現実になってきたチャイナリスク
中国政府が世界の自由市場経済に背を向け、勝手に中国通貨の元を切り下げた。日本はつい2~3年前までの円高に泣かされながらも、市場に任せるという市場経済のルールを守り、アベノミクスの円安誘導まで我慢した。政府が勝手に自国の通貨を上げたり下げたりすることは自由市場経済に反する。天津では、危険物を扱う工場が巨大な爆発事故を起こした。1km以上も離れていたアパートメントやスーパーマーケット、トヨタ自動車なども損害を被った。チャイナリスクは現実化したと言える段階に来た。
1990年代後半から2000年前半にかけて中国を何度も訪れ取材していた。その拝金主義を何度も味わった。当時中国では外国メディアが出版社を設立することが禁じられているが、政府関係者でさえ「私に依頼すれば出版できないことはない」と袖の下を露骨に要求されたこともあった。中国に10年以上も進出していた、ある商社は数億円という単位の金をだまし取られたという話も聞いた。ある電機メーカーは、海外工場建設先をインドネシアと中国で比較したところ、中国の方が人件費は安いということで中国を選んだが、工場を稼働し始めると、一人1軒の社宅と1台の自転車をよこせと言う要求をしてきて、結局中国の方が高くついた、と嘆いていた。この当時は、共産中国が、社会主義市場経済という矛盾する目標を立てて、手探りながら市場経済を模索していた時期だ。
こんな折、中国における半導体政策が進められ、中国内で半導体産業を育てるという目標を立てたことで、中国内の半導体メーカーを取材した。上海にはSMIC、Grace Semiconductor、NECとの合弁の上海華虹NEC、天津のMotorolaなどに加え、昔からの地場のASMCなども訪ねた。華虹NECは結局全てNEC側が手放し、Motorolaも失敗に終わった。世界的に何とか通用した企業は結局、SMICだけだった。それも一度つぶれかかった。
これまでの中国の企業、経済、産業マインド、社員のマインドなどを肌身で感じてきたが、半導体産業を共産中国で行うことに疑問を感じる。半導体製造産業は、設備投資資金を費やし、設備を買いさえすれば誰でもできるという産業ではない。製造ノウハウやタレント(才能のある人材)、残業をいとわない熱心なエンジニアなども欠かせない。台湾のTSMCや韓国のサムスンは残業もいとわずに一所懸命に半導体ビジネスをずいぶん大きくしてきた。人に金をかけ、それに応えるだけの働き方も要求されるが、拝金主義の共産中国で一所懸命に働くことができるだろうか。
簡単に金儲けできることに共産中国人は興味を示すが、半導体産業は簡単に金儲けできる産業ではない。半導体デバイス物理やプラズマ物理、化学反応などの理解だけではなく、もっとシステマティックな生産工程(Industry 4.0のような)の考えも製造には求められる。最近の半導体プロセスではまさにビッグデータ解析そのものや、多変量解析などの数学的知識も要求されるようになっている。だから、ここまで複雑になった半導体産業を共産中国で育成することは無理だろう、と思う。
ところがここにきて、中国政府は、再び半導体産業の自国育成を目標に2兆円とも言われる政府系のファンドを設立した。これまでは自国の企業に投資して半導体産業を育成しようとして来て失敗したため、今度は買収という手を使うことで、半導体企業を手に入れようとしている。中国マネーはDRAMのマイクロンテクノロジーをはじめとして、SRAMのISSI社、さらには白色LEDのブリッジラックス社にも買収を迫っている。
中国ファンドが海外企業を買収できたとして、自国内で本当に技術移転して、育成できるだろうか。簡単に海外企業のやり方をコピーしてそれを中国の生産ラインに移転できるだろうか。歩留まりを上げるためのさまざまな施策、さまざまな工夫、ノウハウ、経験、勘所などは一所懸命に働いて得られるものである。
2000年ごろ中国では、まず沿岸部から国を豊かにし、少しずつ奥地へ奥地へとその豊かさを広げ、50年後にはシルクロードの西まで豊かにする、という方針を立てていた。当時の中国は上海や深せんなど沿岸部が豊かであっても、その情報は西の方まで伝わらなかった。当時、深せん郊外の東莞の工場を訪れ、そこでは、女子工員は6畳一間に6人が寝る2列の3段ベッドが与えられ、1メートル四方の簡易トイレのような木製のシャワー室で体を洗っていた。まるで女工哀史のような工場だった。しかし、工場長などの幹部は、「彼女の故郷はもっと貧しい所なのですよ」と教えてくれた。ここでは言い尽くせないが、日本にいてはとても想像できないような貧しさでショックを受けた。
ところが、インターネットの定着は政府が思いもしなかったことを惹起した。情報がどこにいても入るような状況になったのである。西の貧しい人たちは、東であれだけのお金を得ているのなら私たちの賃金も上げてくれ、と言い出すようになった。中国全体の賃金の底上げが一挙にやってきたのである。西部においても賃金が上昇するということになると、世界の企業は中国で製造する意味が乏しくなってきた。世界の企業はこれまで中国で投資を行い、その投資額が中国GDPの半分近くを占めていた。いま、世界企業が中国から撤退し始めたため、中国経済は急速に悪化してきたのである。
さらに、今回の爆発事故と、その余波としての猛毒ガスの散逸、政府による勝手な元の値下げ、などチャイナリスクが表面化した。元の切り下げは経済が行き詰っていることの裏返しである。今後、中国マネーが半導体をはじめとする成長産業を買おうとする場合、国内企業、政府はどのように対応すべきか、今からある程度は想定しておく必要がある。