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レモンポップからイクイノックスまで。上半期のJRA平地GⅠを振り返る

勝木淳競馬ライター
撮影・筆者

■1~4着タイム差なしのダービー

イクイノックスが世界1位の実力を改めて披露した宝塚記念が終わり、JRA上半期のGⅠがすべて終了した。過酷な条件下で行われたイロゴトシの中山グランドジャンプ以外の平地GⅠ12レースのうち、1番人気の勝利は1/3にあたる4つ。2番人気3勝、4番人気3勝、ここまでで10レースなので、比較的上位に支持された馬たちが力を出したシーズンではあった。一方で、9番人気と12番人気が1勝ずつ。稍重のNHKマイルC(シャンパンカラー)と不良の高松宮記念(ファストフォース)いずれも雨の影響を受けた。NHKマイルC当日は出走馬がパドックに姿をあらわすタイミングで立夏を過ぎたとは思えない冷えた空気と強まる雨が印象に残った。シャンパンカラーは前走ニュージーランドTで揉まれた経験を糧に雨中の府中を力強く駆け抜けた。良馬場以外のGⅠは平地ではほかに皐月賞、天皇賞(春)と4つあり、週末に崩れる天候も結果に影響した。

皐月賞は1973年ハイセイコーが勝った年以来、50年ぶりの重馬場だった(間に1989年ドクタースパートの不良馬場を挟む)。午後から雷鳴も轟いた中山競馬場で大外一気を決めたソールオリエンスは、はじめて前走京成杯から皐月賞を勝ち、データをひとつ更新した。ダービーでは単勝1.8倍の1番人気に支持されるも、タスティエーラにわずかクビ差及ばず、人馬ともに涙を呑んだ。ダービーは1~4着までがタイム差なしという史上初の結果になった。チャンピオンコースの東京芝2400mで3歳同士の争いとなると、能力差がくっきり出やすく、ゴール前は接戦もあるが、バラけて入線する場面も多い。ということはタスティエーラとソールオリエンス、そしてハーツコンチェルト、ベラジオオペラの戦いは秋に向けて新たなステージに入ったといえる。

オークスは対照的に現状の力の違いが如実にあらわれた。リバティアイランドは2着ハーパーに6馬身差もつけた。後方から次元の違う決め手を繰り出した桜花賞もあわせ、鮮烈だった。秋は牝馬三冠に挑む。無事に夏を越し、再び美しく力強い走りを見せてほしい。

■関東のGⅠは関東馬、関西のGⅠは関西馬

平地12レースのうち、関東馬7勝、関西馬5勝という結果は興味深い。というのも関東馬7勝はフェブラリーS(レモンポップ)、皐月賞、NHKマイルC、ヴィクトリアマイル(ソングライン)、ダービー、安田記念(ソングライン)、宝塚記念(イクイノックス)。宝塚記念以外はすべて地元関東の競馬場でのものだった。

反対に関西馬は高松宮記念(ファストフォース)、大阪杯(ジャックドール)、桜花賞(リバティアイランド)、天皇賞(春)(ジャスティンパレス)、オークスの5勝で、リバティアイランドのオークスを除くと、こちらも関西でのレースばかり。地元のGⅠに強いという傾向があった。久々に淀に舞台を戻した天皇賞(春)は地元のジャスティンパレスが勝利した。阪神の急坂もキツイが、やはりアップダウンを2度通過する淀の2マイルもまた過酷なレースになった。

トレセン近郊の牧場などへ競走馬の輸送が盛んに行われ、馬が輸送慣れした現在、どこまで輸送のアドバンテージがあるのか分からないが、この上半期は東西ともに地元のレースで強かった。秋は東西のGⅠ競走数は春と裏返り、関東5、関西7。秋は関西馬の逆襲だろうか。

前走勝利し、連勝でGⅠを制したのは半数以上の7頭。なかでもソングラインはヴィクトリアマイルと安田記念を連勝し、安田記念は連覇でもあった。これは名牝ウオッカに並ぶ。前走2着だったのはタスティエーラとファストフォース。特に後者は高松宮記念12番人気と完全に人気の盲点だった。7歳29戦目でたどりついた栄光は泥だらけの姿と団野大成騎手のGⅠ初制覇として記憶に残る。6月8日付で競走馬登録を抹消し、北海道新ひだか町のアロースタッドで種牡馬になる予定だ。

10番人気以下が馬券に絡んだのは上記ファストフォースも含め、5例あった。このうち2例が大阪杯ダノンザキッド10番人気3着、宝塚記念スルーセブンシーズ10番人気2着でいずれも阪神内回りでのもの。ここ数年は阪神内回りの難しさを痛感したが、大阪杯はジャックドールが逃げ切り、宝塚記念はイクイノックスが後方一気を決め、正反対の決まり手だった。やはり阪神の内回りはちょっとしたことでレースの顔が変わるので、繊細だ。もう一例がオークス15番人気3着ドゥーラ。一本かぶりの大本命が余すことなく力を発揮すると、馬券は意外と当たらない。そんな格言通りの結末だった。近走マイル戦3戦連続敗退の中距離実績馬。終わってみれば納得できる。

■若きホースマンの躍進

騎手が乗り替わったGⅠ勝利は3つ。9勝は前走と同じ騎手なので、やはり基本的には継続騎乗が強いものの、3つのうちダービーは69年ぶりの実戦初騎乗騎手(いわゆるテン乗り)による勝利だった。レーン騎手は岩下密政騎手(ゴールデンウエーブ)と名前を並べた。不思議な世界観。競馬が紡ぐ歴史は長い。

残る2つはヴィクトリアマイルとフェブラリーS。フェブラリーSを勝ったレモンポップは戸崎圭太騎手で根岸Sを勝ったあと、陣営が本番出走に際し、状態面を慎重に見極めたため、戸崎騎手から坂井瑠星騎手へスイッチした。フェブラリーSで東京ダート8勝、マイルは武蔵野S2着など少し距離が長いと目されたが、坂井騎手が序盤レモンポップを巧みになだめ、距離の壁を一気に超えていった。開業7年目37歳の田中博康調教師とともに若いホースマンが躍進した。

上半期はタイトルホルダーの競走中止やスキルヴィングの事故など無事にレースを終える尊さも身に染みたシーズンだった。競馬の華やかさの裏側にある過酷な一面も教えられた。忘れたくない。

そして間もなく下半期の競馬が開幕する。実りの秋に向け、主役の座を巡る戦いはすでに始まっている。

競馬ライター

かつては築地仲卸勤務の市場人。その後、競馬系出版社勤務を経てフリーに。仲卸勤務時代、優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)、AI競馬SPAIA、競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にて記事を執筆。近著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ(星海社新書)

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