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「経営は現場がわかっていない!」と、どんな会社の人も言う理由〜簡単に共感してはいけない〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「うちの会社の経営陣ってほんと現場のことわかってないんですよね」(写真:Paylessimages/イメージマート)

■一体、何が本当なのか。視点が変われば、組織の見え方は違ってくる

これまで多くのクライアント企業向けに人事コンサルティングをしているのですが、必ず最初は社員の皆様へのインタビューから始めることにしています。

インタビューの内容は「自社組織についてどう思うか」「何が強みで何が弱みか」「組織の課題は何か」……等々。

自分の所属する組織をどのように理解しているのかという「心理的現実」(本当かどうかはわからないが、とにかくその人は組織をそう見ているという「心の現実」)をたくさん集めるものです。

対象は、管理職や一般社員、職種別、年代別、地域別など、組織を見る視点が変わりそうなセグメント割りをしていただいて、できるだけ網羅するようにしています。視点が変われば組織の見え方は違ってくるからです。

実際、多くの会社では同じことについて驚くほど違う意見が出てきます。初めて人事コンサルティングや人事部長などの仕事をする人は、「一体、何が本当なのか」、先の心理的現実ではなく、本当の現実が何なのか、すぐにはわからなくなることでしょう。

■個人の組織観は、過度の一般化

例えば、経営陣についての評価。

本稿のタイトルのように、「うちの経営陣はまったく現場のことがわかっていない」と言う人がいたかと思えば、「うちの社長は現場主義で、日々我々が何をしているのか、個別具体的に把握している」という人がいたりします。

これは過度の一般化です。つまり、自分の視点から見える景色から全体を勝手に想像し、それが組織だと認識してしまうということです。

しかし、ご存知の通り、組織は、複合的な要素を持った集合体です。

「経営陣は現場を理解していない」というのは、「経営陣は自分のことを理解していない」を過度に一般化させ、「現場で働く人全般をわかっていない」と言っていることがほとんどです。

その証拠に、「具体的な事例を挙げてもらえますか?」と続けて聞けば、よくて数個、たいていは1、2個しか事例は出ません。つまり、後の「現場わかってない感」は妄想なわけです。

■経営者の判断は、どうやっても絶対に不満分子が出てしまう

しかも、経営陣というものは、当然ながら会社全体のことを考えて、物事を判断します。事業や部署の一部分だけを見て、そこに最適化した判断などすることはありません。

そうなれば、どんな判断を行っても、絶対に不満分子が出てきます。一番わかりやすいのは人事評価制度などで、配分する報酬原資は一定なのですから、誰かを高く評価して高い報酬を支払うためには、誰かを低く評価して報酬を下げなくてはなりません。

下げられた方は、どんな理由をフィードバックされたとしても、心底納得いくことは少ないでしょう。いろいろな研究でも実証済みですが、人は他者評価よりも、自己評価の方が随分高いのです。

また、全体最適は、ある一時点での会社全体での最適というだけではなく、未来の会社まで含めた最適を考える場合もあります。

今をある程度犠牲にして、素晴らしい未来を得るというのは悪い考えではありません。投資のないところに、リターンは無いのですから。

しかし、その場合、「今」の人は損をして、「未来」の人は得をするわけですから、「未来志向の判断」に不満を持つのが自然でしょう。つまり、「今」の全社員から総スカンを食らうことさえあるということです。

■ここは絶対に中高年世代が若者に共感してはならないところ

さて、では我々中高年世代はどうすればよいのでしょうか。

我々の世代は、中間管理職などをやっている人が多いと思いますが、そんなときに、表題のようなことを若者から言われたら、なんと答えればよいのでしょうか。

日頃から「共感、共感」と思っている、若者をちゃんと理解しようと努めているような人ほど落とし穴にはまってしまいそうです。

「そうだよね。現場で起こっていることを、きちんと理解できているのか、オレも疑問に思うよ。今度、機会があれば、きちんと上申してみようと思う」などと、共感してしまってはいけません。

ここで言うべきことは、基本的にはNOです。

「そうかなぁ、オレはそうは思えないんだけどな。実際、経営陣は例えば●●みたいなことをしているわけだし。具体的にどんなことでそう思った?」という感じで、若者の「心理的現実」をちゃんと砕いてあげて、本当の現実に引き戻してあげなくてはなりません。

先にも述べたように「具体的に」と聞けば、それが単なる印象論、過度の一般化によるものだと気づくことは多いはずです。

■上には対峙して、下には経営の責任を自分の責任として背負って語る

もちろん、これは経営者側について媚びろということではまったくありません。

本当にダメな経営者で、本当に現場のことを知らないのであれば、それはそれで対処しなければならないでしょう。

ただ、その場合でも、部下や後輩の若手社員に「だよね、うちの経営はアホだよね」などと言っては絶対にいけません。そう思うのであれば、別のところで経営者にきちんと提言したり議論したりすべきです。

これは倫理観などから言うのではなく、組織を運営していく際に、途中で指揮命令が曲がってしまう(幹部の意図通りに管理層が物事を伝達せずにメンバーが誤った行動を取る)のは避けなければならないため、経営者は幹部がダメだということをダシにメンバーを操る中間管理職をとても嫌うからです(私怨ではなく、組織論ゆえに、です)。

そのため、そういう人は出世できません。

上にも対峙して、下には経営の責任を自分の責任として背負って語るなんて、どれだけ中間層の世代はしんどいんだよと思われるでしょうが、その通りで、中高年世代はつらいのです。

OCEANSにて、若手のマネジメントについての記事を連載しています。ぜひこちらもご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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