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「やり直し」がしにくい世の中 ~人事や面接担当者はリスクをとって人材の可能性を発掘すべき~

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
一度谷に落ちたらもう這い上がれないのか。(写真:イメージマート)

■落としてもバレない。上げると責任が生じる

身も蓋もない話ですが、採用面接では「上げること」よりも「落とすこと」の方が、心理的負担が比較的少ないです。それは、誰かが面接で落とした人について細やかな検証がなされることはほとんどないからです。

一方、「上げる」と、上位面接担当者に「なぜ、この人を上げたのか」という説明責任が生じます。人事が「人を見る目」を疑われることはリスクです。「見る目のないやつ」と思われることはかなりの低評価だからです。

そのため、少しでも顕在的な懸念がある人については「落とす」ことで、説明責任を回避するインセンティブが生じてしまいます。そして「説明しやすい」キャリアの人だけが採用されていくということにつながっていきます。

学歴から始まり、経験年数、前職の知名度、語学、資格・・・などの明確な「事実」が過度に考慮される。裏を返せば、経歴上のブランクや早期退職等々の「わかりやすいNGポイント」のある人は、落とされてしまうのです。

■「説明しやすい人」がよい人で「しづらい人」がダメではない

しかし、当然ながら「説明しやすい人」がよい人で、「説明しづらい人」がダメな人ではありません。

素晴らしい実績を挙げている人の中にも、何らかの挫折経験を持っている方は大勢います。むしろ、チャレンジする人ほど、無謀な戦いに挑み、敗れていることぐらいはあってもおかしくありません。

ただ、それは、表面的にはキャリア上の「わかりやすいNGポイント」に見えてしまいます。しかし、それでもし彼らがよいキャリアコースから締め出されていたとしたら、彼らの今はありません。

■リスクを取って可能性を見出す人が必要

人は誰かに見出されて、人生の日の目を見るわけです。誰かがリスクを背負って、その人に期待をかけたから今があるのです。それなのに、人事がリスクを取らないで、可能性はある人々の、未来の芽を摘んでしまってはいけないのではないでしょうか。

もちろん、選考基準を明確化し、採用活動を効率化しようと試みるのは当然でしょう。ただし、重要な問題は、その基準が「真」かです。

私の知る限りでは、過去の事例を単純に「過度に一般化」して採用基準を設けているところも多いです。例えば「30代で4社以上」「ブランク3カ月以上」「○年以下の経験」はNG等々の基準を持っている会社がありますが、聞けば、たった数名NGケースがあったというだけの場合もあります。

こんな恣意的な基準は、キャリア上の可能性を失う当人はもちろん、社会にとっても損失ではないかと思います。こうした採用場面が積み重なれば、一度の挫折でやり直しがきかない社会となってしまうことでしょう。

■人の可能性を「発掘」する責任

私は、企業にとっても無闇に厳しい選考基準はマイナスだと思います。

人の表面的な情報だけしか見ず、「潜在的可能性」を見抜く採用ができない企業は、「明確に良さそうな人材」という競争の激しいレッドオーシャン市場で採用をせねばならず、良い人材を採りにくくなっていきます。

だから、書類選考で無闇に落とすのではなく、人事は労を厭わずできるだけ大勢の人に会うことが重要ではないかと思うのです。人とあまり会いたがらない人事は、人の可能性を摘み、企業の採用力を下げてしまいます。

説明責任から逃げず、自分が良いと信じる人の可能性を人事がどんどん発掘していくことができれば、世の中はもっと「やり直し」ができる場になっていくのではないでしょうか。

人事は、多くの人にとって企業や社会の入り口を担うことになるからこそ、隠れた逸材を発掘する社会的な責任があるのではないかと思うのです。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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