自由戦士 再び銃をとる ~軍事クーデター後のミャンマー~
警察や裁判所、検察庁など公正な司法が一切機能していない無法地帯で、自国の軍が何千何万もの国民を虐殺したり、投獄したりしている。近現代において、そんな国などあってよいはずはない。だが、ミャンマー(旧ビルマ)においては、それが30年以上に亘って繰り返されてきた。翻って、そんな状況で自分たちの命を護るためであっても、武装することは許されないのであろうか。ほとんどの国民が支持する国会議員らが樹立した新政府でも防衛軍を持てないのか。
このほどコロナの厳しい防疫体制をクリアしてタイへ入国。ミャンマー国境の街、メソートを拠点にだが、ミャンマー状勢を現地取材した。旧知の民主活動家、トオンジョー氏(71)もコロナ禍中で出入国手続きに手を焼いたが、メソートで再会できた。
彼は88年に全ビルマ学生民主戦線を創設し、1万を超す学生を率いてジャングルに立てこもったことで著名だが、実はネウィン軍政時代の74年、国連事務総長を務めたタント氏の葬儀が蔑ろにされたことに抗議して以来の反軍政活動家である。人生のほとんどを祖国の民主化に捧げてきたが、彼が70歳の今年2月、軍はまたクーデターを起こした。
このビデオリポートでは、命からがら国境へ辿り着いたミャンマー市民たちの声とともに、不撓不屈の自由戦士トオンジョーの決意と奮闘をお伝えする。
自衛でも武装は許されず、支援もない?
今回のクーデターの前およそ10年間は、軍が書いた軍に有利な憲法のもと、いわば半分だけの民主主義が続いた。それでも、選挙ではことごとく民主派が勝利し、軍指名の国会議員が一人でも民主派に寝返れば改憲可能となるほど軍の支持率は地に落ちていた。
新型コロナの防疫のため世界的に昨年3月から人の行き来が不自由になっている。88年当時は軍政がなかなかビザを発給せず、当時ビルマと呼ばれた国のなかで起こっていることを知ったり、伝えたりするのは簡単ではなかった。一方、現代はミャンマー国内でもインターネットが普及し、一般市民がスマートフォンで国内の状況を世界へ発信している。だが、過去に例がない新型コロナという伝染病の世界的まん延で、再び現地取材が難しくなっている。
軍はその最中にクーデターを起こし、武力でアウンサンスーチー氏ら与党幹部らを拘束し、全権を掌握した。そして、軍の横暴に抗議する自国民を次々と殺したり、投獄したりしている。
外国にツテがあったり、財力があったりする数千のミャンマー人は外国へ逃れ、難民申請しているか、すでに難民になっている。そうでない一般市民は軍政に対して市民的不服従運動(CDM)や取り締まりの間隙を縫って抗議デモに参加。国外に逃れた国会議員らは国民統一政府(NUG)と国民防衛隊(PDF)を樹立し、自衛と反撃のため若者たちはカレン族など少数民族の支配区で軍事訓練を受けている。
国際社会に国民統一政府の支持を呼び掛けたアウンサンスーチー氏に対しては、軍の法廷が12月6日、社会不安を煽ったなどとして禁錮4年の有罪判決を言い渡している。
1988年の国民蜂起の民主化運動を受けて実施された91年の総選挙でも民主派が8割以上の議席を取ったが、軍は武力で国民を脅し選挙結果を反故にした。30年前と同じ構図で、同じ不条理が繰り返されてはならない。
トオンジョー氏は新型コロナの防疫体制のなか、今年11月11日ようやく念願だったメソート入りを果たした。彼の目的は民主派組織を励まし、強化すること。
メソートの街中で、彼はミャンマー国内から避難してきた国会議員や政党幹部、タイ側に居を構えるカレン民族同盟(KNU)の代表らに現状を聞く。明らかになってきたのは、国内のリアルな窮状と、今は越境が容易でないことだった。彼が目指す国民防衛隊のキャンプは国境をなすモエイ川の対岸、カレン州のジャングルの中にある。だが、コロナの水際対策もあって国境警備が厳しくなっていて、越境すると逮捕される可能性が極めて高い。
国民防衛隊には武器がほとんどない。一方、世界がミャンマーへの武器禁輸の制裁を課していても、軍は国内に武器工場を持っていて、銃や弾をいくらでも生産できている。2月1日のクーデターから11月25日までに軍によって殺された人は1293人、逮捕投獄された人は10475人に上っている(政治犯支援協会調べ)。
このビデオリポート公開3日前の今年12月7日午前9時には、北西部のザガイン地方域で虐殺事件が起こった。軍はドントー村の農民たち11人を射殺し、まだ息のある人も含めて全員が焼かれたのだ。そのうち4人は18歳以下の子どもたちだったという。YouTubeに規制される残酷な映像なので、モザイクを施して挿入している。
「座っているアヒルを撃つように、軍は民主派の市民を殺している。こちらも武装し、自衛と反撃をしなければ、また軍に負け、軍事政府がのさばり続ける」。トオンジョーはこう言って、民主派が自ら武器製造することを支援する。共闘する少数民族が持っている武器には限りがあり、自衛のためでも武器援助はなく、ブラックマーケットでの小銃などの闇値は高騰しているからだ。
自分の命を守り、正義を貫くために銃が必要というのは、平和な法治国家では考えられないことだ。しかし、今のミャンマーは軍が銃を使って非武装の市民を殺し続ける一方、公正な司法は全く機能していない。クーデターを起こした軍が武力で人々の声を封殺し、見せかけの平静や安定を繕おうとしているなか、日本を含めた市民社会に彼らのナマの声や姿をお届けする。