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なぜ草津町議のリコールが成立し、愛知県知事のリコールが成立しなかったのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
共同浴場「煮川の湯」前に掲出されたリコール賛成派による投票ポスター =筆者撮影=

 今秋は様々な知事選挙や市長選挙が話題になりましたが、一方で解職請求署名、いわゆるリコールが珍しく話題にもなりました。特に愛知県知事のリコール活動と群馬県草津町議のリコール活動は全国ニュースでも報道されるなど話題になりました。愛知県知事のリコールは成立せず、一方で草津町議のリコールが成立しましたが、この2つのリコールについて取り上げてリコールの難易度やリコールのあり方について考えていきたいと思います。

解職投票請求の難易度の違い

 ひとくちに「リコール」といっても、自治体の規模で難易度が大きく異なることに注意しなければなりません。

 群馬県草津町議のリコールの場合は、1ヶ月の署名収集期間で、約5200人の有権者のうち3分の1となる約1700人の署名を集める必要がありました。結果的には、「新井祥子の解職を求める会」が、署名収集期間の半分である2週間程度で、有権者数の6割以上の署名(3180筆)を集めることに成功し、解職投票に持ち込むことに成功しました。リコール署名に基づく住民投票が「有効投票総数の過半数」で決まることを考えれば、(有権者の6割以上という圧倒的な数の)署名が提出された時点で大勢が決していたと言っても過言ではないでしょう。

 一方、愛知県知事のリコールの場合は都道府県単位となりますので、署名収集期間は2ヶ月となります。この2ヶ月の間に公職選挙法における公職選挙が行われる場合には、期間が延長されることになりますので、実際にはちょうど2ヶ月という訳ではありません。ただし、集めなければならない署名の数は約87万人分と膨大なものであり、単純計算しても1日あたり約1万4千筆もの署名を集め続ける必要があります。この点、署名受任者をはじめ署名活動を全県的に実施する必要や、署名収集期間があまりに長期にわたれば署名の前提となる状況が変化し、または署名活動が間延びする可能性もあります。

 現実問題として、人口10万人以上の市長でリコールが成立したケースは過去数十年でほぼ存在しないということに触れておきたいと思います。古い情報まで網羅的に整備された情報源がありませんが、少なくとも平成の時代においては、1993年に当時の人口規模で18万人程度であった山口県宇部市長のリコールが成立して以降、鯖江市長(2004年)、銚子市長(2009年)、阿久根市長(2010年)のリコールが成立していますが、いずれも人口は10万人に満たない自治体です。これ以外にも町長や村長のリコールは複数回ありましたが、いずれも規模の小さいものでした。

 唯一、例外的とも言えるのが2013年の正木篤広島県議(当時)の解職請求です。2011年の統一地方選挙で当選したものの、同年6月に無免許運転で現行犯逮捕、同年9月には広島地裁で執行猶予付きの有罪判決を受ける事件を起こしました。また、警察に逮捕された際には、事実と異なる他人の名前を虚偽申告したほか、運転免許は事件の8年も前に失効していたことがわかっています。この一件では、議会による辞職勧告決議を2回拒否したことで、2012年に住民団体が署名活動を開始し、有権者の3分の1(41,285人)を上回る47,671人の署名簿を県選挙管理委員会に提出、翌2013年の解職選挙では「解職に賛成」(45,812票)が有効投票(47,781票)の大多数を占めて解職されました。これが都道府県議会議員では憲政初となるリコールと言われています。なお、余談ですが、同氏は2015年の統一地方選挙にも立候補しましたが、大差で落選しています。

 ここまで解説してきたように、人口の小さい地方自治体における解職請求と、人口の大きい地方自治体における解職請求では、その難易度が大きく異なります。せいぜい1日60筆ベースで署名を集めればよかった草津町の場合と、1日1万4千筆ベースで署名を集めなくてはならない愛知県の場合とでは、単純計算でも250倍の労力やコストがかかることになりますし、それ以上に市街地における署名のやりにくさや、署名活動に伴う費用負担、さらに署名状況の把握などといった課題も生まれてきます。

