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李総参謀長処刑情報をどう読み解くか 荒れ狂う「金正恩唯一独裁」

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
「先軍朝鮮の太陽金正恩万歳」のスローガン

朝鮮人民軍の李永吉(リ・ヨンギル)総参謀長が、今月初めに処刑されていたと韓国メディアが10日から報じている。情報機関の国家情報院のリークだと思われるが、ほとんどのメディアは断定調で伝えており、信憑性は高そうである。

李総参謀長の処刑を示唆し、5月に予定されている党大会に向けて更なる恐怖統制を予測させる重要な記事が、2月4日付で朝鮮中央通信から配信されていた。「金正恩元帥様の指導のもとに朝鮮労働党中央委員会、朝鮮労働党朝鮮人民軍委員会の連合会議、拡大会議進行」と題された記事だ。

2月2、3日に開かれたこの会議は、初めて労働党中央委員会と人民軍の党委員会(軍内の党組織)が合同で開催したもので、記事の中で特に目を引いた部分が二点あった。一つは、派閥と官僚主義に対する激しい批判と、その除去を強調していることだ。記事内では「勢道」と表されている。

「会議では…党内に残っている特権と特勢、勢道と官僚主義が集中的に批判され、これを徹底的に克服するための課題と方途が提示された」

「敬愛する金正恩同志は、党と全軍が、我われの一心団結を破壊し蝕む勢道と官僚主義を徹底的になくすための闘争を強く展開しなければならないと強調された。党組織と政治機関では、党の意図通りに勢道と官僚主義を根絶やしにするための闘争を正しい方法論を持って粘り強く推し進め、その根源を取り除かねばならないと指摘された」

筆者はこの記事を読んだ時、近い将来の大型粛清劇を予感させるものと受けとめたが、李永吉粛清が事実であれば、時期的にも「勢道」とは李永吉のことであり、彼の除去が会議の重要テーマであった可能性が高い。

李永吉粛清の真の理由はまだ明らかではないが、金正恩に異見を提出した、あるいは不満を表したものとされて、不服従、忠誠不足を断罪されたのではないかと見ている。そのように推測される根拠が、この記事の注目部分の二点目だ。「唯一的領導体系」を強調する記述が記事中に10度も登場しているのだ。いくつか紹介しよう。

「敬愛する金正恩同志は、全党で党の唯一的領導体系を打ち立てるための事業を、着実に展開しなければならないと述べられた。形式主義の古い枠をなくし、すべての幹部と労働者が、党の唯一的領導のもとで事業をし、生活して、党の思想に反する些細な要素とは厳しく闘争することについて強調された」

「敬愛する金正恩同志は、全軍に党の唯一的領軍(ママ)体系を確立する事業を、新たな高い段階へと深化させることについて指摘された。全軍に最高司令官の命令の下に一つになって動く革命的軍風を打ち立て、党の命令、指示を最短期間内に最後まで遂行しなければならないとし、人民軍隊はただ最高司令官が示す一方向にのみ進むべきだと述べられた」

「唯一的領導体系」とは、党・軍・国の機関、そして幹部はじめ全国民に、金正恩への絶対服従、絶対忠誠を誓わせる統治システムのことである。それは憲法、労働党規約を超越する、北朝鮮の最高綱領=「掟」として明文化されている。金正恩の世襲後継に合わせて2013年6月に策定された「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(以下10大原則)である。

この「10大原則」は官営メディアには一切掲載されていない。国民に露骨に絶対忠誠を求める「掟」の存在を外国に知られることを憚ったのではないかと思われる。筆者は2014年に北朝鮮内部の取材協力者から実物を入手した。長文なので、紙幅の関係上その条文のタイトルを紹介する。

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1 全社会を金日成-金正日主義化するために、身を捧げて闘争しなければならない。

2 偉大な金日成同志と金正日同志を、わが党と人民の永遠の首領として、主体の太陽として高く仰ぎ奉らなければならない。

3 偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を絶対化し、決死擁衛(擁護)しなければならない。

4 偉大な金日成同志と金正日同志の革命思想と、その具現である党の路線と政策で徹底的に武装しなければならない。

5 偉大な金日成同志と金正日同志の遺訓、党の路線と方針貫徹において、無条件性の原則を徹底して守らなければならない。

6 領導者を中心とする全党の思想意志的統一と革命的団結をあらゆる面で強化しなければならない。

7 偉大な金日成同志と金正日同志に学び、高尚な精神道徳的風貌と革命的事業方法、人民的事業作風を身に付けなければならない。

8 党と首領が授けてくださった政治的生命を貴重に受け止め、党の信任と配慮に対し、高い政治的自覚と事業実績で応えなければならない。

9 党の唯一的領導のもとに、全党、全国家、全軍が一つになって動く、強固な組織規律を築かなければならない。

10 偉大な金日成同志が開拓され、金日成同志と金正日同志が導いてこられた主体革命事業、先軍革命事業を、代を継いで最後まで継承し完成させなければならない。

後文

全ての幹部(活動家)と党員、勤労者は、党の唯一的領導体系を徹底して築き、偉大な金日成同志と金正日同志を、わが党と人民の永遠の首領として高く敬い、党の領導に従って、自主の道、先軍の道、社会主義の道へと力強く歩んでいくことで、白頭(ペクトゥ)で開拓された主体革命偉業、先軍革命偉業を最後まで完成させなければならない。

条文の中に金正恩の名はなく「党」「領導者」と表わされている。要するに、金日成―金正日の教えに従って、金正恩(=党)の権威と指導を絶対、無条件に受け入れよというものだ。

「10大原則」に違反しているとみなされると政治犯となる。2013年12月に張成沢氏が粛清された理由は「唯一領導」違反と明示されている。

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金正恩が執権して4年が経った。張成沢、2015年4月の現役人民武力部長の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)など大物の粛清は記憶に新しい。そして今回の李永吉総参謀長の突然の処刑情報。

金正恩は、自身の未熟さと権力掌握の不完全さを打開するため、「唯一的領導体系」を徹底的に貫徹することに熱を上げ、不服従者と忠誠希薄者に対する見せしめ的懲罰=「いうことを聞かない者は容赦しない」を断行し続けている。高位級の幹部、側近の除去が残忍な形で行われているのは、金正恩の衝動によるものと考えるほかない。この暴風は、当分続くだろう。(敬称略)

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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