失業や移民よりも保健衛生が大きな懸念…EUの懸念事項をさぐる(2021年3月調査版)
欧州連合欧州委員会(European Commission)は2021年5月に、同会が毎年2回定点観測的に行っているEU全体における世論調査「Standard Eurobarometer」(※)の最新版となる第94回分の結果を発表した。それによると、現在EU全体の最大の懸念として挙げられたのは保健衛生に関する問題で、全体の38%が懸念を表明していた。経済状態、公的債務がそれに続いている。
2015年以降外電でたびたび伝えられている通り、欧州諸国の経済問題が最悪期を脱したように見えたことや、中東情勢問題の悪化を受け、EU諸国への移民(難民)問題が大きな社会問題化している。
さらに移民が移民先にたどり着いても地元住民との間での対立も絶えず、文化的衝突も多々生じ、社会的公平性の概念による保護への理不尽さを感じる地元住民の不満の増加も併せ、大きな社会問題の火種となり、物理的衝突が生じている。これに伴い各国の移民・難民問題と容易に連動すると考えられるテロ事件なども複数生じており、情勢はお世辞にもよいとはいえない。各国国民の心理に与える影響は小さからぬものがある。
他方2020年の春先から新型コロナウイルスの世界的流行により保健衛生への関心が高まり、また生活活動全般において厳しい規制が設けられることで、経済も大きな影響を受けるようになっている。
このような状況の中で調査対象母集団に対し、EU全体における大きな懸念事項は何かについて、選択肢の中から2つ選んでもらった結果が次のグラフ。変化がよくわかるように、過去4回分も併せ都合5回分の動向をまとめている(順位は直近分の回答値順)。また、直近調査の上位陣について、過去の調査分からの動向もグラフ化する。なお保健衛生は93回調査から新規に加わったもの、環境や気候変動は92回まで気候変動・環境問題と別々の選択肢だったものが統合したものである。
回答個数無制限の複数回答ではないため、それぞれの項目の値は多分に相対的な動きを示すことになるが、経済状況や失業、公的債務といった、数年前までEU全体で問題視され、世界経済にも大きな影響を及ぼしていた問題への懸念はかつては低下する傾向にあった。その他経済関連の値も概して鎮静化、つまり強く懸念する状況からは外れつつあった。
それに連れ、相対的に、あるいは経済的な復興感に引き寄せられる形なのか、移民問題への懸念が急激に上昇していたことが分かる。単なる犯罪項目にはほとんど変化がないことから、単純な治安の悪化ではなく、対外組織、あるいは国際問題的な事案への不安が感じられた。
移民問題は2015年11月にピークを迎え、それ以降は下落、踊り場の後に再び下落する動きを示している。状況に改善が見られたわけではないが、これ以上の悪化の動きもないため、少しずつ心境的に慣れてきたのかもしれない。
他方、2020年7月調査から新規に保健衛生の選択肢が加わったことからも分かる通り、新型コロナウイルスの影響によるものと思われる懸念が大きな値を示していることが分かる。直近では保健衛生が38%を示しトップとなる一方で、経済状況も35%と高い値を示し、新型コロナウイルスの流行による保健衛生の問題そのものだけでなく、それによって生じた経済状況の悪化への懸念も大きいことがうかがえる。また同時に公的債務の値も高い値となっているのも注目すべき動きといえる。
国単位での動向を見ると、新型コロナウイルスの流行で懸念される事柄への違いが微妙に異なることが見て取れる。
それぞれの国のトップ3の問題を挙げると、ベルギーでは経済状況・保健衛生・政府債務、ドイツでは保健衛生・経済状況・教育システム、ギリシャでは経済状況・保健衛生・失業、スペインでは保健衛生・失業・経済状況、フランスでは保健衛生・失業・経済状況。ピックアップした国では度合いの違いこそあれど、いずれでも新型コロナウイルスの流行が大きな懸念となっていることがうかがえる。それと連動する形で経済状況や失業の問題が大きな懸念となっているが、国によって失業が経済状況以上の懸念問題として挙げられるなど、国により経済が受けているダメージに構造的な違いが生じていることがうかがえる(あるいは元々国による経済構造の違いが、新型コロナウイルス流行で明確化したまでの話かもしれない)。特にギリシャでは保健衛生よりも経済状況の方が懸念の値が大きいことから、元々不安定だった経済状況が新型コロナウイルスの流行で懸念に拍車をかけた状態となってしまったのだろう。
他方、2019年末の調査の時点ではいずれの国でも上位に上がっていた移民やテロへの懸念が大きく減少し、複数の国で上位にすら顔を見せなくなっている。相対的に懸念対象としての優先順位が下がっただけなのか、問題が本当に鎮静化したからなのかは、今調査だけでは推定が難しい。
次回調査(2021年9月予定)の時点では新型コロナウイルスの流行が沈静化しているとは考えにくい。関連する事項への懸念はさらに強いものとなっているだろう。
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※Standard Eurobarometer
欧州連合欧州委員会によって毎年2回、原則5月と11月に行われており、直近分が94回目となる。今調査の直近分は2021年2月12日から3月11日にかけて直接面談のインタビュー方式でEU加盟国および候補国内において行われたもので、回答者数は合計で3万8743人、EU27か国に限定すると2万7409人。
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