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李克強首相の記者会見を読み解く――全人代閉幕後の生中継から

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

3月15日に全人代が閉幕し、中国時間午前10時半から記者会見が開催された。800人強の記者が集まり李克強首相は2時間強にわたり17の質問に答えた。経済、環境に集中し、対日問題にも回答した。その会見から2015年の中国を読み解く。

なお環境問題に関しては3月9日付の本コラム「中国建国史上最悪の環境汚染――環境保護大臣、厳罰を表明」に書いたので、ここでは省く。

1. 経済問題

日本時間の11:30から始まった記者会見は13:33になってようやく終了した。筆者は最初から最後まで生中継で視聴したので、李克強首相の主たる回答を拾い上げ、直訳ではなく日本人的に分かりやすい表現に置き換えて、必要に応じて解説を加えたい。Q(質問:記者)&A(回答:李克強)の形で示す。( )内は質問した新聞社などである。

●海外における中国人の不動産市場(フィナンシャル・タイムズ)

Q:大量の中国人富豪が、ニューヨークやロンドン、シドニーなど世界各地で不動産を買いあさって住宅価格の高騰を招いている。その資金の合法性に関してどう思うか?また中国は今後、不動産関係に関して国内外の管理をするのか?

A:中国は徐々に人民元資本の市場開放を進めている。しかし大量の中国人が海外で不動産を購入し最大の顧客になっていることに関しては確かな情報がない。少なくとも去年1年で1200億ドルの外資が中国に投資された。中国の国民も海外に投資している。

中国はまだ発展途上国なので、バラック住宅や(倒壊)危険家屋の改善が必要で住宅に関する経済問題は民生問題でもある。そのために(流動人口)に対する城鎮化(都市化)計画を加速しなければならない。

遠藤注:中国の(キツネを含む)大富豪が不正蓄財により国内で逮捕されないようにするために海外の大きなチャイナタウンに潜り込み、豪邸を購入して移民地(あるいは逃亡地)の不動産価格高騰を招き価格破壊を起こしていることは周知の事実。昨年の香港デモ「雨傘革命」が起きた原因の一つに、そのことに対する香港の若者の不満があった。ここは真正面から回答してほしかった。

●GDP中成長はさらなる低成長に移るのか(ブルームバーグ)

Q:総理は痛みを伴う改革でも強い決意で推し進めると言ってきた。こんにちの中成長が低成長に移り、もっと痛む可能性は?

A:たしかに痛みを伴う。今後ももっと痛みが拡大する可能性はある。なぜなら自分(政府あるいは党幹部)が持っている権限を捨てて市場に譲渡するのは自己革命で、これは痛い。爪を切るような痛みではなく、腕を斬りおとすような痛みだ。しかし政府の腐敗をなくし市場を活性化するには、そうするしかない。成長率は抑制しても雇用を生みだす。

遠藤注:これは例えば、3月9日の本コラム「中国建国史上最悪の環境汚染――環境保護大臣、厳罰を表明」に書いた許認可権の撤廃などを指し、「痛み」は、党幹部が「おいしい思い」を手放すことなどを意味する。

●GDP成長率7%と新常態(ニューノーマル)(シンガポールの海峡時報)

Q: 今年のGDP成長目標7%と新常態(量から質への転換による、急成長から安定成長への転換)に自信はあるか?

A:表面上はスピードが落ちるが、中国のGDP総額は10兆ドル(1200兆円)の規模。その7%が増加するということだけでも容易なことではない。しかし中国は既に近代化を行う基礎ができているので、合理的範囲内でのボトムラインを見ながら安定成長を続ける方策をいくつも持っている。短期的刺激策は取らない。減速のプレッシャーはあるが、新常態でバランスを取っていく。

遠藤注:GDP成長率7%に関しては、3月6日付の本コラム「全人代、政府活動報告を読み解く――2015年の中国が見える」の政府活動報告の「2」で説明した。

●「みんなで創業」に関して(第一財経)

Q:「みんなで創業」と総理は強調していますが、創業は庶民が自分でやる市場行動で、政府がなぜ国策を立てて、そこに力を注ぐのか?

A:中国は改革開放の30年間で、人口流動を許したために数億の農民が都会に出て働き、中国経済発展に奇跡を起こした。昨年我が国は創業のための手続きを簡素化させ、ハンコを百もつかなければならないようなことを省くことによって創業の敷居を低くした。創業のための資本金を極端に下げ、誰でもアイディアさえあれば創業によってビジネスチャンスを得られるようにした。創業自体がまた雇用を新たに生む。大企業だけが市場を独占しないように政策を実施して創業可能な環境を作ることは政府の責務だ。

●銀行の不良債権や金融危機(新華社)

Q:昨年来、銀行の不良債権問題が悪化し、シャドーバンキングの問題もまだ時おり発生し、同時にいくつかの地方では債務返済の問題も話題になっている。経済の下振れ圧力が高まる中、金融リスクも積み重なっている。これらの問題をどう思うか?

