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石川祐希よ、男子バレー界の開拓者となれ

柄谷雅紀スポーツ記者
リオデジャネイロ五輪予選で石川は奮闘した(写真:アフロスポーツ)

2度目のイタリアへ

バレーボール男子日本代表のエース石川祐希(中大3年)が、イタリア1部リーグで12月中旬から約3カ月半にわたってプレーすることになった。リオデジャネイロ五輪出場を逃した男子バレーボール界にとって、数少ない明るい話題の一つである。中大1年のときに続いて、2季ぶりの渡欧。石川は「前回は初めてと言うことで、経験しに行く、力試しをするという目標を持って行ったけど、今回はワールドカップ(W杯)やOQT(五輪予選)など世界との経験もたくさんしてきた。試合に出られる機会も増えると思うので、勝負して結果を求め、強くなるつもりで行く」と気合十分だ。もちろん、石川にはその力があると思うし、限られた期間と言えど、世界最高峰と言われるリーグでプレーすることで、新たな発見や意識の変化もあるだろう。試合に出場することで、プレーも間違いなく向上する。しかし、それ以上に石川に期待したいのが、「開拓者」となることである。

「ガラパゴス化」を脱せよ

1964年の東京五輪で銅メダル、1968年のメキシコ五輪で銀メダル、そして1972年のミュンヘン五輪で金メダルを獲得し、一時代を築いた日本男子バレーボールはいま、世界に大きく水をあけられている。1996年のアトランタ五輪から今夏のリオデジャネイロ五輪までの6大会で、出場できたのは2008年の北京五輪だけ。その北京でも、五輪本番は全敗に終わってしまった。

なぜ、ここまで低迷してしまったのだろうか。それは選手や指導者、リーグなどが半ば「鎖国」状態になってしまい、「ガラパゴス化」してしまったからではないだろうか。

日本代表の主力のほとんどがプレーするVプレミアリーグでは、各チームの外国人枠が1人。必然的に外国人の高さやパワーに慣れる機会は少ない。結果として、それに対するスパイクの打ち方やレセプションなどの技術面、フィジカルの強化などの体力面、チームとしてそれに対抗するための戦術面の向上がなおざりになってしまっていると言わざるを得ない。それでいて、国際試合で対戦する世界トップレベルの国は、Vプレミアリーグで助っ人として入るような外国人選手が6人並んでいるようなチームばかり。2014年から日本代表の指揮を執った南部正司監督は常々、「海外勢との対戦経験が少ない」と言い、積極的に海外遠征を行ってきた。しかし、代表チームでできる遠征数には限りがある。常日頃から海外勢と戦う環境に身を置くことができれば、個人の技術でもチームの戦術でも十分に順応できるし、その進歩にもついていけるはずである。

女子バレーボールであれば、男子選手を「仮想外国人」と見立てて練習を積み、外国人の高さやパワーに慣れることはできる。実際、女子日本代表はそうやって練習を積んでいる。しかし、男子ではそれができず、外国人のプレーに慣れるには外国人と多く対戦するしかない。石川は言う。「高さやパワーは日本では味わえないこと。海外というものに慣れておかないと、勝つのは厳しい。海外に行っていれば、それがベーシックになる。そういった意味でも海外に行くと言うことはプラスの面が非常に多い」

サッカーを見てみよう。日本が初出場した1998年のフランスW杯では海外のクラブに所属する選手は0人だった。しかし、4年後の日韓W杯では中田英寿、稲本潤一、小野伸二、川口能活の4人が海外でプレーしており、2006年のドイツW杯では6人、2010年の南アフリカW杯でも4人が海外組。そして2014年のブラジルW杯になると、23人中12人と半数以上が海外組になっている。W杯の成績が海外組の人数と比例しているとは言えない。しかし、少なくとも海外組がいなかったフランスW杯では全敗だったのが、それ以降の大会で全敗を喫したことはない。何より、W杯予選をコンスタントに勝ち抜けていることが、競技力の向上を証明している。もちろん、それは日本国内のJリーグのレベル向上や選手育成システムの発達なども影響している。しかし、Jリーグを取材していたとき、ある国内組の代表選手が「代表合宿で、海外組の球際の激しさやフィジカルの強さ、練習に取り組む姿勢から学ぶことは多い」と言っていた。海外でのプレー経験がある選手が増えることは、代表チームの競技力向上と結びついていると言っていいだろう。

開拓者となれ

今回のリオ五輪予選を戦った日本代表の中で、海外でプレー経験があるのは中大1年時に約3カ月半イタリアでプレーした石川と、1季をブラジルのリーグで過ごした福沢達哉の2人だけ。世界トップレベルの国は、チームの選手の多くがレベルの高い欧州やブラジルのリーグでプレーしている。その差は歴然だ。

石川は「海外でしか味わえないこともある。実際に見て、体験して、一緒に生活してみて、実感すればまた世界が変わる。自分以外にもどんどん行ってほしい」と他の選手にも期待を寄せる。もちろん、石川自身も卒業後に渡欧してプロとなることを視野に入れている。サッカーと違ってプロ選手ではなく、一企業の会社員としてプレーしている選手が多いバレーボールで、簡単に海外に行くことは難しい。しかし、それでも、石川に刺激を受けて海外でのプレーに目を向ける選手が少しでも増えてほしいと思う。

かつて加藤陽一や越川優ら、日本を代表するエースたちが欧州でプレーした。だが、サッカーのように次々と後に続く選手は現れなかった。石川の同年代には、すでに日本代表でプレーする高橋健太郎(筑波大4年)や小野寺太志(東海大3年)がいるし、同じ中大の同級生には201センチの大竹壱青、年下にも201センチで東海大1年の鈴木祐貴、石川の高校の後輩である194センチの都築仁(星城高3年)ら将来有望な選手が多くいる。石川は「自分だけが行くんじゃなくて、他の選手も行けるようにパイプを作ることを考えてやっていきたい」と言う。もちろん、誰でも石川のようにレベルの高い海外のリーグでプレーできるわけではない。それでも、石川が欧州での日本人選手の評価を高め、刺激を受けた他の選手らが海外に目を向け、海を渡る――。そんなサイクルができることを期待したい。そうなれば、世界のスタンダードの戦術を学ぶこと、外国人のプレーに慣れることから始まる日本代表から脱却し、間違いなく一歩先のステージに行けるはずである。石川には、その開拓者になってほしい。

スポーツ記者

1985年生まれ、大阪府箕面市出身。中学から始めたバレーボールにのめり込み、大学までバレー一筋。筑波大バレー部でプレーした。2008年に大手新聞社に入社し、新潟、横浜、東京社会部で事件、事故、裁判を担当。新潟時代の2009年、高校野球担当として夏の甲子園で準優勝した日本文理を密着取材した。2013年に大手通信社へ。プロ野球やJリーグの取材を経て、2018年平昌五輪、2019年ジャカルタ・アジア大会、2021年東京五輪、2022年北京五輪を現地で取材。バレーボールの取材は2015年W杯から本格的に開始。冬はスキーを取材する。スポーツのおもしろさをわかりやすく伝えたいと奮闘中。

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