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東電が「病死」と発表した福島第一の作業員が、長時間労働で労災認定──厳しい車両整備計画の実態は?

木野龍逸フリーランスライター
2017年10月26日付、東電の死亡発表時の日報

 東京電力の福島第一原子力発電所で事故収束作業にあたる作業員が2017年10月26日に亡くなった件で、いわき労働基準監督署が10月17日に労災と認定していたことがわかった。東電は作業員の死亡を発表した定例会見で作業との因果関係はないと明言していた。福島第一原発の作業で過労死が認められたのは、事故直後の2011年5月に過酷労働で亡くなった静岡県の作業員のケースがある。

長時間労働で労災認定

 亡くなった作業員は福島県出身の猪狩忠昭さん(死亡時は57歳)。猪狩さんは亡くなる5年前の2012年3月に自動車整備・レンタル業の「いわきオール」(いわき市)に入社。福島第一ではその時から、小型車、大型車の車両整備にあたっていた。

亡くなった猪狩忠昭さん(遺族提供)
亡くなった猪狩忠昭さん(遺族提供)

 猪狩さんが亡くなったのは2017年10月26日。昼食を終えて午後の作業に行く時に倒れ、午後2時半過ぎに広野市内の高野病院で死亡が確認された。死因は致死性不整脈と診断された。原発構内で倒れたときの状況は、昨年の発表時に東電が説明を拒否したため詳しいことはわかっていない。

 猪狩さんは2017年4月以降、月曜~金曜にかけて朝4時半に出勤し福島第一に移動、事務所に戻るのが夕方5時から6時という生活が続いた。事務所から原発までは、一般道を使って自動車で移動した。原発の行き帰りの途中で、取引先に立ち寄って部品などを納品することもあった。

 猪狩さんの遺族らは、亡くなる直前の3か月間の平均残業時間は約105時間。亡くなる半年前からの1か月あたりの残業時間は最大で130時間超、平均で110時間に達していたとして18年3月にいわき労基署に労災を申請した。

 厚労省は2010年に都道府県労働局長に出した通知で、労災の認定基準について「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」としている。このことなどからいわき労基署は、猪狩さんのケースが認定基準を満たしていると判断したようだ。

 東電が猪狩さんの死亡を発表した定例会見の冒頭、増田尚宏・廃炉推進カンパニー代表(当時)は、「当発電所で共に働く仲間のお一人がお亡くなりになってしまったということで、たいへん残念なことでございます。ご冥福をお祈りするとともに、ご家族の皆さまにお悔やみを申し上げます。ほんとうに申し訳ございません」と発表し、広報担当者らとともに頭を下げた。

 しかしその後の質疑で記者たちから状況を聞かれた大山勝義・廃炉推進カンパニー広報担当は、「病死」であり「因果関係はないと考えている」と主張し、ほとんどの回答を拒否した。例えばこんな具合だ。

「病名はプライバシーなので控える」

「仕事に向かう途中のことだったので、直接的な作業との因果関係ないと考えている」

「現時点で、死因はまだ我々の方に届いてない。そもそも詳細は差し控えたいと思う」

 いらだった記者からは「詳細はお答えできないといったが、詳細なんかぜんぜん聞いてなくて、おおまかなことしか聞いてないので、そのようなお答えされると、とまどってしまう」という言葉も出た。それでも東電は頑なに説明を拒否する一方で、共同通信記者から「病死でいいのか」と聞かれると、「はい、結構です」と回答。さらに以下のようなやりとりもあった。

共同通信──詳細はいいが、病死とみられるのか。

大山・廃炉推進カンパニー広報担当「(メモをじっくり見て)詳細はいえないが、病死ということはあると思う」

───病死でよいということか。

大山「はい、けっこうです」

───因果関係、作業中ではないのはわかるが、午前中とか、今日ではなくて、労務管理上全体的として全体的に問題なくて倒れたとか、そういったことをしっかり調査した上で、因果関係的にないと断言しているということでいいか。

大山「はい、あのー……」

(ここで広報が割って入る)

「なんどもになるが、詳細はひかえたいが、作業の状況だとか詳細は控えるが、実際の医師等からの内容踏まえて、我々として因果関係ないということから死因などは控えたいという意味合い」

───労務管理上問題ないということでいいか、休みなくて連日連勤で働いていたとかもないのか。

東電広報「そういった、間違った問題あるとは聞いていない。現時点ではない」

───死因も、過労死などないということでいいか。

「詳細やっていくと、何の死因かという話になるが、いまのようなそういったニュアンスの話ではない。したがって作業に起因する相当因果関係はないと考えている」

 そもそも労災にあたるかどうか、作業との因果関係があるかどうかは東電が判断することではない。それにもかかわらず、東電は会見で因果関係を否定し、因果関係がないことを根拠に詳細な説明を拒否していた。

 結局、東電の主張にはなんの根拠もなかったことになる。東電は記者会見で、いったい何を説明しようと考えているのだろう。東電の情報公開に対する姿勢が改めて問われそうだ。

 猪狩さんの遺族は筆者の取材に対し、「命がけで福島第1原発で働いていた主人が虫けらのような扱いをされた。主人の気持ちを思うと残念でなりません。これ以上、主人のような人が出てほしくありません。多くの人に原発の状況を知ってもらいたいと思っています」とコメントした。

厳しい車両整備場の作業計画

 ところで、亡くなった猪狩さんが働いていた車両整備場について過去の資料を整理したところ、かなり厳しい作業状況だったことがわかった。東電が福島第一の構内に車両整備場を設置したのは2014年6月。猪狩さんは車両整備場の設置と同時に派遣されたことになる。元請けは、当初は東電リースで、2016年からは宇徳に変更になった。

