18才の亡命…金正恩氏から逃げ出すエリートたち
北朝鮮の18才の男子学生が、香港の韓国領事館に駆け込み、亡命を申請した。韓国政府も亡命の件を間接的に認めており、今後の行方に注目される。
少年は、香港で開催された第57回国際数学オリンピックの出場者の1人だった。同大会の公式サイトによると、大会は今月6日から16日まで開催され、世界109カ国の602人が参加。北朝鮮からは6人の学生が参加した。
北朝鮮チームの昨年の成績は4位だった。今年は6位と後退したが、過去の大会11回に参加してうち7回が10位以内と、優秀な成績を収めている。北朝鮮メディアも、大会の結果については、参加者の氏名を明らかにしながら報じている。
しかし、18才の少年が、なぜたった1人で亡命を申請したのだろうか。そして、なぜ右も左もわからない海外で、韓国領事館までたどり着けたのだろうか。
韓国スパイの手引きは?
大会は、15日夕刻にワンチャイのコンベンションセンターで閉幕式が行われた。少年は、16日夜に行方をくらまし、アドミラルティにある韓国領事館に駆け込んだものとみられている。
韓国の聯合ニュースは、コンベンションセンターから領事館までは歩いて20分の距離にあり、閉幕式を抜けだし、直接領事館に向かった可能性を指摘。一方、香港紙、蘋果日報(アップル・デイリー)は、北朝鮮チームの宿舎だった科技大学から、少年が抜け出す様子が監視カメラに写っていたと報じている。
香港紙の星島日報は、情報筋の証言を引用し、地下鉄とバスを乗り継いで1時間近くかかる道のりを、所持金をもたず、地理に詳しくない学生が一人で移動は困難とし、協力者の存在があっただろうと伝えている。
今年5月、北朝鮮レストランの従業員13人が、集団脱北するという事件が起きたが、この事件の裏にも韓国の情報機関である国家情報院(国情院)が関わった疑惑がささやかれている。
(参考記事:北朝鮮ウェイトレスの集団脱北の裏で「スパイ組織」が暗躍!?)
誤解しないでいただきたいのだが、仮に何らかの手引きがあったとしても、最終的に脱北を決めるのは本人たち。北朝鮮レストランに限らず、海外に滞在する脱北予備軍は、まだまだいるのだ。
金正恩氏をこき下ろす北朝鮮の新人類
先述のように、国際数学オリンピックについては、北朝鮮メディアも報じていることから、参加者は国内でも屈指の優秀な学生たちだ。少年は、北朝鮮の自然科学を支えていく有望株として、当局から期待され、好環境で勉学に励んでいただろう。逆にいえば、それだけ優秀な人材だったゆえに、亡命を選んだということも考えられる。
例えば、北朝鮮ではインターネットは限られた層しかアクセスできないが、そのなかには研究者も含まれる。もしかすると、少年は北朝鮮にいる時から、ひそかにインターネットにアクセスし、亡命のための「リサーチ」をしていたのかもしれない。また、今回の大会に参加した6人中、4人が2年連続の参加だ。昨年から、亡命する決意をして、準備をしてきたということも考えられる。
以上は、あくまでも推測だ。しかし18年前、筆者が中朝国境滞在中に出会ったコチェビ(ストリート・チルドレン)たちは、皆がたった1人で信じられない距離を移動して、時には知恵を絞って、危険を顧みず、北朝鮮を脱出してきた猛者揃いだった。
時代背景や立場などはまったく違う。当時のコチェビと違って少年は、それなりに裕福な環境で育っただろう。それでも、厳しい環境であることには間違いない。なによりも、北朝鮮の青少年らの意識は年々変化しており、金正恩党委員長がセレクトした制服に対してケチョンケチョンにけなすぐらいだ。そうした北朝鮮の新人類なら、今回のようなことも「十分にやり遂げる」と思うわけだ。
(参考記事:金正恩センスの制服「ダサ過ぎ、人間の価値下げる」と北朝鮮の高校生)
少年の今後は
さて、今後問題になるのは、この学生の処遇だ。
香港は、憲法にあたる基本法で高度自治を保証されているが、国防と外交だけは中国政府の所管と規定されている。香港中文大学の朝鮮半島研究者、鐘楽偉講師は香港TVBのインタビューで「もはや香港だけで解決できる問題ではない。中国政府と韓国政府が協議する外交問題だ」と述べた。
中国政府は、脱北者を北朝鮮に送還する措置を取っているが、それが香港にも適用されるかは未知数だ。ちなみに2005年にも、北朝鮮女性が香港の韓国領事館に駆け込み、亡命を申請している。女性は韓国への入国を果たしたが、その経緯は明らかにされていない。
学生が領事館に留まる限りは、香港政府も中央政府も手が出せないため、滞在が長期化する可能性もある。いずれにせよ、無事韓国入りができたとしても、年齢などが考慮され、詳細は公にならないだろう。しかし、いずれ「18才の亡命」を決意したその動機について、少年の口から話を聞いてみたいものだ。