入部義務付け運動部? 子どもたちが参加したくなるスポーツ活動を目指して デトロイトの実践より
内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授が、学校の部活動は本来は自主的な参加によるものであるのに、生徒全員に入部を義務付けている学校が岩手県では99%もあり、静岡県や香川県でも入部義務付けの学校が半数に達していることを指摘した。
部活動 「自主的」なのに「全員加入」 全国の学校で長年つづく“制度違反”
自主的に参加するはずの活動なのに、慣習によって半ば強制的に参加させられるというおかしな格好になっている。
参加したくなる活動内容を目指す
筆者の住む米国でも子どものスポーツの場で参加者を増やそう、加入率を高めようという動きは盛んだ。しかし、子どもたちにスポーツ活動参加を義務付けるのではなく、いかにしたら子どもたちが足を運びたくなる活動にしていけるかということに知恵を絞っている。
ひとつの例としてデトロイト市内のユーススポーツ団体の取り組みを紹介したい。2013年に市の財政が破たんしたデトロイト市内は隣接する市に比べて低所得世帯が多い。廃屋が多く、子どもたちが安全に遊べる場所も少ない。デトロイトPALというNPOでは、厳しい環境で育つ子どもたちに、安い参加費でスポーツする機会を提供することに力を入れている。
実際に子どもたちを指導するのは市内外からのボランティアたち。このボランティアをNPOの職員であるアスレチックディレクターがとりまとめていて、シーズンごとにコーチ講習を開催している。筆者もこのコーチ講習に2度参加した。この講習では、子どもたちにどのように接するかについての内容が中心。「子どもたちがチームを辞めていかないようにするためにはどうしたらいいか」についても話し合った。
デトロイトPALには、子どもがスポーツから離れていくことで、子どもたちが放課後の時間帯にトラブルに巻き込まれたり、トラブルを起こしてしまったりするのではないかという懸念がある。犯罪から子どもたちを守ると同時に、子どもたち自身が罪を犯さないように居場所を作り、コーチとのつきあいを通じてよりよい市民に成長していってほしい。運動不足による肥満を防ぐといった健康の面からも、スポーツ活動に参加して欲しいと願っている。
日本と米国デトロイト市では事情が違うが、デトロイトPALがスポーツを通じて人格形成しようとする取り組みと日本の運動部活動を生徒指導に活かそうという姿勢はそれほど違わないのではないだろうか。ただし、前述したようにデトロイトPALでは参加を義務付けるのではなく、子どもたちが参加したくなる、続けたい、と思える活動内容を目指している。
指導者がキライ。プレッシャーがイヤ。チームは弱くても試合に出ることは楽しい
活動内容についての話し合いで使われた資料は次のようなものだ。
デトロイトPALが「なぜ、子どもたちはスポーツから離れていくのか」を調査してまとめたもの。
・興味の対象が変わった。
・子ども自身がこうなりたいと思うほどに、能力がついていかなかった
・楽しくない
・プレッシャーが嫌い。
・指導者が嫌い。
2004年にはスポーツマンシップ倫理ジョセフソン研究所が、男女を問わず子どもたちの72%が、強豪チームで控え選手であるよりも、弱いチームでも自分自身が試合でプレーできるほうがいいと考えているという調査結果を発表した。
また、米国の子どもたちの間でスケートボードの人気が急上昇している理由は以下のようなものだとされている。
・指導者の関与がない
・決められた練習がない
・正式な試合が少ない
・保護者の関与がない
このような調査結果を踏まえてデトロイトPALでは次のような活動方針を掲げ、指導者講習でも徹底している。
「勝敗にはこだわらない」
「多くの子どもたちがプレーしたいと感じ、次のシーズンも戻ってきてくれることが重要」
「勝敗で指導者を評価しない。どれだけ勝っても辞めていく子どもが多いチームや指導者は評価しない」
「チーム全員が楽しめるようにチーム内でルールを作ってもいい」
「高校でスポーツをしている生徒のうち99.5%はプロ選手になることができないので、デトロイトPALではプロ選手養成については考えない」
練習や試合で子どもたちを罵らず、試合ではミスに焦点を当てるのではなく、少しでも評価できるプレーを見つけるようにするなど、楽しめる環境づくりに努めている。指導者の指示に全く従わない、チームメートとけんかばかりする子どももいないわけではない。そのときには、ボランティア指導者がデトロイトPALのアスレチックディレクターと相談しながら対応を考える。「言うことを聞かないので辞めさせる」ことをできるだけ避けるためだ。
アメリカの子どものスポーツも問題は多い
デトロイトPALはスポーツ活動からドロップアウトする子どもが出ないように、多くの子どもたちが新しく参加してくれるようにと力を入れている。
それは言い換えれば、米国でも子どものスポーツの場で様々な問題があるからとも言える。プロ入りや競技優秀者に与えられる高校や大学の奨学金を目指して、一部では子どものころからし烈な競争が繰り広げられているのだ。
プロや奨学金を目指さなくても、高校の部活動では主な集団競技はトライアウト制になっており、登録人数の枠を勝ち取らなければ望む運動部に入ることができないケースもある。高校で希望する運動部に入るために、子どもには早い時期からスポーツをさせたいと考える保護者もいる。日本で部活動に入っているほうが内申書や就職活動で有利らしいと考えられているのと同じように、米国でもよい大学に入るためには、高校時代での運動や音楽、芸術、奉仕活動などに参加しているほうがよいと考えられている。
米国でも、勝利至上主義に陥り、指導者や保護者が子どもたちを罵ったり、プレッシャーをかけたり、過剰な練習を強いているチームもまだまだ多い。
また、習い事としてのスポーツが盛んで、さらに高額な費用が必要なプライベートレッスン市場も大きいことから、低所得世帯の子どもたちは不利な状況を強いられている。
それだけに子どもとスポーツに関するさまざまな調査結果を指導者と保護者に分かりやすく提示し、子どもたちがより楽しめる活動を目指すデトロイトPALの取り組みは高く評価できるのではないか。部活動への参加を義務付けている学校で、逆にスポーツ嫌いの生徒を増やしていないか気がかりだ。