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ユーザーエクスペリエンスが重要な時代を生きる方法

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
AMDの新型アプリケーションプロセッサ

半導体を中心に、その応用であるモノづくりやITなどのシステムを見ていると、半導体陣営とITや産業機器関係者との将来の見方に温度差を強く感じる。ざっくり言えば、半導体関係者は悲観的、IT関係者は楽観的だ。ITでは、2020年には500億台のマシンやデバイスがインターネットとつながる時代になり、データレートはギガビットからテラビット単位に高速になるというような明るい未来を描く。半導体エンジニアは現在最先端の20nmプロセスの先には14/16nmプロセス、さらに10nm、7nmまでくると、もう限界ではないかとささやいている。

この温度差は何か。半導体エンジニアはハードウエアのことしか考えていないからではないだろうか。半導体だけしか知らない者は、原子レベルと微細化を比較し、微細化のレベルがそろそろ原子レベルに到達していくことを知っている。量子論的な不確定性原理やトンネル効果、電子の波としての性質などが見えてくる。だから限界がくる、とすぐに結論付けるのであるが、もっと目を開けて応用面を見てほしい。

AMDが28nmプロセスの新型プロセッサ(図1)を発表していた時に、記者から「インテルの22nmプロセスのHaswellと比べて、28nmプロセスでは性能が見劣りするのではないか」という質問が出た。その問いに対してAMDは「今のプロセッサは性能を争う時代ではありません。ユーザーエクスペリエンスが競争力になっています。このアプリケーションプロセッサに集積しているGPUとCPUをうまく使えば、これまでにないユーザーエクスペリエンスを提供できます」と答えた。つまり時代は、性能から、ユーザーエクスペリエンスつまりユーザーが楽しいと驚く体験を提供できるかどうかにカギがある方向に動いている。だからこそ、半導体の限界を追求することも重要な技術の一つだが、それが全てではないのである。

AMDの新型APU
AMDの新型APU

こういった兆候は数年前から見られた。2009年の電子情報通信学会のMEMS研究会で招待講演の機会をいただいたときにお話させていただいたが、その時はユーザーエクスペリエンスという言葉がなかったために、MEMSを使って楽しさを表現するデバイスがこれからも伸びると述べた。iPhoneと任天堂のWiiが登場していた。どちらもMEMSセンサを使って楽しさを表現していた。MEMSセンサがこの頃から急速に伸びていく。

この講演で、MEMSチップはセンサ部分とCMOS信号処理回路を無理に集積しなくてもコストが見合う方法でやるべきだと述べたら、大学の先生からお叱りを受けた。「僕らはCMOSとMEMSの集積化を研究しているのに」と言われた。研究は進めれば良いのだが、生産性や歩留まりが悪くてコストを安くできないのであれば最初から使われない。低コスト化には設計段階からの関与が必要だからである。

ただ、低コストでしかも楽しさを表現できるデバイスにMEMS技術が数多く使われている。スマートフォンやタブレットには3軸加速度センサや3軸ジャイロセンサ、3軸磁気センサなどMEMS技術を使った機能が多い。ただし、MEMS研究者・開発者はとかくMEMSセンサ部分しか見ないことが多い。重要なことはMEMSの出力信号を楽しさに変換して表現するためのアルゴリズムの開発とセットだということ。このためにはアルゴリズム開発者と手を組んで共同開発することを考えなければ、売れるような商品にはなりえない。アルゴリズムと商品開発からコストに見合う技術を選ぶのである。エコシステムはここでもとても重要になる。

CMOS半導体を見ると、製品に使われる最先端プロセスは20nm。MOSFETのゲート長、ゲート幅を20nmとすると、チャンネル内表面には、20nm×20nmの面積しかない。この面積内に電子を発生させるドナー不純物がいくつあるか、数えてみよう。シリコン結晶は1立方cm当たり10の24乗個あるとして、ドナーは5×10の17乗個で電流をオンさせると考えると、20nm×20nm×5nm(チャンネル深さ)の体積は2×10の-18乗であるため、この中にドナー不純物は1個しか含まれない。つまり、1個あるかないかという数字が出てくる。ゲートしきい電圧Vthは不純物濃度ともろに関係するから、Vthは不純物の有無で大きく揺らいでしまうことになる。つまり、現在でもすでにMOSトランジスタの動作限界に近づいているのである。それでも半導体エンジニアは、ドナー不純物の影響をチャンネル領域で受けない構造を提案するなど、技術は進む。

一方、性能がかなりのレベルにまで上がってくると、半導体チップの競争は機能で勝負することになる。機能の中でもユーザーエクスペリエンスが最も重要な要素になってきたのがここ最近のこと。だからこそ、半導体を使ったシステム開発者やサービス提供者は、半導体の機能に期待する。機能には限界がない。

もう一つ、半導体エンジニアの認識が低いことに、半導体にソフトウエアをインプリメントできるという意識が薄いこと。ソフトウエアで機能やユーザーエクスペリエンスを表現できれば、価値ある半導体チップになる。だからこそ、微細化を進めて限界を極める必然性が薄れてきているのである。

では、半導体エンジニアがとるべき道は何か。機能を実現する手法を応用面からユーザーと共同で開発することに尽きる。だからこそ、ユーザーと、ソフトウエアからハードウエア、特にデジタルだけではなく、アナログ技術も含めてディスカッションでき、ユーザーが数年後に望むチップをイメージする能力が求められる。半導体エンジニアにとって、半導体の勉強よりもシステムの勉強の方が重要な時代に来たといえる。

(2014/7/21)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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