り締まりや被害者に対する保護などに関する日本政府の取り組みの不十分さにも及んでいる。つまり、ただ単に日本社会には人身売買がありますよという話がされているだけではなく、その加害者と被害者を共に放置している日本政府の問題も合わせて指摘されているということだ。
特に技能実習制度の場合はそもそも国が作った制度自体が人身売買を継続的に発生させているため、政府の問題がとりわけ大きいと言える。つまり、問題を構造的に発生させ続けている根本の部分にも政府の責任があり、その結果として発生した個別の問題に対する対応の不十分さという意味でも政府の責任があるという二重の問題として指摘されている。
念のため最初に記しておくが、この手の話をすると「良い雇い主や監理団体もいる」とか「自分の職場の実習生は幸せそうだ」といった反論が示されることがある。
だが、「そういう場合もある」ということ自体は当然の話であって、同一の制度の中で継続的に問題が発生し続けており、かつその対処も不十分だということを軽視してよい理由にはならない。自分のところはきちんとやっていると思う人であっても、そうでない場合も多くあるという事実に目を向けてもらえればと思う。
強制労働と「借金に基づく強制」
日本の技能実習制度が人身売買とどう関係があるのか。そもそも人身売買とは何かということなのだが、国際組織犯罪防止条約の人身取引議定書3条ではこう定義されている(Human TraffickingやTrafficking in Personsは「人身売買」とも「人身取引」とも訳されることがある)。
様々なパターンを含めるために非常に難解というか読みづらい定義になっているが、性的搾取や強制労働などの目的のために暴力による脅迫や誘拐、詐欺など様々な手段を用いて人間の売買・取引をするような行為だと理解しておけばひとまずは良いだろう。
加えて、性的搾取や強制労働などに対して本人が表面的に同意していたとしても、それが脅迫や詐欺などの手段の結果であれば人身売買・人身取引だと定義されていることも重要だ。
実際に、技能実習との関係においても報告書では強制労働(forced labor)という言葉がたびたび登場する。つまり、一部の実習生に対して、技能習得の建前や事前に合意した内容とは異なる労働など、本人の意思に反した労働が強制されているような状況があるということを指摘している。
その要因の代表的なものとして何度も挙げられているのがdebt-based coercionである。ひとまず「借金に基づく強制」と訳しておくが、債務奴隷(debt slavery)や債務労働(bonded labor)といった類似の言葉を想起させる。
借金をテコにして意思に反した労働が強制可能となっている支配的な関係性、借金があるためにどんな労働でも命令されれば拒否できずに従うしかない関係性だと言えるだろう。
ではこの「借金」はどこから来るのか。出身国における送り出し機関が、実習生に対して違法に数千ドルもの高額な手数料などを課していることを指摘している。こうした現状も踏まえ、日本政府は14のアジア諸国との間で技能実習に関する二国間取り決め(協力覚書)を締結しているが、実質的にはあまり効果がないとしている。
「借金に基づく強制」以外にも、技能実習制度に見られる強制労働的な特徴がいくつも挙げられている。監理団体や実習先によるパスポートを含む法的かつ個人的な書類の没収、劣悪な住環境、移動やコミュニケーションの自由の制限、強制的な帰国や家族への危害などの脅し、物理的な暴力、妊娠や病気などによる強制帰国の取り決め、精神的な強制、労働組合をやめさせる、賃金の差し押さえなどである。
日本政府の不十分な対応
次に、技能実習制度を利用しながら実習生の人権を侵害している一部の民間事業者、そしてその被害を受けた実習生に対する日本政府の対応の不十分さへの指摘についても見ていく。
すべての前提となる問題として指摘されているのが、技能実習関連を含むあらゆる人身売買的な状況や犯罪に取り組むべき日本政府における「政治的意思の継続的な欠如(continued lack of political will)」だ。つまり、そもそも日本政府自体にやる気がないと言われており、その結果として政府の取り組みにも全体的に進歩がないと言われている。
次に、具体的な指摘の部分に話を進める。技能実習関連での問題がNGOなどによってたびたび報告されているにも関わらず、日本政府は積極的な捜査などをほとんどせず、罪を追求せずに放置している。
例えば、技能実習生からのパスポートの没収は禁じられており、その事例が報告されているにも関わらず、捜査していない。また、裁判所も過度に物理的な証拠を重視し、精神的な強制を軽視することで、適切な法執行を妨げているとも指摘している。
実習先を離れるいわゆる「失踪」についても言及がある。その原因は様々だが、中には帰国の強制を含む強制労働的な状況からの避難や逃走という場合があるにも関わらず、政府は摘発、収容、送還を進めているとしている。契約終了前に帰国する実習生へのインタビューの数や、強制帰国に対する介入が何件成功したかなどのデータについて、政府が公表していないことも指摘している。
技能実習生の数が増加を続ける中で、監理団体や実習先(実習実施者)を監視・管理する政府側の人数の不足についても取り上げている。特に、外国人技能実習機構(OTIT、厚労省と法務省が共管する認可法人)のスタッフが少なすぎ、強制労働を含む様々な申し立てや相談に対して適切に対応できていないとしている。
このように、報告書では政府の取り組みの不十分さについても多角的に指摘している。本来であれば、日本政府自らがこうした問題に積極的に取り組み、市民に対しても情報を共有すべき話だ。もちろん日本政府にも言い分はあるだろう。やることはやっていると言いたいかもしれない。だが、ここに記されているような実態は、つい最近でも私自身が耳にしている。
そして、国務省がこうした報告書を執筆できる背景には、彼らが日本で日本政府だけでなくNGOや支援団体など様々な人々から聞き取りをしているという事実がある。つまり、日本政府が耳を傾けないからこそ、日本国外へと声を発している日本国内の人々の存在がある。
最後に米国務省が公開した映像での指宿弁護士のスピーチを紹介する。指宿氏は日本語で話し、英語のキャプションが付されている。全世界に対して、発信されている。
技能実習生について私が最近書いた記事を紹介する。よかったら読んでみてほしい。
・「これで有罪になれば大変なことになる」孤立出産で死産した技能実習生の起訴に対して医師が示した危機感(Yahoo個人、21.6.29)
・彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1)(ニッポン複雑紀行、21.6.16)<続編(2)・(3)>