刑事事件や民事事件としての判断を待つべきだったのか

共同浴場「煮川の湯」前に掲出された草津町選管の「解職投票」告示看板 =筆者撮影=
共同浴場「煮川の湯」前に掲出された草津町選管の「解職投票」告示看板 =筆者撮影=

 ここからは草津町議のリコールについてもう少しだけ深掘りしたいと思います。SNS上では、実際に町長に乱暴をされたという新井祥子氏の刑事事件としての裁判を待ってからリコールをしてもよかったのではないかという声が多数上げられています。しかし、この論調に対して筆者は2つ大きな異議を唱えなければなりません。

 まず、新井氏は本件について刑事事件としての告訴を行っていないことが挙げられます。「町長に乱暴された」という告発はあくまで新井氏の電子書籍の中で行われたものであり、新井氏は強姦罪や強制わいせつ罪で訴えることが可能な犯罪にもかかわらず、現時点で告訴を行っていません。これは議会でも町長が「事実ならば強制わいせつ罪で訴えればいい」と発言していることからもわかることであり、現時点では少なくとも新井氏側が被害者(原告)としての刑事事件にはなっていないことに注意する必要があります。

 次に、議会の独立性という考え方です。先ほど「少なくとも新井氏側が」と書いたのは、黒岩町長側は本件事案について「事実無根で濡れ衣だ」として、名誉毀損の容疑で長野原署に告訴しているほか、慰謝料や謝罪広告の掲載などを求める民事訴訟も前橋地裁に対して起こしています。そうすると、確かに本件事案は刑事事件や民事事件にはなっているのですが、一方でこの刑事事件や民事事件の結果を待ってから議員としてのリコールを行うことになれば、警察による捜査や司法による地方行政への介入が可能になり、立法権の独立性が失われます。言い換えれば、三権分立の考え方においては、司法と立法と行政は相互に独立していなければなりませんから、地方議会においても本来的には警察による捜査や民事裁判の行方といった司法権とは独立して、議会議員としてのリコールが成立することは止められないべきなのです。

次の選挙で新井祥子氏が立候補することは可能か

 仮に前掲の刑事事件や民事事件の裁判が終結していなければ、新井祥子氏が立候補することは可能です。前回町議選では最下位当選(110票)ではありましたが、今回のリコール投票でも反対票が208票あったことを考えれば、新井氏の支援者がまとまることが条件にはなるでしょうが、十分に町議に再選する可能性があるでしょう。「定数1」の首長選挙と異なり、定数の多い議会議員選挙ではよくあることですが、議会議員は有権者全体のうちごく一部の票でも当選することができるため、このようなことが起きます。また、地方自治法では当選後1年間はリコールができないと定められていますから、仮に次回選挙で当選すれば1年間は議会議員としての立場は(選挙違反等で有罪判決が確定でも無い限りは)保証されます。なお、新井氏は黒岩町長により「名誉毀損」で訴えられている状況ですが、仮に刑事事件で(執行猶予のつかない)実刑判決が出た場合には、実刑判決が出てから刑期満了までの間は公民権が停止されるため、立候補はできないことになります。

 任期中の活動にまで有権者が政治家を拘束できないという点で、筆者は、「選挙は政治家に任期中の判断を委任する委任権授与投票だ」と考えています。ただし、いくら委任とはいえ、議員の活動があまりにも有権者の民意にそぐわなかったり、または地位や名誉を毀損するような場合の「非常停止ボタン」としての役割が「リコール」には与えられています。ネット上では今回の町議会議員解職投票についてムラ社会という言葉や閉鎖性を持ちだして非難する声が上がっていますが、今回、草津町議のリコールは町民全体の3分の2が署名し、解職投票に関しても町民有権者の半数以上が投票を行い、かつ圧倒的多数で賛成可決されたことは、法律に基づいて草津町民が民主主義プロセスに則った総意の現れとして、(外野がとやかく言わず)尊重されるべきだと筆者は考えています。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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