パラリンピックムーブメントに新たな風。旭川で市民によるパラリンピック教育研修会
パラリンピックムーブメントに新たな動きがあった。8月1日(火)・2日(水)旭川市(北海道)で、IPC(国際パラリンピック委員会)公認パラリンピック教育教材「I’m POSSIBLE」を活用した市民研修会が開催された。市民向けにパラリンピック教育のワークショップが行われるのははじめて。
パラリンピック教育とは?
パラリンピック教育は、IPCにより「パラリンピックを正しく学んで欲しい」と2010年バンクーバー大会から行われている。教材はオリンピック・パラリンピックの開催都市で新しいバージョンが開発され、パラリンピックを通じた教育と普及に活用されている。
2020東京大会での「I’m POSSIBLE(=アイムポッシブル、教材名)」は、今回はじめて国際版も同時開発となり、2012ロンドン大会のパラリンピック教育担当ニック・フラー氏と、JPC日本パラリンピック委員会、日本財団パラリンピックサポートセンターが開発に携わっている。
今年3月に第一弾として座学と実技による4単元が完成した。2019年までに15単元が完成する予定で、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織員会のホームページからダウンロードできる。
旭川で初の市民向け勉強会が開催された!
パラリンピック教育・教材活用は全国の小学校高学年が対象で、メインは自治体と小学校に送られている。しかし、パラリンピック開催都市・東京以外の地域ではなかなか活用されていないのが実情だ。
そんな折、旭川の市民のあいだで研修会が企画され、日本財団パラリンピックサポートセンター・I’m POSSIBLE プロジェクト・マネージャーのマセソン美季氏(1998長野パラリンピック金メダリスト)が、旭川での市民への授業を担当することになった。研修会は2日間にわたって開催され、関心ある人々約40名が参加した。
座学/ワークショップ
2日間で、教材の第1章「パラリンピックって何だろう?」第2章「パラリンピックスポーツを学ぼう!」を題材にワークショップが行われた。
講師のマセソン美季氏は、現在カナダ在住。体育教員を志した大学時代に受傷、車椅子になったが、教師への志は捨てず、同級生とともに車椅子で体育の実技授業をクリアし卒業。アスリートの経験と、パラリンピック教育の趣旨を伝えるキーパーソンだ。また、2児の母として子育てをしながら、2020東京パラリンピックに向け日本とオタワを行き来するビジネスウーマン。G7サミットで来日した各国の来賓にパラリンピックを伝える役割もこなした。
マセソン氏の人生は長野パラリンピックで大きく花開き、今も輝いている。
誰でも彼女のようになれる訳ではないかもしれないが、その人が望みさえすれば、障害のある人にはいろんなチャンスがある。マセソン氏の言葉には「障害がつねに何か不幸なイメージと結びつくわけではない。かっこよく生きることができる!」ということが込められており、2020年を前に、多くの障害のある若い人たちにとってチャンスが訪れていることを知らせている。
「ロンドン大会では、パラリンピックのチケット278万枚の全てが有料で完売しました。うち75%が家族づれだったという集計結果が出ていて、これを支えていたのがパラリンピック教育だったといわれています」とマセソン氏は説明した。
イギリスではロンドン大会の3年前から4〜14歳を対象に教えられた。パラリンピック教育を受けたことがない親世代は、子供から聞いて学ぶ=「リバースエデュケーション」という作戦が功を奏した。子供たちは家に帰って報告、家族の対話を深めつつ、関心がなかった大人も、子供が面白いよ!ということで関心を持つのだという。この方法を日本でも用いようと、マセソン氏はプロジェクトを率いている。
実技/パラスポーツ体験
「I’m POSSIBLE」でのパラリンピックスポーツ体験は、ゴールボールやボッチャを体験することになっているが、今回は、旭川地域で実際に行われているパラスポーツを体験するようアレンジされた。
地元の競技団体のメンバーが講師役となり、ボッチャも行われたが、他に、車いすテニス、車いすバスケットボール、ウィルチェアラグビー、クロスカントリースキーのローラーのシットスキー(夏のトレーニング用に考案)など旭川ならではの体験もできた。バイキング形式+マンツーマンで、全員が5〜6種目を体験した。
研修会を終えて
授業を楽しみにしていたという、北海道雨竜高等養護学校教諭・今野征大さんは、上級障害者スポーツ指導員でもある。教員をするかたわら、旭川の子供たちのスポーツ・コーチとして、障害のあるなしに関わらず、冬はクロスカントリースキー、夏は陸上競技を教えている。
ーー研修会に参加していかがでしたか?
「教材は、小学生など、まだパラリンピックを知らない方々に興味を持ってもらうにはとても良いと思います。大人には、あらためてスポーツについて学ぶ題材、機会となると思います。スポーツの良さや価値は、見えない部分で、交流のできる形で学べたことは良かったと思います」
ーー今後、旭川ではどのように取り組んでいきますか?
「先生でなくても、スポーツが好きな人など、誰にでも先生役になって教えられると思いました。パラリンピックに関わっていない、障害のある人に伝え、パラリンピックに興味を持ってもらえるといいです。I’m POSSIBLEを教材にすることで、いろいろな方がパラリンピックを知ることができたら、より多くの人との交流のきっかけになると思います」
今野さんは今年、教え子を含む選手4名がスペシャルオリンピックス冬季世界大会の日本代表に選ばれ、今野さんも日本代表ヘッドコーチとしてオーストリアへ遠征した。
降雪期間の長い旭川は、ウィンタースポーツを中心に、パラリンピック、デフリンピック、スペシャルオリンピックスに関心のある人も多く、いろいろなパラスポーツのチームもある。また、重度障害の電動車椅子サッカーなどに関わる選手やスタッフもいる。
参加者の中にも知的障害、聴覚障害の受講生もいて、障害のあるなし、年齢を超えて関心のある人が集まっていた。
「これを機会に、小学校だけではなく、市民グループでも普及が進むと、より大きなムーブメントになると思います」と、マセソン氏も話していた。
地域の市民がパラリンピックムーブメントの担い手となり、2020年東京パラリンピックの後の街づくりの力となるように。
<参考>
※パラリンピック4つの価値
1、強い意志=困難があっても諦めず突破しようとする力
2、勇気=マイナスの感情に向き合って乗り越えようとする精神力
3、インスピレーション=人の心を揺さぶり、駆り立てる力
4、公平(=近年平等から公平に変更)=多様性を認め、創意工夫すれば誰もが同じスタートラインに立てることを気づかせる力
「I’m POSSIBLE」名称について
日本でのプロジェクト名「I’m POSSIBLE」は、2014年ソチパラリンピック閉会式の演出で起きたことによる。「Impossible(=不可能)」の文字に、車椅子の選手が昇り、アポストロフィを加えたことで「I’m POSSIBLE(=私は、できる)」となった。
参考記事:ありがとう、ソチ! ありがとう、ロシア!