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九州北部での硫黄臭の原因は?

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:イメージマート)

2022年12月21日朝、九州北部で硫黄臭がするという通報が相次ぎました。

福岡県や佐賀県など広範囲で硫黄の臭い 通報相次いだが、原因は不明(朝日新聞デジタル)

大気汚染物質の濃度は、都道府県ごとに十数〜数十の観測地点で常に把握されています。そのうち、二酸化硫黄の濃度が、通常時よりも1桁ぐらい高い状況が、福岡県や佐賀県のいくつかの観測地点で数時間続きました。高濃度のピークの時刻と、通報が相次いだ時刻は一致しています。ピークの濃度は、福岡市中央区で0.023ppm、鳥栖市で0.018ppmなどです。ただし、健康を保護する上で望ましいとされる環境基準は、二酸化硫黄では0.1ppm以下(1日平均で0.04ppm以下)なので、環境基準には収まっています。

二酸化硫黄が高濃度となった原因について、現段階では3つ候補があります。それぞれの候補について、考えていきます。

候補1:越境大気汚染 → 可能性低い

九州で大気汚染物質の濃度が高くなると、原因として真っ先に考えるのは、大陸からの越境大気汚染でしょう。しかし、大陸から越境飛来してくるような気象条件ではありませんでした。そのことは、私が開発したソフトウェアSPRINTARSによる計算でも示されていました。

候補2:工場などからの漏洩 → 可能性低い

大気汚染物質が一時的に高まる原因として、工場・廃棄物処理・野焼きなどからの発生源も考えられます。しかし、その場合は、その発生源の近場、例えば、大気汚染物質の観測地点の特定の1地点のみで高濃度となります。今回の現象では、福岡県では福岡・久留米・朝倉・篠栗など、佐賀県では鳥栖・基山と、比較的広範囲で通常よりも高濃度になったため、工場などからの漏洩の可能性も低いでしょう。

候補3:火山起源 → 可能性が高く桜島起源を示唆

福岡や佐賀から少し離れた発生源から、広がりながら風に流されてくると、比較的広範囲へ影響することになります。福岡と鳥栖の二酸化硫黄の観測データを見ると、濃度が高くなり始める時刻は鳥栖の方が1時間早いため、南から流れ込んだことが想像されます。また、SPRINTARSによって計算されたシミュレーション結果を下図で示しますが(上から前日12時頃、当日0時頃、当日9時頃)、前日に桜島付近にあった二酸化硫黄が高濃度の空気が、九州西岸を通って、福岡市を中心とした高濃度を形成したことが示されています。同様に、米国海洋大気局のソフトウェアHYSPLITを利用してシミュレーションしても、鹿児島からの空気の流れを示しました。

前日12月20日12時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果
前日12月20日12時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果

当日12月21日0時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果
当日12月21日0時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果

当日12月21日9時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果
当日12月21日9時頃の地上付近の二酸化硫黄濃度のシミュレーション結果

そして、鹿児島県による大気環境測定の結果によると、桜島(有村)で、前日の18〜21時に明らかな高濃度、ピークで0.157ppmの濃度が測定されていました。桜島は活火山ですが、この濃度は通常よりも高いです。

なお、SPRINTARSによるシミュレーションでは、桜島からの平均的な二酸化硫黄の発生量を仮定して計算しています。上図のシミュレーション結果では、実際に福岡市で観測された濃度の3分の1程度のため、通常よりも二酸化硫黄が多く発生して、それを含んだ空気が流れ込んできたと考えるのが妥当です。ただし、この程度の二酸化硫黄の発生量の増加は、特に火山活動が活発にならなくても起こることでしょう。

また、硫黄臭がし始めたタイミングが、雨が降り始めた時刻とほぼ一致します。二酸化硫黄は水に溶けるので、上空で運ばれてきた二酸化硫黄が、雲や雨に溶けて地上に落ちてきて、異臭がし始めた可能性があります。一時的に桜島で多く発生した二酸化硫黄が、九州北部の上空に流れ込んできたタイミングで、偶然雨が降った。これが、今のところ考えられる、今回の現象のもっともらしい原因ではないかと思います。

【追記】

硫黄臭自体の原因物質は、硫化水素であると考えられます。火山からは二酸化硫黄と硫化水素は一緒に放出されるのが一般的です。二酸化硫黄も硫化水素も水に溶けやすい物質です。広く観測されている物質は二酸化硫黄であるため、この記事では二酸化硫黄の動きについて解説しました。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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