 車両整備場は、東電資料によれば、2014年の設置時には火曜日~金曜日の4日間で午前は8時30分から11時30分、午後は12時30分から15時30分(7~9月は午前中のみ)だった。作業内容は12か月点検相当の定期点検や故障整備などだ。猪狩さんの場合、福島第一の作業がない時はいわきオールでの通常業務をしていた。

 車両整備場が始まって1年後の2015年5月、東電は廃炉汚染水対策現地調整会議の資料「発電所構内の車両管理について」で、2015年度には車両整備場で488台を整備する計画だが「今後、構内で車両整備する整備士の確保が課題となってくる」と明記。「2015年度の構内整備工場における現在の体制(整備士5人/日)で実施可能台数」は合計488台で、「全ての構内専用車両(普通車:541台,大型車:250台合計791台)を整備するには、プラス3~5人/日が必要」という見方を示していた。

 ところが4か月後の9月28日の資料「車両整備工場及び構内専用車両運用状況」では、「新たに地元車両整備会社1社にご協力を頂き3社体制となったことから6月より4名体制(工場長+整備士3名)で整備を実施している」とある。つまり整備士の数は増えるどころか、減っていることになる。その後も整備士の数は、当初に必要と考えていた人数の半分にとどまっている。いったいなぜなのか。

 また、資料では、それまで2社で整備を担当していたのが「3社体制」になったと、余裕ができたような書きぶりになっているが、猪狩さんの勤務状況は変わらず、車両整備場が稼働している火曜~金曜に勤務していた。

 作業はさらに厳しくなる。2017年1月に東電は、構内専用車両のすべてについて、それまでの12か月点検に加えて24か月点検を実施し、2018年9月までに全車両の点検を完了するという目標を発表した(構内専用車両運用状況及び車両整備について)。整備対象になっているのは、小型620台、大型189台の計809台だった。

 さらに2017年5月25日の資料「福島第一原子力発電所における構内専用車両の点検整備について」を見ると、車両整備場の稼働日数が増えて週5日になったことがわかる。東電は「構内点検整備対象となる車両が想定以上に増加」したため「整備を強化していく必要がある」という方針を示しており、それに沿った稼働日の増加だった。稼働日増は4月に始まっており、猪狩さんの福島第一での勤務も4月から月~金の週5日に増えていた。

 こうした変更について東電の資料では、整備場の整備士の数を1日3人から4人に増員し「整備体制の強化を図った」ことになっているが、猪狩さんのケースを見ると、実態としては整備士の出勤日が増えたに過ぎなかったとも考えられる。加えて12か月点検だけでなく24か月点検(要するに車検時の検査)までするようになれば、点検項目が倍増するため作業量は大幅に増える。

 2015年に東電は、それまでの5人体制から「プラス3~5人/日が必要」としていたが、人数はそのままで、作業量が増えているのが実態ではないだろうか。

 厳しい条件は他にもある。整備場での作業服だ。車の整備は車体の下に潜り込んだり、エンジン整備では細かな作業もあるため、身軽な服装で作業するのが普通だ。例えば自動車販売店の整備工場を見れば一目でわかることだ。

猪狩さんの作業時の写真。全面マスクでの車両整備作業は過酷(遺族提供)。
猪狩さんの作業時の写真。全面マスクでの車両整備作業は過酷(遺族提供)。

 しかし福島第一では、車両の放射能汚染が激しいため、作業は全面マスク、防護服の上にカバーオールを着て行う。ただでさえ楽な姿勢での作業が難しいうえ、全面マスクでの作業が大きな負担になっていたのは間違いない。これらのことが猪狩さんの体調にどのような影響を及ぼしたのかはわからないが、血圧が高くなっていた身体には大きなストレスになっていたのではないか。東電はこのような厳しい作業状況についてどのように考えていたのだろうか。

 自動車整備に携わる関係者に話を聞くと、「普通のディーラーで正規の検査をすると、整備士が4人で1日にできるのは小型車が5~6台、大型車なら1〜2台程度だろう。小型車600台、大型車200台の法定点検の他に一般修理もあるのなら、作業はかなりキツイ」と話し、「ハードにやるか手を抜くか、どちらかにしないと終わらないのではないか」と嘆息した。

 試みに、単純な計算をしてみると、もっとも甘い想定(小型車の24か月点検が計画通りに済んでいるとする)で、小型車の年間整備目標は620台を二回りで点検するとして1年に半分の310台。大型車は法定点検が12か月なのでそのままの189台。これを4人で点検すると、かかりきりで1日に小型車5台が上限とすると約60日間。大型車は1台として189日。あわせると240日で、これだけで作業時間のすべてを使ってしまう。その他に日常の故障修理や小型車の12か月点検などをやれば、もうパンクだ。しかも全面マスクでの作業だから、上限の数はもっと減るだろう。

 東電と政府は最近、福島第一の作業環境が改善されたことを繰り返し主張している。しかし今でも、作業環境が厳しい現場は残っている。東電や政府は、そのことについてはほとんど触れないまま、日々の発表を行っている。

 福島第一の事故収束作業がいつ終わるのか、見通しはない。廃炉まで40年という目標に、明確な技術的根拠はない。その間、多数の作業員が原発に入ることになるが、東電は作業員の安全を確保することができるのだろうか。

フリーランスライター

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況等を中心に取材中。ニコニコチャンネルなどでメルマガ配信。連載記事「不思議な裁判官人事」で「PEP(政策起業家プラットフォーム)ジャーナリズム大賞2022 特別賞」受賞。著作に「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)他。

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