A:中国はたしかに個別的な金融リスクがある。しかしそれはあくまでも区域性のリスクであって、系統的なリスクを発生させない自信がある。なぜなら中国の貯蓄率が高く、地方政府債務の70%以上は投資性のもので収益リターンがある。しかも今政府は債務の規範化を行い、(銀行の)裏口を閉めて、正門だけを通るようにしている(シャドーバンキングをなくすという意味)。たしかに不良債権は増えているが、他国と比べると少ない。

ただし個別的金融リスクは否定できない。しかしそれは市場の原理で清算される。モラルハザードを当てにさせず、今年は貯金保険制度を実施する。

遠藤注:モラルハザードとは、銀行は「資金難になれば国が資本援助して助けてくれるだろう」と思ったり、企業が「運営が困難になってつぶれかけたら、融資してくれていた銀行が債権を放棄してくれるだろう」と期待することで、特に中国は社会主義国家ということから国有企業が多く、国家が「親方五星紅旗」で、いざとなったら守ってくれるという安易な意識がまだ残っている。

2. 外交問題

●香港の政治体制改革(香港の記者)

Q:香港の人は政治体制改革に強い関心を持っている。政治体制改革に関する投票がまもなく始まる。しかし中央の指導者は最近絶え間なく強硬な姿勢を示している。中央は香港に今後もさらに厳しい態度を取るのか?

A:一国二制度、港人治港(香港人が香港を治める)と高度の自治は中国政府の基本方針だ。さらに厳しくなるということはない。政府活動報告で「厳格に憲法と基本法に則って」と言ったが、一国二制度を実施するだけで、特に香港に厳しくするわけではない。

遠藤注:聞こえはいいが、一国二制度の下、香港の「高度の自治」を侵し、真の民主的な普通選挙を行わせないからこそ、昨年香港で若者たちが立ちあがり、命を懸けて「民主」を叫んで「雨傘革命」を起こしたのではないのか。

中国中央は一国二制度のうち、だんだんと「一国」の方を強調し始め、すでに「二制度」は消えつつある。チャイナ・マネーが民主を買い、基本法(香港特別行政区基本法)にある全人代常務委員会の解釈権をつぎつぎと行使して、香港の高度の自治を崩している。(香港の「政治体制改革」が何を意味するかに興味のある方は、『香港バリケード 若者はなぜ立ち上がったのか』を参照していただきたい。長すぎるので、ここでは省く。)

●台湾問題(台湾TVBS)

Q:昨年、台湾で問題が発生し(ひまわり運動のこと)、両岸(中台)の経済協力に影響が出た。今後両岸の経済協力に関して、大陸側は何か変化があるか?

A:両岸は家族で血を分けた同胞だ。「一つの中国」原則を守り、台湾独立に反対し、両岸関係の平和的発展を維持する。台湾同胞への優遇策を変えることはない。人的交流を盛んにして、心の距離を縮めたい。

遠藤注:若者の台湾本土化意識が強いので、台湾の若者を大陸に招待して意識を変えねばならないという強い危機感が大陸側にある。

●対日政策(朝日新聞)

Q:今年は戦後70周年。総理の歴史観を伺いたい。また日本への観光客が増大していて日本で数多く買い物をしている。しかし中国への日本人観光客も対中投資も減ってきた。この現象をどう見るか? また、閲兵式を含めた70周年記念活動が日本国民の対中感情にどのよう亜影響を与えると思っているか?

A:今年は中国人民抗日戦争と世界反ファシスト戦争勝利70周年記念の年だ。中国だけでなく、世界中の多くの国がさまざまな形の記念活動をするだろう。目的は悲惨な歴史を忘れないことと、二度と再びあの歴史を再演させないことだ。第二次世界大戦の勝利の成果と戦後の国際秩序および一連の国際法を守り、人類の永久なる平和を守ることである。

目下、中日関係は困難な状況にあるが、その原因はあくまでも、あの戦争と歴史に対して、正しい認識を保持していられるか否かにある。正しい歴史観を持ち続け、歴史を鑑として未来に向き合えるか否かだ。

国家の指導者のひとりとして言うならば、先人が創り上げた成果を受け継ぐだけでなく、先人が犯した罪がもたらした歴史的責任をも負わなければならない。

当時日本軍国主義が中国人民に与えた侵略戦争は、われわれに巨大な災難をもたらしただけでなく、最終的には日本の民も被害者となった。今年の、このような重要な時期における中日関係は、ひとつのテストでもありチャンスでもある。もし日本の指導者が歴史を正視し、かつ一貫して中日関係を改善し発展させようとするならば、新しい契機が生まれ、中国経済貿易関係の発展にも、自ずと良好な条件が創られていくことだろう。

遠藤注:「中国人民抗日戦争」と「世界反ファシスト戦争」を区別したのは、江沢民以来の大きな進歩だ。その他はすでに十分書いて来たので、くり返しを避ける。

以上だ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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